◆3◇ 反旗を纏え、希望と弔いに踊れ。
気がつくと私は、金のシャンデリアから齎される暖色の光芒の中、ダンスホールみたいな鏡面の床に立っていた。ディスプレイされた色彩溢れる衣装やアクセサリー達を前に、脳内はキラキラと満たされて心臓爆発寸前! やばァッ色彩!!!
「常磐緑のプリーツドレス、すっとモード! 明るい灰みの青のパフスリーブブラウス、ふわふわ天使! 明るい黄のチュチュワンピース、ひらひら舞える! 瑠璃色の時計草ピアス、くるりと神秘! 柔らかい赤紫の羽根バレッタ……」
「落ち着いて」
「だって、カラフルがいっぱいで……きゃぁっ!! 」
ディスプレイをグルグルと踊るように見渡していた私はツルリ、と鏡面の床を滑る!
「アイ!? 」
憂いのある冷静さをかなぐり捨てて驚愕するネリアルが目に焼き付き、反転する視界はシャンデリアを仰いだ。鎖が繋ぐ天井には、金色の円形の天井装飾。天から、金の陽光が溢れ落ちるみたい。心が吸い込まれた一瞬、叩きつけられるはずの身体を忘れた。
「何かキラキラしてるんだけど! 何ここ、色彩の天国なの? 私召されちゃったのかな!? はぅぁ……喉カラカラ」
「とりあえず、落ち着いて 」
私を抱きとめ息を吐くネリアルに、鮮やかな赤紫ジュースを渡される。
幼子のようにジュースを与えられるがままに抱えて座り込むと、咥えたストローから口内を満たした冷たさに目が覚める!
甘いのにしつこくないのは、爽やかで程よい酸味があるから。シロップが上品だ。鮮やかさに相反し、薔薇の香りも強すぎず、自然……。
コンビニにあったら、絶対にリピートしたい。けど、市販でこんなの飲んだことないよ!?
「何コレ、ウッマッ!! ローズジュース!? ネリアルが作ったの? お手製ですか、原材料は……てか、ここは何処なの」
つんと得意気に、ネリアルは口角に弧を描く。
「やっと我に返った? 俺の能力は、『創造』だから。コーディネートをするなら、ブティックが必要だと思って。……初仕事は自分自身からだね」
そうだった。我を失い色彩に惹かれるままに、ひたすら服を合わせるのもありだけど……私の目的はただのコーディネートじゃない。『救世主』のイメージを表現するコーディネートだ。
それに、『私自身』のイメージがまだ出来ていない。私はどんな救世主になりたいの?
真四角の氷にカランと、手の内の冷たさが鮮やかな赤紫残るグラスに溶けていく。座り込んだ鏡面の床には、金色を帯びた鮮やかな黄緑色の欖石の双眸を瞬く自分が映る。
改めて見ると、日本人とは全く異なる色彩だ。外国人の瞳のようかと言われると、それもまた違う。宿す瞳孔が……宝石のようにダイヤ型なのだ。夜を穿つ輝きで、石言葉通り私自身を『安心』させてくれるはずなのに、今は瞳孔が不安に揺らぐ。
――日本人の愛は、本当に死んでしまった、と突きつけられている気がして。
決して私は死にたい訳では無かった。希望に満ちる未来が続くと、根拠の無く信じていた。漠然とした夢だって合った。捨てられない宝物だってある。大切な人達だって、沢山居た。
私を殺した正は今頃、現代でどうしてるんだろう。刑務所の中で、罪悪感に目を覚まし打ちひしがれているのだろうか。
それとも『次は、俺を選んで』と告げた正は、転生の確率に勝利して私と同じ異世界に居るのだろうか。もしそうなら……私は正を……恨むべきなんだろうか。
一体現代はどれくらいの時が過ぎて、どれくらいの人達が……『鏡に映らない愛』の事を覚えてくれているのだろう。
「ネリアル。ここに、日本の服なんて無いよね」
私は郷愁からか。ネリアルに自然と問うていた。見覚えのある衣装一つ、異世界には無い。
「今は無いけど、欲しいなら創るよ。アイは、日本に心残りでもあるの……? 」
心無しか、私を静かに見つめる紫黄水晶の双眸は重さの無い光で、空虚に透けた。
「戻りたいとしても、戻れないでしょ? 私は現代で死んじゃったんだから。それとも、ネリアルは戻れる方法を知って…… 」
「知らない。現代にアイは返せない、俺は何でも『創造』出来る訳じゃないから」
――切り捨てるように返された思わぬ冷たさに、胸を突かれながらも息を吐く。
考えたって生き返れる訳じゃないし、生き返っても……私の知る『愛』じゃないなら意味が無い。私が心繋がれているのは、『愛』として現代に残してきた物だから。
「ネリアルは天変地異でも起こせそうなくらい、何でも『創造』出来るんだと思ってた」
「まさか。神じゃあるまいし」
シャンデリア輝く私の居場所を創造してくれたネリアルでも、日本に戻る帰り道は創れない。
腕を組んだネリアルからは拒絶が滲み、すっと空に消える薄い飛行機雲のように寂寞が私をなぞる。
異世界に現代へ帰れる飛行機が有ればいいのに、なんてふと思う。現代の国旗が翻る異世界空港なんて、新しい物語が生まれそうだ。
「でも、十分凄いよ。シャンデリアや金色の円形の天井装飾も陽光みたいにキラキラして綺麗。私の居場所を創ってくれてありがとう」
私はネリアルに、意識して笑みを綻ばす。
寂寞を覚えたのは、郷愁のせいだけじゃない。突き放さないで、また『妹』に優しくして欲しいと期待しているから。私もまたブラコンなのかもしれない、と自嘲した。
ネリアルは、私が願った通りに張り詰めた顏を解く。紫黄水晶の双眸を優しく細めるシスコンの兄は、私の欲しかった微笑を与えてくれた。
「満足してくれたのなら、何より。シャンデリアや円形の天井装飾をブティックに選んだのは、太陽みたいに輝くから。アイの瞳の欖石が太陽の石だからだよ」
――私の心へイメージの旗は翻る!
日の丸国旗の、あの強烈な紅白は心髄に刻まれて、誇り高さと共に日本人の心を惹き付けてやまない。私は、『救世者』として『太陽』みたいに異世界人の心を惹き付ける色彩が欲しいんだ!
―◆ 心象◇◆具現化◇―
――明るい黄が一滴、異世界に降り立った私の色を〖太陽の救世者〗へ変える。波紋を広げるブルーマロウティーのように。
フリルが重なる明るい黄のチュチュワンピースで、クルリと希望に踊れ! 紅白のストライプの羽織を、弾圧への反旗に翻せ! 道化のように色に狂おうとも、太陽のように強烈な色彩で惹き付けてみせる。
甦った私は漆黒の夜を穿つ為、金色を帯びた鮮やかな黄緑色の欖石の眼を開いた。ダイヤ型の瞳孔に、強い意志を宿して。
鈍い紫の髪を高く結い上げた私が、ハートの髪筋を揺らしてステップを踏むのは、死んだ愛を弔う為。もう二度と戻れないから。
「私の居場所の名は、『Boutique Sun』にする。もう二度と死にたくない」
「なら色を守る救世者になればいい。漆黒に脅かされている色は、アイ自身でもある」
夜の正礼装である燕尾服を纏ったネリアルは『Boutique Sun』の扉を開く。私を先導する為に、手を差し伸べる。私は、糸を引かれるように重ねる指先を導かれた。
――色彩を弾圧する漆黒の夜が、〖太陽の救世者〗を待っている。