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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
1.始まり
2/53

2.騎士



「……痛い」

「……」


 篝火に照らされた薄暗い地下。

 そこに似つかわしくないほどの小綺麗なシーツの上に、包帯まみれの人間が寝かされている。そして、青白い人間らしき者が傍で手当てをしていた。


「痛いんだが」


「……」

(うるさいな)


 怪我人が手当ての仕方に文句をつけてくるんですが。

 た、たしかに上手な手当とは言い切れないけども……。


 こちらの世界でグールにされる前に、人に手当をしたことなんてなかった。あっても絆創膏を渡すぐらいのことしかしたことがない。


(それに、今後は自分の手当なんてしなくていいだろうし)


 健康に気をつけなくていいのは、この体になったことの恩恵かもしれない。しかし、グールになって人間の治療をするなんて思いもしなかった……。


 

 目の前でグールの私に治療されているのは、勇者の仲間である「騎士」だ。


 どこでその名を知ったかって?この人が自己紹介してきたからだよ!しゃべれないグール相手に!「俺は勇者と行動を共にしていた者だ。『騎士』と呼んでくれ」と言われた時は、自分の耳が腐ったのかなと思った。


「包帯まくの下手だな」


(この怪我人、容赦ないんだけど!)


 文句をつけながらも自分で包帯は巻かない。いや「巻けない」の方が正しい。なんせ彼は魔族たちにボコボコにされているため、体が思うように動かせないのだ。しかし、あの悲惨な状態からここまで回復するのはすごい。


(人間をいたぶって楽しむなんて……)


 この地下に最近めっきり来なくなったオークの話を思い出す。

 『ケルベロスが少し遊んでやっただけで動かなくなった。興ざめだった』などとほざいていた。それから数日は憂さ晴らしに私を蹴りに来ていたが、ここ最近は全く来ていない。本当にはた迷惑なやつだと思う。


(まあその死んだと思ってる人間が、実は生きてるわけだ)


 ほんの少しだけ、ざまあみろと思う。いつも地獄のような労働を強いられている側からの、些細な反抗である。死体処理なんてブラック過ぎる仕事内容だ。


「なあ、俺がここに来てどのくらいたった」


 騎士は私がなんとか巻き終えた包帯を見ながら、独り言のように呟いた。

 答えを求めていないように聞こえるのは、私がしゃべれないことを分かっているからだろう。


(……話せないことがもどかしい)


「……いや、どうでもいいか」


(いいの?!)


 掌がクルクルな騎士に度肝を抜かれた。

 ちょっとしんみりしてしまった私の真心を返せ。

 彼は本当にどうでもいいようで、私が綺麗に整えたシーツでゴロゴロしだした。

 なんてズルいんだ。こっちは死体をダストシュートにシュウゥーーート!しないといけないのに。そう、ドラ○もんバトル○ームみたいに。


 そして騎士はニートを満喫、私は社畜時間に勤しむ日々を送った。





「おい、くるぞ。あの足音はオークだ」


 あくる日、まだ傷がよくなっていない騎士はのんびりと果物(私が何とか調達した)をかじりながら、仕事をしているグールを見ていた。

 だが、急に階段に目を向けたかと思うとそう言い放った。


(え、まずい!)


 死体を布で包んでいた手を止める。そして急いで騎士を布で簀巻きにし始める。


「いつも思うが、よくこんな方法で俺を隠せてるな」


 全く危機感の『危』の字もない様子の騎士に、軽い殺意を覚える。


(だ、誰のためにこんなに必死になっていると……!)


 その怒りの分は、簀巻きをきつめにすることで解消する。「苦しい」という言葉が聞こえた気がしたが気のせいだ。そして、その「簀巻き」を死体の山の奥へと放り込んだ。


ドスドスドス


「おい!あの人間の死体はどこにある?!」


 せわしない様子で問いかけてくるオーク。

 聞かれても困る。しゃべれないし、本当のことも言えない。


(グールなので)


 すました様子で首をかしげる。

 『知りませんよ~』という意思表示だ。


「クソッ!あいつの仲間に見せしめとして突き出してやろうと思ったのに……!」


 このオークが悔しそうにしている姿はとても気分が良くなるが、見せしめという言葉は穏やかじゃない。地上では、一体なにが起こっているのか。


「他のヤツらは防衛戦で忙しいし、勇者共の勢いも半端じゃねェ……!」


(!!)


 勇者!もしかすると騎士を助けにきたのかもしれない。いや、きっとそうだ!そうと分かればこんなオークを相手にしている場合じゃない。

 私は興味を失ったかのように仕事に戻った。

 そうすれば、オークは勝手にどっかに行くからだ。


「ハッ!脳が腐ってるグールには難しい話だったな!」


 オークは捨て台詞を吐きながら階段をあとにした。

 最後の最後まで憎たらしいことしか言わない。


 そっとオークが帰ってこないか確認した後、急いで騎士のもとに行く。


(今の聞いてた?!)


 簀巻き状態から解放された騎士を、グールが大きく揺する。

 何気に傷に響かないように丁寧に揺らされている。


「なんだそんなに興奮して。お前やはり知能があるんじゃないか?」


(今そんなのどうでもいい!ちゃんと聞いてたよね!?)


 何かを訴えかけてくるグールに根負けし、騎士はため息をつきながら言った。


「はあ、今の話なら聞こえていた。勇者たちがこちらに来ている」


(やっぱり!)


「近々、こことお別れだな」


 騎士の言葉を聞き、グールは嬉しそうにシーツを広げ始めた。

 おそらく、さっさとそこに寝て傷を治せとでも言いたいのだろう。

 もうずいぶん、このグールのことを知った。妙に人間臭いところも、魔物なのに人間にやさしいところも、グールだが実は知能があるかもしれないことも全部。


「……メチャクチャな奴だな」


 騎士はそう呟いて、かいがいしく世話を焼くグールを見つめた。

 寂しそうな視線に、グールが気づくことはなかった。


















 それなりの月日が過ぎた頃。


(あ、オークがくる)


 ドスドスという音が階段から聞こえてくる。

 急いであの居候騎士を隠そうとしたが、はたとその必要がないことを思い出す。


(そっか。あの人はもういないのか)




 いつの日だったか、動けるほどに傷が治った騎士は最初この地下から地上に出た。

 そのまま逃げるかと思ったのに、彼はまたここに帰ってきた。顔を逸らしたまま「まだ本調子じゃない」と言っていたのを思い出す。後ろめたそうな雰囲気だったのが気になったが、万全な状態ではないことは確かだったためそのまま世話を焼いた。


 ズルズルとそんな日々を過ごしていたが、私はとうとう彼を追い出すことにした。

 あのままでは、情が移ってしまいそうだったから。


 あの日、ありったけの食料を渡した。できれば武器も渡したかったが、下っ端のグールでは無理だった。しかし私の言いたいことをくみ取った騎士は、渡された食料をしばらく見つめた後、「ありがとう」と言って地上へと走り去った。

 それが、騎士との最後の記憶だ。



(仲間とちゃんと合流できただろうか)


 時々、あの騎士のことを思い出す。

 いえ、うそです。毎日のように心配しています。最後に見た、あの迷子のような騎士の顔が脳裏に浮かぶ。この気持ちは、もはや保護者のような感じだ。心配で心配でたまらない。


(傷は完治した?夜は眠れている?あの日みたいに魘されてないだろうか。ご飯はちゃんと食べれてる?果物しか食べさせられなくてごめんね。そっちでお肉は食べれた?)


 もうオカンみたいな思考になりながら、あの騎士に念を送る。

 まあ、届かないけど。気持ちだけでも、ね?





 











 そして、まさか私にあんなチャンスが訪れるとは思ってもみなかった。








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