消えない白夜
ご無沙汰してます(土下座)
【……日中に引き続き、今夜はよく晴れて蒸し暑い予報です。ただ、今日は流星群がよく見えるでしょうね。どうやら近年では稀なほど気象条件が整っていて、綺麗な夜空が期待できるとのことです。ぜひ、テレビの前の皆さんも夜空を見上げてみてくださーい。……】
「流星群……か」
私はその日の夜、宿題である数学の問題を解いていた。夕方のニュースをふと思い出し、そろそろ時間じゃないだろうかとベランダに出る。
六月にしては珍しい、快晴の夜。蒸し暑い空気感は否めないが、ほどよい夜風が髪を揺らした。
ーーひゅっ、しゅっ。
「あ……」
二筋の光が右から左へと流れた。流星群が始まったようだ。予報の通り気象の条件がいいのだろう、とてもはっきりと輝いている。
刹那、嘘のように消える光。
……あんなに強く光っていたというのに。
輝いていたのは、時間にして一秒弱。
ーーひゅっ。しゅっ、しゅっ。
光の軌跡が輝いては消え、輝いては消えていく様子は、確かに綺麗だ、と思う。きっと世界中の人の大半は歓声をあげる。スマホを掲げて動画を撮る人もいるだろう。
しかし私には、一瞬で消えていく流れ星に、寂寥すら感じてしまうのだ。
それはきっと、あの日から。
「わぁーっ、みてみて!」
車から降りるなり、駆け出して周囲に響き渡る大声を出した。他でもない私の所業である。
「すっごい! 星! 星! 星だよ!」
壊れたロボットのように星、星を繰り返す。
当時五歳の私の家族と、同い年で仲の良かった男の子の家族。
結構な人数でワンボックスカーに乗り、ちょっとした丘まで流星群を見に来ていた。
ちょうど今日みたいな、風が吹く六月の夜のこと。
「すごいね、綺麗だね」
その男の子ーーナツキくんは、私の言葉に頷いて空を見上げた。彼の瞳は満天の星を写し込み、キラキラと輝いている。
「でも、これからなんでしょ? その、なんだっけ、あれ。えっと……」
「りゅーせーぐんでしょ」
「そうそれそれ」
楽しみにしていた癖に、流星群さえまともに口に出せない、幼くて無知な私。
ワクワクしながら空を見上げて、次第に首が疲れ。ナツキくんとニ人、小高いところまで登って芝生に頭をうずめた。この方が見やすい。
ひゅしゅっ。ひしゅっ。しゅん、しゅんっ。
「…………」
いつもハイテンションだった私も、この時ばかりは声が出なかった。
ぽつぽつ、と、静かに、確実に増えていく煌めき。何かの福音のように、神秘的な意味を含んだように、流れていく煌めき。
光って、流れて、そっと消える。その繰り返しが視界を埋め尽くす。
「……きれーだねぇ……」
「……すごいねぇ……」
しばらくニ人で呆けていたのだが、私は勢いよく腕を突き出し、流れていく星を指差した。
「そうだ。流れ星に願いごとをすると叶うんだよ、ナツキくん! 消えちゃう前に、何かお願いしないと」
あれくらいの年齢ならば、誰しも一度は絵本などで目にするだろう。「流れ星は願いを叶えてくれる」なんて、私は本気で信じていた。
しゅん、しゅんっ。ひゅっ。
「ねぇ、サキちゃん」
ナツキくんは顔を傾けて目を合わせ、私の名前を呼んだ。
「流れ星って、消えちゃうんだよ?」
……だからどうしたんだろう、と思った。
すぐに消えてしまうからこそ、必死にお願いして、そして叶うんじゃないのだろうか?
「僕には、せっかく願ったことが消えちゃって、なんだか叶わない気がするんだ。流れてくるってことは降ってくるってこと。降るものって、向こうからきて、また反対に行っちゃうもん。普通に光ってる星もそうだよ。朝になったら消えちゃうでしょ?
だから、僕は願うなら、ずーっと消えない星に願いごとがしたいんだ」
びっくりした。
私の中には毛頭ない考えだった。
星はいつか消える。星と一緒に、願いも叶わなくなる。だから、消えない星に願えばいい。
なるほど、と思った。なんて私は浅はかな思考で星を見上げていたのだろう。
でも。
「消えない星なんて、あるの?」
「あるよ」
ナツキくんは即答だった。まだ続いている流星群に向き直り、どこか遠くを見つめた。
私は、なんとなく夜空に手をかざして、彼の言葉を待った。
「太陽だよ。太陽だって星でしょ? でもただの太陽じゃなくて、『びゃくや』っていう太陽」
「『びゃくや』?」
「うん。日本じゃ見れないんだって。でも、『びゃくや』になると、一日中ずーっと太陽が沈まないんだよ」
ひゅしゅっ。ひゅーん。しゅん。
どこでそんなことを覚えたのか、今となってはもう分からないが、ナツキくんは得意そうな顔で白夜への憧れを語っていた。
当時は沈まない太陽なんてイマイチピンとこなかったが、今なら理解できる。北極と南極で半年に一度、約一ヶ月程度見られる現象である。確かに何日も沈まない星に願えば、叶う気がする。
ナツキくんは続けた。
「でね、僕は一度でいいから、『びゃくや』が見れる場所に行ってみたいんだ。そこで、とっておきの願いごとをするの」
「とっておきの、願いごと? なぁに?」
「それはね」
彼は悪戯っぽく目を細め、その瞳の輝きをより一層強くした。
「ずーっと、サキちゃんと楽しく仲良くいられますように」
「……え?」
「いつ願いに行けるか分からないけど、先にサキちゃんにお願いしとくよ。これからも、よろしくね」
そう言って微笑むナツキくん。
こころの中が温まる感覚。じんわりと嬉しさが込み上げてきて、口角が上がって、急に、私はいつものハイテンションな私に戻ってしまった。
跳ねるように起き上がって、丘の上から彼を押して、下まで転がせようとする。
「えいっ!」
「えぇ!? ちょっと、うわぁぁぁ」
狙い通りに転がっていくナツキくんに、私は満足そうに大笑いした。
ーーひゅんひゅん、しゅんしゅん。
「ナツキくん……元気かな」
彼とは残念ながら小学校が違ったため、もう何年も会っていない。
今どこで何をしているか、全く分からない。
「サキちゃんと楽しく仲良く」なんていう、曖昧で、ましてきちんと願う前の願いごとは、もう叶わないと思っていいだろう。所詮、子供の夢。戯言だ。
でも、今日みたいな流星群が降れば、私はまた、嫌でも彼のことを思い出すだろう。自分の価値観を変えてくれた、あの優しくて芯の強い男の子のことを。
「数学、早いとこ終わらせて、白夜について調べてみよう……」
最後に夜空を目に焼き付け、そして深呼吸。少ししんみりした気持ちのまま、私は勉強机に向かい直した。
ーーひゅんひゅん、ひしゅっ。
ーーしゅんしゅん、ひゅんっ。