17.別れは突然に
「こっちに行ったはずだ!探せ!!」
「殺しても構わん!絶対に逃がすなッ!!」
(勘弁してー!!)
私は現在、どこかもわからない森の中で駆けずり回っていた。
そして、追手は宵闇のなかでもわかるくらいの白を身にまとっている。
(“聖騎士”がめっちゃ物騒なんですけどっ!)
純白の生地に施された金の刺繍が、月明かりをうけてキラキラと反射する。
昼間に彼らを見ていたら、きっとあまりの清廉さに手を合わせていただろう。
(“聖騎士”なのに血の気が多いなぁ)
木のうろに隠れながら、周囲の気配を探る。
どうやらこちらには気づいていないようだが、見つかるのも時間の問題かもしれない。
(ほんと、怒涛の展開すぎ……)
優雅にお茶を飲んでいた今朝を思い出す。
まさかあの『騎士』の屋敷が恋しく感じるとは……。
人生どう転ぶかわからないものだ。
(まあ、その『騎士』にとうとう愛想をつかされたわけだけど)
木のうろに身を潜めている間、命を狙われるという現状に陥るまでの出来事をとりあえず整理することにした。
事の発端はある訪問者によるものだった。
いつものように部屋に監禁されていた私は、いつものように逃走しようとして屋敷の使用人に捕まった。今朝は珍しく『騎士』が不在で、代わりに使用人の人が私を捕まえてきたのだ。そして『騎士』が不在のまま夜がやってきた時、ある人物が訪れる。
その人物は『騎士』の同僚だったらしく、使用人の人たちは私の説教を後回しにしてその人の対応をしに行った。その時は、あの『騎士』と一緒に働くような同僚がいたのかと失礼なことを思っていた。
その同僚さんに衝撃の告白をされるとも知らずに。
私の部屋にどこかから突然侵入してきたその同僚さんは、現れてそうそうにこう言った。
「“聖騎士”の名の下に魔女に審判を下す」と。
…………。
いや、魔女じゃないし!グールだし!
そう思う暇もなく、私は彼にテレポートで拉致られた。
そして、今まさに殺されかけているわけだ。
(結構、時間が経ったな……)
私を探し回っている足音を、他人事のようにきく。
ここで待っていても何も変わらないのに、どうして私はここで動かずにいるんだろう。
(……ああそうか、私は『騎士』を待っていたのか)
来るはずのない『騎士』をバカのように待っていたようだ。
彼の同僚に言われた言葉を心の中で整理する。
(……『騎士』の命令で来たって言ってたなぁ)
最初はまさかあの『騎士』が自分を殺そうとしてくるなんて信じられなかったが、こんなに時間が経ってもその彼が現れないのが答えだろう。
とうとうあの『騎士』が目を覚ましたのだ。「どうしてこんなモノに心を傾けていたのだろう」って。
しかし、不幸中の幸いはその『騎士』本人が手を下そうとしなかったことだ。
あの人に命を狙われたら、秒で天に召されそう。
(――にしても、中々見つからないな)
探し回っている彼らの足音が、心なしかゆっくりになっている気がする。
あの人たち、なんか疲れてきてない?
木のうろからそっと出て、周囲を見渡す。
少し遠くで光っているのは、おそらく彼らが魔法でつくり出している光だろう。
フヨフヨと浮いているあの光が、白じゃなくて青色だったら人魂に見えていただろうなと思う。
外に出たのがいけなかったのだろう。
彼らの内の一人がこちらに気づいてしまった。
「見つけたぞ!」
(あ、ヤバ)
慌てて彼らから離れようとがむしゃらに進んでいくと、目の前に崖が現れた。
どうやら彼らに誘導されてしまったらしい。え、この人たち頭いい。
追い込み漁をされている魚はこんな気持ちなのかなと感傷に浸っていると、『騎士』の同僚さんが前に歩み出てきた。私をここに連れてきた張本人だ。
「君にはここで消えてもらう」
(うん、でしょうね)
今までの行動から、それ以外の意図があったら怖すぎる。
あとわざわざ言ってくれるのは優しさゆえなのか、そうじゃないのか……。
「たとえ君が“魔女”ではなく人だとしても……な」
(だから私はグールだって……ん?)
含みのある言い方に引っ掛かりを覚える。
まるで私が人だと思っているような言い方じゃないか。
まさか……。
(人だと思った上で殺そうとしてきてるの?!)
てっきり魔物の類だとバレて殺されかけているのかと思っていた。
だって、彼らは私を“魔女”だと言ってくるし(本当はグールなんだけど)、“聖騎士”としてこちらを処分しようとするのは当然かなと思ってたから……。
(なんで人だと思った上で殺そうとしてくるのかはわからないけど)
とりあえず、私のやることは決まっていた。
じりじりとにじり寄ってくる“聖騎士”たちを尻目に、私は崖に向かって走り出した。
「何ッ?!」
驚いた彼らの顔を一瞬だけ振り返って見る。
すぐに顔を前に戻した私は、そのまま崖の下へと落ちていった。
「た、隊長……」
「……これで我々の仕事は完了した」
「あれでよかったんですか?最後は自分で崖に落ちていきましたけど……」
「我らのすべきことはただひとつだ」
迷いのない隊長の言葉に、先程まで戸惑っていた純白の騎士たちが胸に手を当てた。
「「「すべては聖女様のために」」」
「おい!ゼノッ!!」
「わかっている!!」
「……ッ」
荒々しい相棒の様子に、思わずたじろく。
しかし、ここまでコイツが荒れるのもわかる。
あのグールが消えたのだ。
「どこにいるのかわからないのか?」
「……追跡用の魔道具が作動していない」
「お前、やっぱりクーちゃんにそんなモンつけてたのか……」
ゼノの用心深さと執着に呆れる。
「お前がわざわざつけた魔道具だろ?壊れる可能性なんて万一にもないだろ」
ゼノの能力の高さはよくわかっている。
それにあれほど執着していた相手に、半端な魔道具をつけるはずがない。
「“聖騎士”か」
「………」
無言の肯定を受ける。
おそらく、その追跡用の魔道具はそいつらに破壊されたのだろう。
「嵌められたな」
「………クソッ!」
ガンッ!
殴られた壁がめり込む。
これでも抑えている方だ。本気で殴ったらこの屋敷自体が崩壊してる。
「だから言っただろ。聖女には気をつけろって」
正確には「嫉妬に気をつけろ」だが。
まさか聖女がこんなにも大胆な行動をとってくるとは思わなかった。
「あの女、表では裁けないぞ」
証拠を一切残さなかったあの女の狡猾さに感心すると同時に、嫌悪を抱く。
流石、神に仕える女狐。清廉さを装うのはお手の物だ。
「………そんなものどうでもいい」
「は?」
思いもよらなかったゼノの反応に目を見張る。
壁に手を付いたままま俯くこいつの表情はよく見えない。
「あいつを探す」
「いや、手掛かりがないって」
ゆっくりとこちらを向いたやつの顔に口をつぐむ。
そんなオレに目を向けもせず、ゼノは窓に手をつく。
「どんな手を使ってでも、どんなに時間がかかってでも」
「絶対に探し出す」
そんな決意を嘲笑うかのように、ただ時間だけが過ぎていった。