12.お世話騒動
「ほら、口を開けろ」
(………いやだ)
「好き嫌いはよくない」
(この状況が嫌だーー!!)
現在、私は『騎士』に食事を給仕されている。
それも、『あーん』だ。『あーん』なのだ!
(スープくらい自分で食べれるわーーー!!)
事の発端は、『騎士』の休暇申請から始まった。
この悪夢の前触れだった、ライトとの会話を思い出す。
「なあ、クーちゃん。このこと知ってるか?」
(ライトさん、ナチュラルに不法侵入しないでくれますか)
昨日壁にめり込んだばかりなのに、よくここに来たなと思う。
『騎士』の鬼畜さもすごいが、ライトの雑草のようなしぶとさも称賛に値する。
「いやぁ、クーちゃんはこのこと知らないだろうな~」
私の聖域であるベッドを乱すとはいい度胸だ。
人様のベッドの上に寝転がる不法侵入者に、セコムを呼ぶか迷う。
だが、呼んだが最後、ライトは排除できても病んでる人の相手をしなくてはならないことを思い出した。
(………呼ぶのやめとこ)
「ねぇねぇ、知りたい?知りたい?」
ライトはベッドから身を乗り出し、窓辺で日光浴をしている私に熱い視線を送ってくる。彼の背後に大きなイヌの尻尾が見える。監禁生活のせいで、とうとう幻覚が見え始めたのかもしれない。
彼のしつこさは身に染みているため、渋々ベッドにいるライトに顔を向ける。そして、彼に向けて頷いてみせた。
「あ~!やっぱり知りたいんだー!」
(さっさと話して帰ってほしい)
私が話を聞く気になったことがわかった途端、彼の調子が爆上がりしてしまった。
とりあえず話を聞くという選択肢は間違いだったかもしれない。
「仕方ないな~、教えてあげよう!」
(はいはい、すごいすごい)
「相槌がめっちゃ適当!でもまあ、これを聞けばそうもしてられないよ」
さっきまでダラダラしていたライトはベッドから降りて、私がいる窓へと歩いてくる。
いつになく真剣な面持ちに、私はじっと彼を見つめた。
「ゼノが休暇をとった」
(………は?)
意味が把握できず、目の前にいるライトの顔を見る。
彼は口元を抑えて、肩を震わせていた。
ポカンとしている私の様子を楽しんでいるのだろう。笑っているのがバレバレだ。
(せ・つ・め・い!)
「いたっ、ちょ、脇腹つつかないで」
こちらを嘲笑っていた人物に鉄拳をお見舞いし、詳しい説明を促す。
まったく、人をからかうもの程々にしてほしい。
「いてて、わかったよ。ちゃんと説明するから」
脇腹が回復したライトから聞いた話は、まさに悪夢のような内容だった。
(え?『騎士』が休暇申請した?)
「まあつまり、あいつが暇になったってことだ」
ニヤニヤとするライトは放置するとして、問題は『騎士』の話だ。あの人が暇になるということは、今まで以上にこの屋敷に彼は存在するようになるということを意味する。
(つまり)
「ずっとクーちゃんに纏わりつくってことだな!」
(最悪だーーー!!!)
窓に頭を叩きつけて発狂しようとしたが、ライトに頭を抑えられる。
彼はそのまま私の頭をねぎらうかのように撫でた。
「まあ、ガンバ?」
(……いっそころしてください)
生き地獄が確定した瞬間だった。
回想が終わり、現実に意識が引き戻される。
できることならずっと意識を飛ばしていたかった。
「ほら、サラダだ」
(………はい)
すべてを諦め、黙々と運ばれてくる物を口にする。
シャキシャキとした食感が、野菜の新鮮さと瑞々しさを伝えてくる。
(めちゃめちゃ美味)
死んだ目で食事をするグールを微笑まし気に見てくる使用人の人たちもおかしいが、一番おかしいのは楽し気にグールに給仕する『騎士』だろう。
彼の口角が少し上がっているのがわかる。一体何が楽しいのか。
(早く終われー)
「なんだ、もういらないのか?」
無意識に顔を背けていたらしい。この地獄の時間を終わらせようと、体が勝手に拒否反応を示したと推測する。なんか……体は素直だなと思った。
そんな私の様子を『騎士』は「満腹」という意味で捉えたようだ。
(助かった……!)
私はいそいそと首にかけられていたナプキンをたたみ、そっと席を立った。
そのまま食堂から逃亡しようとしたが、ダメだった。
「こら、どこに行くんだ」
気づくと『騎士』に肩に腰かけていた。
どうやら一瞬で子どもを抱っこするようにされたらしい。
こんなところでフィジカルを発揮しなくていいと思う。
(自室に帰らせてください)
「風呂に入らないといけないだろう」
(はいはい、自分で入れますー)
「今日は俺が入れてやろう」
(!?!?)
とんでもないことをのたまう『騎士』に、私はしばし硬直する。
そして、これは常識的にどうなのか判断するために使用人の人たちの反応を見た。
「「「!?」」」
(うん、彼ら的にもアウトらしい)
目を見開いていたり、固まっていたりする彼らの反応を見て安心した。
やはりグールと一緒にお風呂に入ろうとする人間はヤバいと確信できた。
(入るわけないでしょうがー!!)
グイグイとそばにあった『騎士』の顔を押す。
こんなことして大丈夫なのかと思われそうだが、この人を拒否するにはこれくらいの意思表示をしなければわかってもらえないのだ。……わかってもらえた記憶はあるかと問われれば黙秘する。
「なんだ、早く入りたいのか」
(ちがーーう!!)
うん、やっぱり意思疎通できなかった。
長い脚でスタスタと、着実に浴室の方へと向かっている。
(まずいー!)
「あ、主様!」
心の中で悲鳴をあげていると、執事らしき人が駆け寄ってきた。
その壮年の男性に呼び止められ、『騎士』は足を止めた。
「なんだ」
少し低い声で『騎士』が答える。
なぜ少し不機嫌そうなんだ。そんなに体を洗いたいのか。
「ご入浴の方は私どもにお任せくださいませ」
恭しい礼をとりながら、その執事さんは『騎士』にそう言った。
たしかに、今まで入浴の準備をしてくれていたのは彼らだし、『騎士』がそんなことをするよりかは違和感がない。まあ、それでも人にお風呂に入れられるとかは嫌だが。
「いや、俺が入れる」
(こんの頑固者!)
有難い執事さんの提案を断った『騎士』は、そのまま浴室に直行しようとする。
しかし、執事さんは負けていなかった。
素早い身のこなしで『騎士』の前に立ちふさがる。
「僭越ながら坊ちゃん、そのお方の性別は?」
この執事さんは古株なのかもしれない。
この『騎士』を「坊ちゃん」呼びとは恐れ入る。
「………」
「私が拝見する限り、女性のように見えますが」
(そうです!女性なんです!)
言うこと言うことが的を射ている執事さん。
私の中で彼の好感度は爆上がりだ。
うんうんと頷いていると、突然視界が真っ暗になった。
(え?え?)
「坊ちゃん……。急に女性の目を覆うことは褒められたことではございませんよ」
呆れを含んだ執事さんの声が聞こえてくるが、如何せん視界が遮られていて表情はわからない。
あと、視界不良の原因は『騎士』か。
視界を奪われる理由がわからない分、恐怖は倍増している。
「坊ちゃん、私はここで退散します。どうか良識ある振る舞いをなさってくださいね」
(え゛、執事さん行っちゃうの?)
唯一の頼み綱が消えてしまうことに動揺が隠せない。
え?この常識が通じない人を一人で相手しないといけない?
ついでに喋れないっているハンデもあるんですが。
「では、失礼します」
(うそでしょ?!)
スタスタという足音とともに、執事さんの気配が去っていくのを感じる。
なぜ感じているのかというと、いまだに視界を覆われているからだ。
どうして『騎士』は私の視界を奪っているのか……。
疑問を抱いたまま、私は浴室へと連行された。
脱衣所に連れてこられ、そっと大理石の床に降ろされる。
道中に『騎士』が一言も発さなかったことがとてつもなく不穏だ。
だが、それよりも緊急の問題がある。
(本気で一緒にお風呂に入る気……?)
目の前で沈黙したままの『騎士』が何を考えているのかわからない。
感情の読めない暗い瞳でこちらをじっと見つめてきている。
(こわすぎる)
「お前は俺を助けた」
(!?)
口を開いたかと思ったら、急なことを言い出した。
おそらく魔王城みたいな所で彼を助けた時のことを言っているのだろうが、突然すぎる。
(まあ、助けたといえば助けたか)
危ない雰囲気の『騎士』に対して、私は慎重に頷く。
瞬きもせずこっちを見てくるのやめてほしい。
「なら最期まで責任を持つべきだろう?」
(……ん?)
なぜか「拾った犬は最後まで面倒をみなさい」問題になっているような……。
疑問符を頭に浮かべていると、『騎士』は私の頬を両手でそっと捕らえた。
「だから余所見は駄目だ」
(??)
「さっき余所見をしていただろ」
(執事さんのこと?!)
まさかの執事さんを見ていたことを咎められるとは思わなかった。
え、もしかして目を覆ってきたのは執事さんを見てたから……?
(狂気的な束縛……!)
『騎士』の異常性に改めて恐れおののく。
ついでに、至近距離でそんな束縛発言してくる『騎士』の顔に恐れおののく。
「俺はお前のものだ」
(違います)
「そしてお前は俺のものだ」
(もっとちがーう!!)
私の頬をおさえ、目の前でうっそりと笑う『騎士』。
彼は私の顔を見るのに満足したのか、そっと手を離した。
「風呂は自由に入っていい」
(えっ、もしかして一人で入っていいんですか!)
驚きと嬉しさで体が固まる。
それを見た『騎士』が少し目を細めた。
「一緒に入ってもいいんだがな」
(すぐに入ってきます)
服に手をかけようとして、はたと気が付く。
そして、いまだに脱衣所にいる『騎士』に体を向けた。
(出てけーーー!!)
ナチュラルに覗きをしようとしていた『騎士』を追い出し、私はゆっくりとお風呂を味わうことができた。
ちょっとイヤだったのは、湯船に赤いバラの花びらが散っていたことだ。
誰だ、こんなムーディーな雰囲気にした奴。必要ない雰囲気だったよ。
こうしてお風呂騒動は幕を閉じた。
なお、この話を聞いて爆笑したライトには鉄拳をお見舞いした。