1.首と胴体にさようなら
コメディにしていきたいです。
不気味なほど澱んだ空。
その下にそびえるのは、広大な黒い城壁都市。
まさに「魔界」の名に相応しい様だ。
その都市の中央にある、一際大きな城のある地下。
「おい、こいつらはあっちに持っていけ」
「……」
暗い石畳の上に転がされた、おびただしい数の死体。
それらを運ぶよう指示しているのは、異形の者。
まあ、所謂「オーク」みたいなやつだ。
「何をしている。さっさと運べ!」
「……」
怒鳴られたのは、肌が青白い、人間のような姿をした者。
無言で指示に従う姿は、社会の家畜(社畜)を思い出す。
「――ったく、これだからグールはイヤなんだ」
オークは、グールのトロい姿にイラついたようだ。横柄に壁にもたれ、足を揺すっている。
「今日中にそれ終わらせとけ。出来なかったら……お前がその山に加わるだけだ」
「……」
「ちっ、ほんとに気味悪ィ」
どこまでも無気力なグールに興がそがれたのか、オークはそのまま地上へとつながる階段を上って行った。
「……」
強烈な侮蔑を向けられても、顔色ひとつ変わらない。
いや、変えられる表情筋が死滅しているのだろう。
(くそがー--!)
いやでも感情がないなんて、そんなことなかった。
そう、実はめちゃくちゃ感情があるグールだった。
(異世界に召喚されたと思ったら、まさかの人外にされたとは……)
そう、グールこと私は怒涛の展開を思い出した。
~回想~
初めての大学の一年を終了し、春休みを家で満喫していたある日。
ヌーチューブを見ながらゴロゴロしていると、眠気に襲われた。
そして目を覚ますと、少し黒ずんだ赤で描かれた魔方陣の上にいた。
(は?)
夢でも見ているのだろうと思ったが、一瞬で現実だと認識した。
首を切られた痛みが、鮮明過ぎたから。
ザシュッ
(え……)
ゴトリという音と共に、視界が傾く。
ああ、切られたんだなという感想しか浮かばなかった。
血が出ていなかったのは、今でも不思議だ。
「あ~、めんどくさッ。なんでボクがこんなことしなきゃいけないんだか」
大鎌を担いだ少年は、だるそうに言う。
今しがた、その鎌で人の首を飛ばしたとは思えない口調だ。
「さっさと終わらせるかー」
私の身体と頭は、魔方陣の上にのせられる。
「――#$%”*?&#――」
少年は何かを唱える。
すると、私の首と胴体がくっついた。
(??)
痛みもなく、私の身体は動かせるようになった。
生前?と同じくらい違和感がない。
「よーし、グール生産完了っと。あとはヨロ」
少年は仕事を終えたのか、すぐさま姿を消した。
入れ替わるようにやってきたのが、あのオークだった。
~現在~
というようなことがあって、そのまま社畜のように働かされている。
まあ、元の世界で社畜になったことなかったんだけど。
社会に出てすらいない大学生だったからね!
とにかく馬馬車のように働かされている。休憩なんてない。
それでも疲れないのは、私がグールに改造されたことが原因だろう。
それと数少ない情報としてグールは通常、思考能力をもたないらしい。
あのオークに散々、そうバカにされたから間違いない。
許すまじ、オーク。
(まさか、話すこともままならなくなるとは思わなかったけど)
グールとして異例の知能をもっていた私ではあったが、話す能力はなくなっていた。言えても「あ」か「う」だ。ついでに表情筋をもっていかれた。私のアルカイックスマイルが……!まあ、あのスマイルは胡散臭いと家族からは不評だったが。
このようなことを考えながら、永遠に死体をダストシュートにぶち込んでいる。
(しかし、一体なにをしていたらこんなに死体がでるのやら……)
ここに運ばれてくる死体はとても綺麗だ。体からナニかが飛び出てることもないし、今にも動き出しそうなくらいの状態だ。きっと魔法とか薬剤とかで何かしてるのかもしれない。
実際、私は魔方陣で召喚されたし。あとグールにされたし。
今は情報が足りなさ過ぎる。
少なくとも、ここが私のいた世界ではないことは確かだ。
地球にグールやオークがいてたまるか。
(でも、持ち場を離れるわけにもいかないしなー)
離れたが最後、あのダストシュートに投げ込まれるのは私になる。
あのオークは喜々として投げ入れるはずだ。癪すぎる。
堂々巡りの思考を繰り返し、死体の処理にいそしんだ。
今日も今日とて、死体と睨めっこを続けていたあくる日。
嫌味オークが珍しく嬉しそうに私の元にやってきた。
「おい、聞けよ。今日魔王様たちがニンゲン捕まえたらしいぜ」
ブヒブヒと興奮気味に話しかけてくる。
(人間を捕まえてくるなんて、しょっちゅうのことでしょうに)
黙々と死体の整理をしながら、そう心の中で愚痴る。
「それもただのニンゲンじゃねぇ。なんと勇者の仲間だぜ!」
(勇者の仲間?)
思わず手をとめ、オークの方を見る。
それに気分を良くしたのか、オークはとうとうと話し出す。
「おっ、鈍いお前でも流石に勇者には反応するか。なんでも捕まえた奴は、勇者の仲間の中でもそうとう強いらしいぜ?傑作だよな!そんな強いのに捕まったんだぜ。無様なこった!」
愉しそうに笑いながら、私が丁寧に寝かせた死体を蹴り上げる。
その死体は鈍い音を立てて壁にぶつかった。
そんな衝撃を受けてなお、体に損傷がないのは疑問しかない。
(ほんとに……、狂ってる)
その勇者の仲間を嗤うのも、死体を蹴り上げるのも正気の沙汰ではない。
「じゃあな、オレはこれから闘技場に行くから。そいつをケロべロスとヤりあわせるらしいぜ!楽しみだなぁ、どう鳴くんだろうなぁ」
ねっとりとした気持ちの悪い声を出しながら、オークは階段を上っていった。
(はあ……)
今回は得た情報が多すぎた。
まず、ここが恐らく魔王城的なところで物語のように勇者と対立してるみたいだ。加えて、その勇者の仲間が捕まって今からいたぶられる。
(その人のご冥福を祈るしかない)
どうかできる限りの苦痛を受けないでほしいとしか祈れない。
あのオークのような残虐な者しかいないのなら、その勇者の仲間は安らかな最期を望めないことは明白だ。公開処刑をしている時点で、ここにいる魔族(もうそう呼ぼう)の性質はおし測れる。
(その人と出会えても、冷たくなった後だろう)
やるせない思いから目を背けるため、黙々と死体と向き合った。
「クソがッ!!興醒めだ!」
ゴンッ
少し前までご機嫌だったオークは急にここに来たかと思ったら、私の足元に死体を投げつけてきた。腹の虫がとても活発になっているようだ。
とばっちりがこないように、静かにその場に待機する。
「何が最強の戦士だ!数分でくたばりやがって……!賭けた分の金が飛んじまったじゃねぇか!」
地団太を踏む巨体。心なしか地面が揺れている。
ここ地下だから、崩れたら生き埋めになるんだが。
「ぺッ!てめぇは“浄化”するのも烏滸がましい。その汚い形のまま死ね!」
その言葉にはっとする。
「死ね」ということは、この人はまだ生きているということだ。
(それにやっぱり“浄化”という防腐過程のようなものを通過させていたのか……)
変に綺麗な死体の謎が解けたのはいいが、問題は目の前で倒れているこの人。
(……どうしようか)
そう思いながらも、私は清潔な布を準備し始めた。
コメディ……ではなかった。