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13.『聖女』



 開いた窓から陽の光が差し込まなくなった正午。

 青白い顔をした人らしき者が、上品に整えられた部屋のソファに座っていた。

 その者は何をするでもなく、ただ上を向いて天井を見つめていた。


(………疲れた)


 天井、いや虚空を見つめていた私は、ぐったりした脳を働かせようと深呼吸をした。

 そしてそのまま息をはき、はき続けた。


「クーちゃん、そんなため息ついてると幸せが逃げてくよ」


 いつの間にか窓の縁に腰掛けていたライトに、ツッコミをする気力も湧かない。

 横目で彼の存在を確認した後、また天井を眺め続ける。

 そんなグールの様子を哀れに思ったのか、彼は優し気な声で話しかけてきた。


「何があったんだ?」


 私の隣に座り、顔を覗き込むようにして尋ねてくる。

 視界の左端にキラキラした銀髪が映る。

 その眩しさに目を閉じ、すっと息を吸う。


(いったい何なの!あの『騎士』は!)

 

 カッと目を見開き、隣にいたライトの顔をガン見する。

 ライトはその突然の動きにビクつき、すぐに笑い出した。


「っハハハ!よっぽどあいつに参ってるようだな」


 喉をおさえて笑い続ける彼を、じっとりと睨みつける。

 他人を不幸を笑うとはいい度胸だ。

 実際にあの『騎士』の行動をやられたら、そうも思ってられないはずだ!


「いや~、笑ったよね!まさかゼノが給仕したり、まさか風呂まで世話しようとするなんてな!やはりあいつは変態だと確信できたぜ」


 口元に笑いを湛えたまま、労うように私の頭を撫でてきた。

 『騎士』が整えてくれた髪だったが、もういっそ崩れてもいいかなという心境だったため、そのまま撫でられ続けた。


「でも安心しな。今日は朗報を持ってきたんだ!」


 ニコニコと笑う彼の姿に、不信感しか抱けない。

 頻繁に私の部屋に不法侵入してきている彼がこんな風に笑う時は、大体ロクなことにならなかったことを記憶している。カエルを部屋中にまき散らされた時は、流石にあの世の片道切符をあげようか迷った。


「『聖女』がここに来るらしい」


(……『聖女』?)


 どこかで耳にした言葉に、なけなしの思考を巡らせる。


(ああ、たしかどこかの食堂で聞いた気がする)


 記憶を探り出すことができてスッキリしていたが、スッキリしている場合じゃないことに気が付く。

 あれ、『聖女』って『聖なる乙女』ってことだよね。


(………滅されるじゃん!)


 自分がグールであることを思い出し、さらに『聖女』の役割を思い出した。

 ゲームでの知識でしかないが、『聖女』の力はアンデッド系の魔物にクリティカルヒットしていることが多かった。つまり、私にとって最高に相性が悪いということだ。


(え?私……死ぬの?)


「もう終わったかな?話を続けるよ」


 異世界に来て二度目の死を覚悟したところで、今まで黙っていたライトが話しかけてきた。

 私の思考がちょうど途切れた時に話しかけてきたことが解せない。 


「『聖女』の説明をすると、まあ読んで字のごとくだね」


(でしょうね)


「聖なる力があって、癒しとかアンデッド系の魔物に特攻がある」


(さいあくだ)


「ついでにゼノと相性が悪い」


(なるほ……ん?なるほど?)


「正確には『聖女』がゼノに惚れてて、あいつがあしらってる感じだな」


(『聖女』様の片想いかぁ)


 青春の香りに酔いしれていると、ふと今の状況とその情報を整理してみた。

 『聖女』様は『騎士』に惚れてて、その『騎士』に囲われているのが私……と。

 ……最悪の状況を思い描いてしまった。


(え、浄化される未来しか思い浮かばない)


 組んだ手を額につけ、肘を膝の上に乗せる。

 いわゆるゲンドウポーズ的なのをしながら、己の身の振り方を考える。


(………逃げるか)


 人生ではどうしようもできないこともある。

 今の状況こそが、そうであると判断した。


 そっとソファーから腰をあげようとした、まさにその時。

 

「ちなみにその『聖女』なんだけど、もうこの屋敷にいるみたいなんだよな」


(………)


 どうやら逃亡の判断が遅かったようだ。

 今日はここで大人しくしておこう。

 浮かしかけていた腰をソファーへと戻す。


「それと、その『聖女』がこっちに向かってるね」


 そして、戻した腰が地面へと滑り落ちた。

 慌てて立ち上がり、部屋のドアに耳をあてる。

 ダッダッダッという複数の足音が聞こえてくるのがわかった。


(なんで?!)


 ドアの前でワタワタしていると、くつろいだ様子のライトが目に入った。

 どうしてそんなに落ち着いていられるのか、全く理解できない。

 動かない表情筋を総動員して、顔で彼を威圧する。

 まあ、表情筋が動いてる感覚は全くなかったが。


「うん?ああ、そんなに慌てる必要はないよ」


(慌てる必要あるでしょうが!)


「どうせ、ゼノがなんとかするってー」


(なんて他力本願な……)


「それに、『聖女』なんて名ばかりだからな」


 ボソッと呟いた言葉だったが、耳のいいグールには聞こえてしまった。

 そんな不敬罪なことを『聖女』様に言っていいのかと心配したが、そういえば彼はそういう人だったことを思い出した。不法侵入したり、グールに構ったりしている時点で常識が通じないのは明白だ。


「聖なる力なんて持ってもないのに『聖女』なんて笑えるよな~」


(今度は大きな声で不敬なこと言い出したよ)


 呆れを含んだ視線を送っていると、はたと気づく。


(聖なる力がないなら、滅されないのでは……?)


 少しの希望を見出し、来る天敵に備える。

 足音は着実に大きくなっていた。





 ザッ


 とうとう足音が私の部屋の前で止まった。


 バンッ


「この部屋の主はどこにいる!」


 白い制服の大柄な騎士がドアを開け放ってズカズカと入ってきた。

 その後ろに続いて複数の騎士たちと聖職者の服装をした人たちも一緒に入ってくる。


「おい!返事をしないか!」


 部屋は静まり返ったまま、部屋の主からの返答はない。

 騎士は苛立ったように周囲を探っている。


 そんな部屋の主である私はというと、壁際ですっと立っている。服装はメイド服だ。

 この情報で察しがつく人もいるだろう。

 そう、私は使用人に扮することにした。(メイド服はライトが入手した)

 相手がこちらの顔を知らないということ前提の方法だった。


(ライトは騎士のフリして反対に控えてるし……)


 私の反対の壁際にいる彼にチラッと目を向けると、騎士に扮した彼が一瞬だけヘラっと笑ってきた。すぐに真面目な顔をしたが、肩が震えているのが目のいいグールの私にはわかる。

 彼は絶対にこの状況を面白がっている。


(頼むから、全員帰ってほしい)


 死んだ魚の目をしていると、しびれを切らした大柄の騎士がこちらにやってきた。

 あの鼻息のせいで、私の髪が飛んでいってしまうかもしれない。


「おいメイド!ここの主はどこだ!」


(目の前でーす)


 そうは思ったが正直になるわけにもいかず、ふるふると首を横に振る。

 声を発さない私を不審に思ったのだろう。騎士がさらに詰め寄ってきた。


「嘘をつくな!知っているんだろう!」


 近くでまくし立てるようにして喋る騎士に、ここの世界の人のパーソナリティスペースを疑う。一体どういう神経をしていたら、こんなに至近距離で叫ぶ気になるのか。

 え、もしかして耳が遠いと思われたのだろうか。


(どうしよう、喋れないのすっかり忘れてた)


 あまりにもしつこい騎士に困っていると、目の前からその騎士が消えた。


(え?)


「お、やっと来たか」


 壁際にいたライトがそう言ったのが聞こえたが、状況が一瞬理解できなかった。

 なぜなら、今まで私に詰め寄っていたあの騎士が地に伏していたから。


(……『騎士』?)


 そう、突然上から降ってきた『騎士』があの大柄な騎士を地に叩きつけたのだ。

 それも流れるように叩きつけたため、大きな音がすることなくおさえつけられた。

 いや、よく見てみるとオーブみたいなのが見えるから魔法を使っているようだ。


「俺の屋敷を闊歩するとは、良い度胸だな」


「ひ、ひぃぃい!」

「か、閣下?!」

「なぜここに!」

「『聖女』様のお相手をしていたのでは?!」


 阿鼻叫喚とは、まさに今の彼らのためにある言葉だろう。

 地にのびた騎士を足蹴にし、悲鳴を上げる彼らに近づいていく。

 私からは『騎士』の背中しか見えないが、黒いオーラを放っているのが感じ取れる。


(うわぁ、近寄りたくない)


 ドン引きしながら、『騎士』と哀れな彼らを見ていることしかできない。

 だって巻き込まれたくない。ほら、昔の人も「君子危うきに近寄らず」とか言ってるし。


「死をもって償え」


(うわぁ!まてまて!)


 予想以上の裁きに、思わずドクターストップが入る。

 いや、私、医者じゃなくてグールだし、グールストップにしとくか。

 そんなことを考えながらも、剣に手をかけた『騎士』を取り押さえた。


 腕にしがみついた私を『騎士』が見る。

 すると、彼はそのまま硬直してしまった。


(……?)


 完全に動きが止まった『騎士』を不審に思い、そっと彼の顔を見る。

 なぜか彼は、目を見開いたままこちらをガン見していた。

 異常にこちらの服を見てくる彼に、謎の寒気がした。

 そして、目を逸らさず、瞬きもせずにこちらを見てくる『騎士』に恐怖を覚える。


「ッく、アハハッ!」


 突然の笑い声に驚いた私は、その声の主に視線を向ける。

 そこにはお腹をおさえて笑い転げているライトの姿があった。


(一体なんなんだ)


 意味不明な状況を飲み込めずにいると、ライトの足元にあるものが気が付く。

 さらに、周囲が異常に静かになっていることにも気が付いた。


(な、なんで阿鼻叫喚してた彼らが地に伏せているんだろう……)


 いつの間にか倒れていた彼らに驚き、それと同時に同情がわいてくる。

 彼らの頭には大きめのたんこぶができており、明らかに痛そうな方法で気絶させられたことがわかったからだ。さらに、鞘に入ったままの剣をライトが持っていることから、犯人が誰なのかがわかる。


「ゼノ、随分時間がかかったな。そんなに『聖女』は手強かったか?」


「話が通じない」


「あ~、通常運転ってことか」


 よくわからない会話を二人が繰り広げる。

 あと『騎士』さん、ようやく謎のフリーズ状態が解けたんですね。


 地面に転がった人たちを指先でつついていると、部屋の外から軽やかな足音が聞こえてきた。


「やってきたか」


「うわー、オレあの子苦手なんだよな」


 なにかを分かっている『騎士』とライトに説明を求めようとしたが、無理だった。

 足音の主が、もうこの部屋に到着してしまったから。


「ゼノ様!」


 少し息を乱しながらも透き通った可憐な声。

 湖をおもわせるような淡い青の長い髪を揺らし、その髪を際立たせている白い聖職者の服。

 丸い瞳は桃をおもわせるピンクで、可愛らしい顔立ちをしている。

 きっとこの人が『聖女』様だろうと思えるような美少女が現れた。

 ……複数の人たちが地に伏しているこの地獄の空間に。


「ゼノ様、置いていくなんてひどいです」


 目を潤ませてそう言った彼女は、まさに庇護欲をそそられるオーラを持っていた。

 これは惚れてしまうだろうと感心していると、酷く冷めた顔をしている『騎士』とライトの顔が視界に映る。あまりにも冷めていたため、私はそっと3人から距離をとった。


「迷惑だ、帰ってくれ」


(し、辛辣だ……)


 少し離れた場所で彼らを見ながら、私はこれから巻き起こるであろう修羅場に現実逃避した。








 










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