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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
3.海辺の町
22/53

22.計画


「あー、……その、助けていただいてありがとうございます」


「そんな~、お礼なんていいよー」


 現在、私たちは広場にある噴水の前で向かい合って立っている。

 そして、魔の神殿から救出された私は、救世主であるライトにお礼を言った。

 いや、『勇者』様にお礼を言ったという方が正しいだろう。


「まさか『勇者』様だとは………」

 

 横抱きにされた状態で神殿内を駆けたこと以上に、その道中で「『勇者』様だわ!」という声が聞こえてきた方が衝撃的だった。いや、『勇者』ってあんただったんかい。


「まあ、そうらしいね」


(軽い反応だな……)


 しかし、彼の反応の方が正しい。

 なぜなら、『勇者』様を知らない()()の方がおかしいから。


 世間知らずのグールで悪かったな!


「黙ってるけど、どこか具合が悪い?」


「いや!そんなことないです!」


 これ以上、この『勇者』様と関わることは得策じゃない。

 この勘の鋭い御仁は、もしかしたら目の前の人間が魔物であることに気が付いてしまう恐れがあるのだ。全く、勘のいい人間は苦手だ。


「大したお礼ができなくてすみません。では、これで!」


 彼にお礼として買った露店の串肉を押し付け、すぐに馬車の停留所を探す。

 一刻も早くこの因果が渦巻く王都から逃げたい。

 来て早々に悪縁の『聖女』様とライトに会うなんて、幸先が悪すぎた。


「まあ、待ってよ」


「!」


 体を彼から翻したはずなのに、目の前にライトが立っている。

 常人ではあり得ないことをしてのける姿に、「ああ、やっぱり『勇者』なんだな」と思う。


「ほら、さっきの神殿のこと。なんで自分があんなことになったのか、気になるよね?」


「いえ!全然!」


「気になるよね?」


「寝たら忘れるタイプなので!」


 いいえ、うそです。

 多分、今夜は悪夢を見ると思います。

 あの『聖女』様の暗黒微笑がね!


「………気になるね?」


「はいっ!」


 とうとうしびれを切らしたライトは、背後に魔王のオーラを背負い出した。

 瞬時に己の身の危険を悟った私は、従順に彼に肯定の意思を示した。

 だって、死にたくないから!


「いい子だ」


(こえぇぇ)


 『聖女』様のあの笑顔も怖かったが、『勇者』様のこの笑顔もたいぶ怖い。

 そんな笑顔(?)の彼の背中を従順な犬のようについていった。

 プライドはないのかって?そんなもの犬に食わせておけ!あっ、今の私が犬か。


 虚しいことをつらつらと考えながら進む大通りは、無性に静かに感じた。

 脳みそが現状を把握するのを拒否しているようだ。








「さあ、着いたよ」


「いや、ここって……」


 『騎士』の屋敷じゃないですか!!

 思わず出そうになった叫びを心に秘める。

 危なかった……。危うく『騎士』との繋がりを自分からバラすとこだった。


(「昔お世話になってたグールでーす」って言ったらどうなるんだろ)


 ……ロクなことにはならないだろうな。

 「グールでーす」の部分で切り捨てられること間違いなし。

 いや、待てよ。あの頃とは違って正気に戻っているとしたら、『騎士』が私に誑かされたとか思っていてもおかしくないのでは?そして、めっちゃ恨みをかっている可能性があるとか?


「……詰んだ」


「ほら、百面相してないでいくよー」

 

 どうしよう、あの能天気な『勇者』の「いくよ」が「逝くよ」に聞こえてしまった。

 もう、手遅れかもしれない。

 ……いやまだだ、まだ希望はある。そう、グールだとバレなければいいのだ。


(『騎士』と『勇者』の超人相手に?)


 ……一気に騙せる気がしなくなったが、ここで挫けては不死身のグールの名が廃る。

 諦めの悪さこそが、この世界で生き残る最大の武器なのだ!


「あ、ちなみにこれから会うゼノって奴なんだけど、機嫌悪いと思うから気をつけてな」


(あっ、なんかもう色々と終わった)


 その言葉を聞いた瞬間、色々と悟った私は辞世の句を考え出した。

 「願わくば花の下にて」なんて贅沢は言わないから、安らかに逝きたい。


 うわあぁぁ、機嫌の悪い『騎士』なんて天災以外の何物でもないよ!

 ここはすべてを諦めて、すべてを受容しよう。自棄になったとかではない、断じて。









 極度の緊張状態で執事さんに屋敷を案内してもらう。

 もう同じ方の手と足が一緒に出てしまいそうだ。あれ、自然な歩き方って何だっけ?


「主様はこの部屋にいらっしゃいます」


 執事さんはそう言って、大きな扉をそっと手で示した。

 この壮年の執事さんは以前、私が『騎士』にお風呂に入れられかけた時に忠言してくれた人だ。懐かしい顔を見ていると、次第に落ち着いてきた。


(うん、いけるぞ!)

 

 コンコンコン


「失礼します」


 ガチャ


 扉を開けてくれた執事さんに会釈して、そーっと部屋の中に入る。

 奥にある大きな机には書類が山のようにあり、それに埋もれている人影が見える。

 周囲を見渡してみると、私の記憶の中にある『騎士』の執務室のままだった。


(変わってないなー)


「………座れ」


「!」

「はいはい」


 呑気に周囲を見ている場合じゃなかった。

 久しぶりに聞いた『騎士』の声は酷く冷たく感じた。

 私がいなくなってから、色々と変わったのかもしれない。


 ライトの返事から、この『騎士』の冷たさが通常通りであることがうかがえる。

 一体なにがどうなったらこんな極寒のオーラを放つようになるのか……。


 急いで『騎士』の指示通りに、近くにあったソファーへと腰掛ける。


「おいおい、ゼノ。そんなに怖い顔してたらこの子が怯えるだろ?」


 凍える吹雪もなんのその、ライトは平然とした顔で『騎士』に呆れたように首を振っている。彼のその首が飛ばないことを祈ろう。そして、どうか私は見逃してください『騎士』様!


「………」


 バサッ


 ライトの言葉を無視し、『騎士』が私の目の前にある机へ投げてきたのは紙の束だった。

 椅子から全く動かずに投げてきた彼のコントロール力をもってすれば、甲子園も夢じゃない。


(いや、ここには野球というスポーツはないか……)


「ほら、これが君が聖女サマに興味を持たれちゃった理由だよ」


 そう言ってライトが差し出してきた紙には、「カッコウの巣」という言葉が目に入った。


「“カッコウの巣”?」


 紙の一番上に書かれたタイトルなようだから、おそらく何かの計画の名なのかもしれない。そうだとしても、この言葉から想像できる計画は私のツルツルな脳みそにはない。生まれたて同然の新品脳みそちゃんだからね!


「ほらほら、続き続き」


 そうしていつの間にか隣に座っていたライトは、なぜかワクワクした様子でこちらを促してくる。『勇者』様よ、一体なにを愉しんでいるだい?


「はいはい……、えっと「それは聖女が考えた『なりすまし計画』だ」


「!?」

「ゼノ……、ネタバレは良くないだろ」


 残念そうなライトは置いておくとして、『なりすまし計画』だと?!

 なんて恐ろしい響きなんだ……!


 慌てて手に持っていた資料を流し読みすると、もっと恐ろしいことがわかってしまった。


「え、『聖女』様は“黒髪黒目の女性”になろうとしていた……?」


 理由はわからないが、おぞましい人体実験が繰り返されていたことがこの資料には記載されていた。紙に書かれた女性たちの名は、死者の数を表している。


「な、なんで……」


 かつて少女だったあの『聖女』様は、もういなかった。

 身体だけでなく、心すらも。


 大人になっていた彼女の姿を思い出す。

 青く綺麗な髪は昔よりも伸びていて、桃色だった瞳は記憶よりも濃くなり赤に近づいていた。そして毒を含んだような笑顔は、純粋に嫉妬を表していた少女の顔とは全く異なっていた。


「ああ、それはゼノが執着してた……ペットになりたかったんだよ」


(絶対、グールって言おうとしてやめたな)


「その……ペットの毛並みが黒かったんですか?」


 まさか人型のペットを飼っていたとこちらが知っているとバレたら、面倒なことになること間違いなしだ。ここは犬とか猫とかだと勘違いしている体でいこう。


「うーん、まあそんなとこかな!」


 「嘘など全くついていませんよ」というような顔で、こちらに笑いかける噓八百な『勇者』様。いや、明言はしていないから嘘はついていない……?


「そうだとしても、なぜ『聖女』様はこんな………」


 資料に記されている事を口にしようとしたが、できなかった。文字でここまで悲惨さが伝わってくるのなら、実際にその場を目にした人たちはどう感じたのだろうか。


「そりゃあ、『聖女』が狂ってるからに決まってんじゃん」


「は?」


「ゼノがあまりにも可愛がってるペットになりたくてなりたくて仕方なかったんだよ。な~、ゼノ?」


「……騒がしい」


 あまりの軽さに体が固まる。ライトも『騎士』も、絶対にこの資料に書かれたことを読んでいるはずなのに、あまりにも反応が軽いのだ。まるで「人が死ぬなんて日常だ」とでも言わんばかりに。

 

「でも、こんなに人が亡くなって」


「え、全然じゃない?むしろ少ない方だと思うよ?人体実験ならもっと数がいるのに、よっぽどこの計画がバレたくなかったんだろうなー!細々とやってて笑える!」


 私が手に取っていなかった資料を手にして、楽し気に笑っているライト。彼は本当に『勇者』なのだろうか。それとも、私の死に対する考え方が甘いだけなのだろうか。


「……わからない」


「ん?どうしたの?」


 こちらの顔を覗き込んでくるライトに、私は今できる最大限の笑顔を顔に貼り付けた。


「私がなぜ神殿に連れていかれたのかは理解できました。ですので、もう帰りますね!」


 理解を越えた情報量に、戦線離脱を図る。急いでソファーから立ち上がり、扉へと一目散に歩く。

 しかし、そんな私の動きを一瞬で止める一言が聞こえた。


「死ぬぞ」


「え?」


 その言葉は、今までろくに喋らなかった『騎士』の口から発されていた。

 振り返って見た彼の目には、何も映っていなかった。

 何も映らないほどに暗い瞳だった。




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