2.騎士
「……痛い」
「……」
篝火に照らされた薄暗い地下。
そこに似つかわしくないほどの小綺麗なシーツの上に、包帯まみれの人間が寝かされている。そして、青白い人間らしき者が傍で手当てをしていた。
「痛いんだが」
「……」
(うるさいな)
怪我人が手当ての仕方に文句をつけてくるんですが。
た、たしかに上手な手当とは言い切れないけども……。
こちらの世界でグールにされる前に、人に手当をしたことなんてなかった。あっても絆創膏を渡すぐらいのことしかしたことがない。
(それに、今後は自分の手当なんてしなくていいだろうし)
健康に気をつけなくていいのは、この体になったことの恩恵かもしれない。しかし、グールになって人間の治療をするなんて思いもしなかった……。
目の前でグールの私に治療されているのは、勇者の仲間である「騎士」だ。
どこでその名を知ったかって?この人が自己紹介してきたからだよ!しゃべれないグール相手に!「俺は勇者と行動を共にしていた者だ。『騎士』と呼んでくれ」と言われた時は、自分の耳が腐ったのかなと思った。
「包帯まくの下手だな」
(この怪我人、容赦ないんだけど!)
文句をつけながらも自分で包帯は巻かない。いや「巻けない」の方が正しい。なんせ彼は魔族たちにボコボコにされているため、体が思うように動かせないのだ。しかし、あの悲惨な状態からここまで回復するのはすごい。
(人間をいたぶって楽しむなんて……)
この地下に最近めっきり来なくなったオークの話を思い出す。
『ケルベロスが少し遊んでやっただけで動かなくなった。興ざめだった』などとほざいていた。それから数日は憂さ晴らしに私を蹴りに来ていたが、ここ最近は全く来ていない。本当にはた迷惑なやつだと思う。
(まあその死んだと思ってる人間が、実は生きてるわけだ)
ほんの少しだけ、ざまあみろと思う。いつも地獄のような労働を強いられている側からの、些細な反抗である。死体処理なんてブラック過ぎる仕事内容だ。
「なあ、俺がここに来てどのくらいたった」
騎士は私がなんとか巻き終えた包帯を見ながら、独り言のように呟いた。
答えを求めていないように聞こえるのは、私がしゃべれないことを分かっているからだろう。
(……話せないことがもどかしい)
「……いや、どうでもいいか」
(いいの?!)
掌がクルクルな騎士に度肝を抜かれた。
ちょっとしんみりしてしまった私の真心を返せ。
彼は本当にどうでもいいようで、私が綺麗に整えたシーツでゴロゴロしだした。
なんてズルいんだ。こっちは死体をダストシュートにシュウゥーーート!しないといけないのに。そう、ドラ○もんバトル○ームみたいに。
そして騎士はニートを満喫、私は社畜時間に勤しむ日々を送った。
「おい、くるぞ。あの足音はオークだ」
あくる日、まだ傷がよくなっていない騎士はのんびりと果物(私が何とか調達した)をかじりながら、仕事をしているグールを見ていた。
だが、急に階段に目を向けたかと思うとそう言い放った。
(え、まずい!)
死体を布で包んでいた手を止める。そして急いで騎士を布で簀巻きにし始める。
「いつも思うが、よくこんな方法で俺を隠せてるな」
全く危機感の『危』の字もない様子の騎士に、軽い殺意を覚える。
(だ、誰のためにこんなに必死になっていると……!)
その怒りの分は、簀巻きをきつめにすることで解消する。「苦しい」という言葉が聞こえた気がしたが気のせいだ。そして、その「簀巻き」を死体の山の奥へと放り込んだ。
ドスドスドス
「おい!あの人間の死体はどこにある?!」
せわしない様子で問いかけてくるオーク。
聞かれても困る。しゃべれないし、本当のことも言えない。
(グールなので)
すました様子で首をかしげる。
『知りませんよ~』という意思表示だ。
「クソッ!あいつの仲間に見せしめとして突き出してやろうと思ったのに……!」
このオークが悔しそうにしている姿はとても気分が良くなるが、見せしめという言葉は穏やかじゃない。地上では、一体なにが起こっているのか。
「他のヤツらは防衛戦で忙しいし、勇者共の勢いも半端じゃねェ……!」
(!!)
勇者!もしかすると騎士を助けにきたのかもしれない。いや、きっとそうだ!そうと分かればこんなオークを相手にしている場合じゃない。
私は興味を失ったかのように仕事に戻った。
そうすれば、オークは勝手にどっかに行くからだ。
「ハッ!脳が腐ってるグールには難しい話だったな!」
オークは捨て台詞を吐きながら階段をあとにした。
最後の最後まで憎たらしいことしか言わない。
そっとオークが帰ってこないか確認した後、急いで騎士のもとに行く。
(今の聞いてた?!)
簀巻き状態から解放された騎士を、グールが大きく揺する。
何気に傷に響かないように丁寧に揺らされている。
「なんだそんなに興奮して。お前やはり知能があるんじゃないか?」
(今そんなのどうでもいい!ちゃんと聞いてたよね!?)
何かを訴えかけてくるグールに根負けし、騎士はため息をつきながら言った。
「はあ、今の話なら聞こえていた。勇者たちがこちらに来ている」
(やっぱり!)
「近々、こことお別れだな」
騎士の言葉を聞き、グールは嬉しそうにシーツを広げ始めた。
おそらく、さっさとそこに寝て傷を治せとでも言いたいのだろう。
もうずいぶん、このグールのことを知った。妙に人間臭いところも、魔物なのに人間にやさしいところも、グールだが実は知能があるかもしれないことも全部。
「……メチャクチャな奴だな」
騎士はそう呟いて、かいがいしく世話を焼くグールを見つめた。
寂しそうな視線に、グールが気づくことはなかった。
それなりの月日が過ぎた頃。
(あ、オークがくる)
ドスドスという音が階段から聞こえてくる。
急いであの居候騎士を隠そうとしたが、はたとその必要がないことを思い出す。
(そっか。あの人はもういないのか)
いつの日だったか、動けるほどに傷が治った騎士は最初この地下から地上に出た。
そのまま逃げるかと思ったのに、彼はまたここに帰ってきた。顔を逸らしたまま「まだ本調子じゃない」と言っていたのを思い出す。後ろめたそうな雰囲気だったのが気になったが、万全な状態ではないことは確かだったためそのまま世話を焼いた。
ズルズルとそんな日々を過ごしていたが、私はとうとう彼を追い出すことにした。
あのままでは、情が移ってしまいそうだったから。
あの日、ありったけの食料を渡した。できれば武器も渡したかったが、下っ端のグールでは無理だった。しかし私の言いたいことをくみ取った騎士は、渡された食料をしばらく見つめた後、「ありがとう」と言って地上へと走り去った。
それが、騎士との最後の記憶だ。
(仲間とちゃんと合流できただろうか)
時々、あの騎士のことを思い出す。
いえ、うそです。毎日のように心配しています。最後に見た、あの迷子のような騎士の顔が脳裏に浮かぶ。この気持ちは、もはや保護者のような感じだ。心配で心配でたまらない。
(傷は完治した?夜は眠れている?あの日みたいに魘されてないだろうか。ご飯はちゃんと食べれてる?果物しか食べさせられなくてごめんね。そっちでお肉は食べれた?)
もうオカンみたいな思考になりながら、あの騎士に念を送る。
まあ、届かないけど。気持ちだけでも、ね?
そして、まさか私にあんなチャンスが訪れるとは思ってもみなかった。