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16.狂気の沙汰も人それぞれ


(お巡りさーん!こいつですーー!)


「こら、動くな」


 現在、私は拷問を受けている。

 『騎士』の執務室に連行された途端、手首には手錠がかけられ体の自由が奪われた。さらには、『騎士』の膝の上に乗せられ、背後から拘束されている。心と体がこの状況を理解することを拒否している。だいたい、なぜ自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。


(花瓶を落とされた被害者は私なのに……!)


 『騎士』の謎の琴線に触れたのだろう。被害者である私にこんな辱めを与えている。

 そんな鬼畜の所業をしている本人は、いけしゃあしゃあと目の前にある机で書類を処理している。膝に障害物を置いた上で仕事をするのは、きっと彼の特殊な趣味なのかもしれない。


(いや、それよりも!)


 目の前で華麗に処理されていく書類を見ながら、すっきりした気持ちになりかけていたのを思いとどめる。スパスパと処理されていく書類に気分よくなっている場合じゃない。そんなことよりもヤバい『騎士』の行動が現在、絶賛行われているのだ。


(うなじを嗅ぐなーーー!!)


 そう、『騎士』はライトが言っていたように生粋の変態だった。

 人様のにおいを至近距離で嗅ぐとは何事か!

 ……犬?前世が犬だったんですか?


 人を膝の上に拘束するだけでは飽き足らず、体臭を嗅いでくる『騎士』に恐怖さえ覚える。あと、この『騎士』の行動に既視感を覚えてもいる。


(なんか飼い猫を吸っている人間みたいだな……)


 所謂、「猫吸い」という言葉が脳裏をよぎる。

 いやいや、私はグールであってペットじゃない。ましてや、元人間なんだけど。

 

 色々と諦めた私は、使用人の人たちの視線にさらされながら『騎士』の執務室で耐え忍んだ。部屋に入ってきた人たち全員に、そっと視線を逸らされる身にもなってほしい。そんなにあからさまに気を遣われると、なんか辛くなってくる。


(だいたい、花瓶を頭にぶつけられたグールに手錠なんてものかける?普通)


 ……いや、グールにだったら手錠をかけてもおかしくないな。

 そもそも生かされていること自体、奇跡に近いし……。


 あれ、意外にこの状況は間違っていないのでは?

 ―――ってなるかーい!


 危うく『騎士』の異常ワールドに呑みこまれるところだった。

 手錠をかけたグールのにおいを嗅ぐ人間とか、異常性の塊でしかない。


「よっ!……って、お前またそんなことしてんのか」


(救世主……!)


 突如として彗星のごとく現れたライトに、全身全霊で祈りを捧げる。

 どうかこの『騎士』の目を覚まさせてください。


「流石だな」


(いや、ツッコめよ!!)


 普通にこの異常事態を受け入れやがった。

 知り合い(グールだけども)が縛られていたら普通は心配するだろう。

 なに現状を真摯に受け止めているんだ。


「聖女が帰ったらしいな?」


「当然だ」


「まあ、取り巻きがあんな騒ぎを起こしたんだから当然っちゃ当然か」


 縛られた哀れなグールを放置して、ライトと『騎士』の会話は続く。

 あれ、私ってグールじゃなくて透明人間だった……? 


「しかし珍しいな。お前が問題を起こした奴を“処理”しないなんて」


「………」


(ん?)


 己はどんな存在なのか悩んでいると、至近距離から強い視線を感じる。

 振り返ると、ばっちり『騎士』と目があった。

 きっっまずい。こっちを見るんじゃない。


「……やっぱり、“お前の異常にクーちゃんの影あり”だな」


(格言みたいに言うんじゃない)


 思考に耽っている間に、とんでもない方向に話が進んでいたようだ。

 なんでもかんでも私のせいにするんじゃない。

 もともと『騎士』がおかしかったというだけの話だ。


「聖女もこのお前の姿を見て、諦めてくれたら楽なんだけどな~」


 『騎士』の机に腰掛け、ライトはこちらを流し見た。

 物言いたげな視線をスルーし、『騎士』は書類に判を押す。


「勝手にしてくれ」


「冷たい奴」


(『聖女』様、この人のどこがよかったんだろう……)


 グールを監禁するわ、一緒にお風呂に入ろうとするわ、こっちの体臭を嗅いでくるわ、ヤバい行動しかしていない『騎士』を思い返す。

 彼に一般教養を教えた先生に言いたい。あなたの教育が失敗してますよ!


「まあ、あの聖女もこれで暫くは大人しくなるだろ」


 ライトはウンウンと満足げに頷いている。

 このご機嫌な様子から察するに、よほど『聖女』様が不快だったのだろう。

 いつぞやの冒険者ギルドを訪れた時のように、背後から魔王のオーラを放っている。

 ……恐ろしや。くわばらくわばら。


 ガブッ!


(……?!うぐあッ!!)


 突然の首筋の痛みに悲鳴を上げる。(声は出てないんですけどね)

 損傷したであろう部分を見てみると、綺麗な歯形がついていた。

 噛んだ人物の歯並びの良さがうかがえる。


(――じゃなーーいッ!)


 狂気の沙汰を引き起こした『騎士』を振り返る。

 そして、「仕返ししてやる!」と意気込んでいたのが嘘のように萎んだ。


(え?目が深淵のぞいてない?)


 人はここまで目に光を入れないようにできるのかと思わず感心してしまう。

 あっ、『騎士』がなぜこうなってしまったのかは考えないよ。

 だって、考えても理解不能なことが大半だったからね!

 

「ゼノ……、急に嫉妬すんなよ」


(嫉妬?!この狂気の行動を嫉妬で済ますの?!)


「いくらクーちゃんの意識がオレに向いてたからって、噛むのはやりすぎだろ」


 呆れたように眉を寄せるライトに、一筋の希望を見出す。

 もしかするとこの人は、非常識を装っていた常識人なのかも……!


「せめてキスだろ」


(この非常識人がッ!)


 全然希望の光なんかじゃなかった。

 むしろ地獄への片道切符を渡してくる人だった。


(変態っ!不潔っ!女性の敵っ!)


「あれ?なんかクーちゃんから罵られてる気がする」


 不思議そうな顔をする狂人に、ありったけの嫌悪をぶつける。

 『騎士』にこれ以上変な行動を覚えさせるんじゃない。

 もっと手に負えなくなるでしょうが!


「いいね、オレ意外とソッチも好きかも」


(え゛)


 前世を含めた人生で、初めて遭遇した未確認生命体に思考が停止する。

 蔑まれて喜ぶ人を、どうしたら不快にさせることができるのか見当がつかない。


「ねえ、もっと睨んでよ」


(キモいキモいキモい)


「おい、近寄るな」


 近づいてきたライトの顔を片手でわしずかんだ『騎士』に、安心と恐怖を覚える。

 気分は前門の虎後門の狼だ。

 片方に救われても、その片方に喰われそうな気がしてならない。


 こうしてこの日は、ライトを牽制する『騎士』とそれを愉しむライトの間に挟まれて地獄の時間を過ごした。二人でじゃれ合うなら他所でやってほしい。どうして私が間に入っていなきゃならなかったんだ……。



 じゃれ合う『騎士』とライトの姿をみながら思う。

 彼らは“友”であり、“仲間”なのだろう。

 じゃあ、私は?ここにいる私は一体なんなんだろうか。


 ……ああそうだ、私は“グール”だ。

 “人間”の彼らとは違う、()()()()だ。


 いつか来る別れの時が、悲しくなければいいなと願った。















「なあ、ゼノ」

「………なんだ」

「お前、クーちゃんが逃げたらどうすんの?」

「………何を言っている」


「逃げられるはずがないだろう」


「やっぱ、お前はそうじゃないとな!」

「仕事の邪魔だ」

「え~、さっきまでクーちゃん膝に乗せて仕事してたくせに」

「………消すぞ」

「なに?やる気?付き合うぜ?」

「お前の相手をしている暇はない」

「ああ、クーちゃんが逃げ出したみたいだな」

「………」

「いってらっしゃーい」




「全く、クーちゃんも毎度のことながら諦めないねぇ」


 そう言った『勇者』は、捕まったであろう哀れな子羊をからかいに庭の方へと歩いていった。













 



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