表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
3.海辺の町
18/53

18.新たな生活



 時は流れ、季節は巡る。

 もう住み慣れたこの家の窓から、遠くにある穏やかな海を眺める。

 故郷のことを思い出させる風景に、時々寂しさを覚えることがあった。


 山と海の間にあるこの一軒家は、古びているがとても住み心地がいい。

 周囲に家はなく、この家だけがポツンと建てられている。

 もともと住んでいた住人はよほど人嫌いだったのかもしれない。


 崖から落ちたあの日からずっとずっと歩き続けて、たどり着いた場所がここだった。

 最初は住みつくつもりはなかったが、やむを得ない事情ができてしまったのだ。


(ん、そろそろかな)


 もうすぐで来るであろう()に備えて、玄関の方へ向かう。

 すると、案の定ドアがけたたましく開け放たれた。


 バンッ


「来てやったぞッ!」


「帰ってください」


「なッ!ひどいぞ!」


 短く整えられた黒い髪を振り乱しながら、このうるさい人物は私の方へと飛んでくる。

 そう()()()()()()()


(まさかこの()()と契約することになるとは……)

 

 やむを得ない事情である目の前の人物に、疲れた顔でため息をつく。

 それが気にくわなかったのか、彼は私の頭にしがみついてきた。


「なんでそんな顔をするんだ、契約者!」


「原因が自分にあるとは思わないんですかっ」


 顔にへばりついてくる悪魔をはがしながら、なんとか酸素を補給する。

 この悪魔は、契約者である私の息の根を止めたいのだろうか。

 いくら子どもサイズの大きさでも、顔にしがみつかれたら息ができない。


「契約したのは間違いだったかもしれない……」


「いや、大正解だぞ!」


「ちょ、耳元で叫ばないでください」


 確かにこの悪魔と契約してから、ただのグールだった頃よりは快適に過ごせるようにはなった。色々あるが、何よりも()()()()()()()()()()()が大きな恩恵だろう。


「ただ、代償がこのうるさい悪魔との共同生活とは……」


「オレサマと過ごせることを光栄におもえ!」


「はいはい」


 もしかすると、海岸でコレを拾ったのは間違いだったのかもしれない。

 それにグールが悪魔と契約するなんておかしすぎる。

 ここはクーリングオフが正しいかもしれない。


「すみません、契約解除で」


「何?!」


 また騒ぎ出してしまった悪魔を適当に宥め、朝食の準備をする。

 この口うるさい悪魔のせいで、早寝早起き朝ごはんの習慣が身についてしまった。


(ご飯を与えたら、一時は静かになるんだけどな……)


 そう思いながら、この騒がしい同居人のためにキッチンへと向かった。







「これからしばらく、オレサマはここにいられるぞ。どうだ、嬉しいだろう?」


 朝食を食べて大人しくなったと思ったところでの爆弾発言だった。

 同じテーブルでお茶を飲んでいた手が思わず止まった。


「え゛、今までみたいな日帰りじゃなくなるんですか?」


 これまでは共同生活といっても、日中だけしか傍にいなかったこの悪魔。

 どうやら、これからは朝から晩までずっといるようになるらしい。地獄だ。


「どうぞお帰り下さい、悪魔様」


「なんでだよッ!」


 勢いあまって椅子から文字通り飛び上がった悪魔は、向かいに座っていた私の膝の上に乗ってきた。私の方を向いて座ってきたから、視線の圧がすごい。


「なんで……、なんで契約者はオレサマの名前を呼んでくれないんだ……?」


(おっと、思った話題と違った)


 てっきり帰れと言ったことに対して抗議されるかと思っていたら、斜め上のことを言われた。

 いや、悪魔は悪魔でいいんじゃないだろうか。


「……エンダー」


「……!」


 しょぼくれた顔をしていたのが、一瞬で満面の笑みにかわる。

 なんだかんだ言って、この悪魔は憎めない。


「ほら、今日の分の()()をしないと」


「ああ、わかった!」


 エンダーは素直な返事をし、私に抱きついてくる。

 絵面的には子供が抱きついているだけだが、遊んでいるわけではないのだ。


 この悪魔、エンダーと契約した理由がこの()()だ。

 実は出会った頃の彼は、とんでもなくボロボロだった。

 それを回復させるために、グールである私の生命力をわけているというわけだ。

 その分け与える行為として、契約するのが一番手っ取り早かっただけなのだ。


「……そろそろ回復してきたんじゃないですか」


 暗に契約の満了を仄めかす。

 結構、長い時を共に過ごしてきた自覚がある。

 回復するには十分な時が経ったのではないだろうか。


「………いや、まだだ」


 すると、今回もまた同じ言葉が返ってきた。

 このやり取りも、何度繰り返したかわからない。


「そうですか……。それじゃあ、そろそろ食料調達に行きますよ」


「……!わかった!」


 ほっとしたような顔の彼に気づかない振りをして、私は外へと向かう。

 昨日は森で調達したから、今日は別の場所に行くことにする。


「今日は町に行きましょうか」


「承知した!」


 威勢のいい返事をして、彼は子どもの姿から大人の姿に変化する。

 さっきまでの小生意気な子どもは消え、黒髪のイケメンが姿を現わす。

 前髪からのぞく紅い瞳は、いつ見ても「吸血鬼っぽい」と思ってしまう。


「毎度のことですけど、大人の姿に違和感が……」


「カッコいいだろう?」


 ドヤ顔をするエンダーのせいで、素直に褒めたくなくなる。

 微妙な顔をしている私に気づいていないのか、彼は意気揚々としている。


「ネルが以前言っていた“いけめん”というやつなんだろう、オレサマは!」


「………」


 ご機嫌な様子のエンダーをそのままに、改めて自分の名前を思い返す。


(ネル……か)


 もう思い出せなくなった元の世界の名前のかわりに、エンダーがつけてくれた名前。

 普段は呼ばないくせに、なぜか彼は大人の姿になった時だけ私をそう呼ぶ。

 子どもの姿の時は「契約者」としか呼ばないのに。


(まあ、そんなことより買うものを決めとかないと)


 余計な思考を頭の中から振り払い、前にいるエンダーのもとへ行く。

 手を差し出してくる彼を見ながら、手にある籠を持ち直す。

 さて、今日の市場はどんなものが売っているだろうか。










「らっしゃい!新鮮な魚だよ!」


「野菜はいかがー!」


「スパイスもあるよー!」


 近くに港はあるこの町は、いつ来ても賑わっている。

 路地裏にテレポートするが、そこからでも賑やかな声が聞こえてくる。


「果物があるといいですね」


「きっとあるさ」


 うきうきする私とは対照的に、落ち着いた様子でこちらを見てくるエンダー。

 なぜか大人の姿になると、彼は精神も大人になる傾向がある。


「なぜあなたは町に来るときはその姿になるんですか?」


 いつも疑問に思っていたことを聞いてみるが、彼はニッコリと笑うだけで答えなかった。

 そして、私の手をひいて市場の方へ導く。


「ほら、早く買わないとなくなるぞ」


「ちょ、はぐらかしましたね!」


 前も同じことを聞いてみたが、今回のように答えてくれなかった。

 私の同居人はなかなか謎が多い。


「あっ、リンゴがある!」


「いらっしゃーい!おひとついかが?」


「どうしようかな……」


「今なら2ルーだよ!」


「買います!」


「毎度ありー!」


 朝日に照らされた大通りを歩きながら、私は買い物に勤しんだ。

 なお、エンダーにはしっかりと荷物持ちをしてもらった。







「あの、半分持ちますよ」


「大丈夫だ」


 両手が空いている私とは対照的に、エンダーは両手にいっぱいの荷物を持っている。

 申し訳なさ過ぎる状況に思わず声をかけるが、案の定断られた。

 毎回のことだけど、申し訳ないと思うのは仕方ないだろう。


「いや……やはり持ってもらおうか」


「……!もちろん!」


 今回は珍しく私に荷物を持たせてくれるようだ。

 彼なりに譲歩してくれたのだろう。


「その代わり」


 彼の左手から荷物をうば……ゴホン、受け取った私は何かを言おうとしている彼に目を向ける。いたずらっぽい笑顔で私の右手にあった荷物を左手に持たせた。

 自分の空いた右手を不思議に思って見ていると、その手がエンダーの手に包まれた。

 

「こちらの手はもらっておく」


「いや……、なんで?」


 謎の等価交換に戸惑うが、嬉しそうな彼に水を差すことは躊躇われた。

 そのまま彼に手を繋がれ、私は我が家へ帰った。





 平和に終わった町へのお出掛けだった。

 しかし、市場で耳にした「『勇者』たちが仲間割れした」という話が少し気になった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ