21.黒髪
まだまだ日差しが強く、暑い日々が続いていた。
海はギラギラと輝く太陽を反射し、道端の草花はしおれかけている。
今日は珍しく町に私一人で来ていた。エンダーは用事があるらしく今日はいない。
いつも通りに町で用事をすませて帰ろうと思っていた矢先だった。
ハプニングは突然に起こる。
「おい!いたぞ!」
「ん?」
町で魚を物色していた私の両脇に、兵士の二人がザっと立つ。
何事かと左右の二人を交互に見ていると、そのまま両脇を抱えられた。
「んな?!」
「悪いが話は後だ」
左の腕を掴んでいる兵士が切羽詰まった様子でそう言ってきたが、そんなことこっちは知ったことではない。掴まれた両腕を振り払おうとして、すぐに思いとどまる。
(待てよ。これ振り払ったら二人とも天に召されること確定だな)
己が怪力なグールであることを思い出し、死人をだすわけにはいかないなと考える。そうして私は、駆け足の兵士たちにズルズルと引きずられていった。
「待て!この子も乗せてくれ!」
兵士たちに連れていかれたのは、町の馬車置き場だった。3台はすでに走り出しており、残っていたのは1台の馬車だけだった。まあ、その馬車も出発しかけていたわけだが。
「え?私この馬車に乗るの?」
状況に光の速さで置いていかれている私は、彼らに馬車へ詰め込まれながらぼやく。
「すまん!話は馬車にいる人たちから聞いてくれ!」
「道中気をつけてな!」
ほぼ誘拐犯の兵士二人から謝罪と旅の無事を祈られながら、私の乗った馬車は動き出した。
「そう、あんた急に連れてこられたのね」
黒髪で緑の瞳をした少女は、馬車の隅に座る私に気の毒そうな視線を送った。
道が悪いためガタガタと揺れる馬車は、本当に乗り心地がヤバい。
「あのー、この馬車ってどこに向かってるんですか?」
「そこからなの?!」
気の毒を通り越して驚きの表情になった彼女は、この馬車の目的地とこの馬車に集められた理由を教えてくれた。
「う~ん、つまりすべて神託が悪い……と」
「あんたそんなこと言ってると罰当たるわよ」
彼女の話をまとめると、『聖女』様が「黒髪の女性を王都へ集めよ」という神託を賜ったせいでこんな目にあっているとのことだった。
実際に馬車の中を見渡してみると、瞳はどうであれ髪だけは全員が黒だった。
「それにしても、あんたって瞳も黒いのね」
「え?ああ、はい」
珍しいことなのかと聞くと、どうやら彼女の町に黒髪黒目の女性はいなかったそうだ。でもまあ、王都に集められた女性たちの中に黒髪黒目の人は数十人はいるだろうと思い、すぐに気にならなくなった。
「王都だなんて楽しみだわ~」
「ほんとね!『祝福の乙女』だなんて言われたら舞い上がっちゃうわ!」
(『祝福の乙女』……)
なんとも胡散臭さがする呼び方だと思ってしまうのは、私の心が腐っているからでしょうか。それとも私の身体が腐っているからでしょうか。(あれ、グールって体が腐ってるっけ?)
地味に自分の体を嗅いでいると、馬車が静かに止まった。
どうやらこの辺りで休憩をとるらしい。
(いやー、道中が長そうな旅になりそうだ……)
嬉しそうに馬車から飛び降りる少女たちを眺めながら、私はそっと左腕をさすった。
「キャー!ここが王都?!」
「きれーい!」
「まあまあ、あんな所にジュレームのお店があるわ!」
「うそッ、どこどこ?」
(元気だな……)
数日かけて王都にたどり着いたと思えないほどの元気さだ。やはり若さか?若さなのか?
元気な少女たちの後ろをゆっくりと歩く。
久しぶりの王都だが、心が乱されることは特になかった。
(まあ、グールっぽさが今の私にはないからな~)
髪や目の色は特に変わっていないが、肌の色は小麦色で健康体そのものだ。以前の青白さは皆無である。なぜなら、あの悪魔のおかげで肌のトーンアップに成功したのだ。
そのため彼らに私があの時のグールだとバレる心配はない。あと、肌の色だけじゃなくて話せるようになっていることもバレないと思う要因の一つだ。
「しかし、まさか魔法がこんなにも万能だとは……」
「ちょっと!早くこないと置いてくわよ!」
ゆっくり歩きすぎたのか、前の方ではしゃいでいた少女たちが私の両腕を引っ張ってきた。
まって、優しくして。もげる、もげちゃうから。
両手に少女たちという花をもった状態で、案内役の御者についていった。
「では、私はこれで」
「「「ありがとうございました~」」」
「………」
少女たちが案内役の人にお礼を言っている中、一人無言を貫く者がいた。
そう、私です。でも、これには訳がある。
(いや、集合場所が神殿とか聞いてないんですけど)
そう、案内された場所は神殿。
聖職者たちの総本山である。グールにとっては天敵の巣窟。
ここに入るなど、正気の沙汰ではない。自殺行為だ。
「ほら、ボーっとしてないでいくよ」
「………はい」
白く輝く大理石でできた神殿の中に、私はとうとう足を踏み入れることになった。
どうか誤って浄化されることがありませんように。
「お集まりいただきありがとうございます。あなた方はこれから『祝福の乙女』として一人一人に神へ祈りを捧げていただきます。これは神託による神聖な役割です。どうぞご精進ください」
白い布に目の覚めるような青の刺繍をしている服が目に眩しい。
ザ・司祭という感じの人が教壇で話しているが、如何せん話が長い。
もう彼の服を観察するしかやることがなくなってきた。
「祈るってなにを祈るの?」
「さあ?」
彼女たちの疑問はもっともだ。様々な背景をもつ女性たちをただ黒髪だからという理由で集め、ただ祈れと言うだなんて……。なにを祈ったらいいのか分からない人がいてもおかしくない。
(まあ、私は祈る気なんてこれっぽっちもありませんけどね!)
グールが神に祈るなど笑止千万。
それに聖域に魔の者が入り込んでいるんだから、世も末である。
「え?あれ『聖女』様じゃない?」
「ほんとだ!本物なんて初めて見たわ!」
「本当に綺麗ね~」
(ん?!)
そう言う彼女たちの視線を慌てて追うと、本当にあの『聖女』様がいた。
そう、『騎士』と愛憎を渦巻かせていたあの『聖女』様だ。
(お元気そうでなによりです)
懐かしい顔にしみじみとしていると、彼女の顔に違和感を覚える。
以前の彼女よりも、なんだか、こう邪悪さを感じるというか……。
そして、あることをふと思い出す。
(そういえば、『聖女』様と『勇者』の不仲説って本当なんだろうか)
もし本当だとすれば、彼女の顔色がなんだか(色んな意味で)悪そうに見えるのも仕方がないのかもしれない。裏事情を知っていなければ、彼女のあの微笑みも純粋に綺麗だと思えたのだろうか。
そんなことを考えていると、バチッと『聖女』様と目が合う。
驚きで体が固まってしまったが、すぐに視線を逸らす。
バレないと思っていても、やっぱりグールだから聖職者と目が合うのには抵抗感が……。
「―――はい、はい、承知しました」
近くにいた司祭が魔道具で何かの連絡を受けたようだ。
こちらに近寄ってくる。
「そこのお方、こちらについてきてください」
「………私ですか?」
なんかこっち指差してるなぁ~と思って、周囲を見渡してみると私のそばには誰も人がいなかった。つまり、あの司祭はしっかりとこちらを認識して指差しているということだ。
「そうです。さあ、おいでなさい」
「はい」
(行きたくなぁーい!!)
心とは裏腹の行動をとらなければならないという事実に、私の心はもはや折れそうだ。
私は一人だけ大聖堂から別の場所へ連れていかれることになってしまった。
「ここは……」
小さめの礼拝堂?
奥の方に神をかたどった彫刻があり、天井にはシャンデリアがついている。
まったく、こんな小さめの部屋でも豪華なのだから目が潰れそうだ。
神殿のお金の使い方に悪態をついていると、この部屋のドアから人が入ってきた。
その人物はなんと『聖女』様だ。
「!?」
急な登場による驚きと逃げ場がないという恐怖で固まる。
そんなこちらにお構いなく、彼女はスッと近寄ってきた。
ある程度の近くまで来ると、彼女は口を開いた。
「貴方の髪はもとからその色なの?」
「……?ええ、そうですが」
想定外の質問にあほ面で返事をしてしまう。
どうしよう。アホの子って思われたかも。
「そう……。じゃあ、その瞳も?」
「………まあ、そうです」
彼女の笑顔がだんだん深まっていくことに恐怖しかない。
こういう嫌な予感は結構当たることが多いのが相場だ。
「そうなのね。それじゃあ……」
バンッ
「そこまでだ、『聖女』」
「?!」
「あら、邪魔が入ってしまったわ」
聞き覚えのある声。見覚えのある銀髪。チャラそうな雰囲気も健在のようだ。
まさかこんな場所でライトと出会うとは思わなかった。
しかも、彼の登場のおかげで助かるとは……。
「アンタが何してもどうでもいいけどさ」
ツカツカと『聖女』様の前まで歩み出た彼は、目の笑っていない満面の笑みを浮かべる。
彼の背中では吹雪が吹いている。極寒だ。
「オレの仕事増やさないでくれる?」
「あらあら、そちらが勝手に仕事しているんでしょ」
「あははー、自分のやったヤバさがわかんないとかカワイソー」
「ウフフ」
「ハハハ」
(こわっ、他所でやってくれ!)
狭い部屋でバトルしている二名と、隅の方で怯えている一般人。
あー、なんかシャンデリアがキレイだなー。あれって水晶とかかなー。
「さっ、ここから出ようか」
「ん?」
耳元で急に声が聞こえたかと思ったら、ライトに抱き上げられていた。
あれ?いつの間に私は横抱きにされていた?
「捕まってて」
「いや、ちょ」
制止の声を聞くことなく、彼は風のようにこの礼拝堂を飛びだしだ。
混乱と緊張がごちゃ混ぜになった私は、そっと思考を放棄した。