◇2◆ どう生かすか、それが問題。
「どうやったら、生ける色彩である異世界人を救えるかな? 」
「何も考えて無かったの!?」
ブフッと、ネリアルは憂いのある美男子なのに炭酸飲料を吹きこぼす。私が頭弱いのなんて、今に始まった事じゃないでしょ。
「今こそ私を手伝って! 色彩を自由にする為のヒントを頂戴、お兄ちゃん♡」
私がウィンクして分かりやすくぶりっ子で擦り寄ると、ネリアルは白皙の肌をサッと朱に染めて固まる。……シスコンには効果あり過ぎたのかも。
「……具体的に、アイはどうしたいの? 何で今の世界じゃ不満なの」
「不満かぁ。やっぱり、カラフルなはずの異世界人に漆黒が混ざる事……かな。皆が皆とは言わないけど、なんか合わないんだよね」
私は外の世界を追憶する。老若男女関わらず、『漆黒』を纏うのは異質だった。まるで洗脳されているようで、怖い。死を待つ生前葬みたい。淡い色合いの少女なら、もっと明るい色のワンピースの方が優しくて生き生きと輝くはずだ。
「それだよ! 先ずは目に見える色彩で反乱を起こしたらどう? アイが異世界人に合うと思う、第二の色彩を提示してあげればいいんじゃない? 」
「成程! つまりコーディネートって訳ね。色彩を自由に選ぶって事の素晴らしさが広まれば……この世界はもっとカラフルになる! ネリアル天才! 」
「……そこはお兄ちゃんだろ」
折角褒めてあげたのに、ネリアルは不満そうに眉を寄せる。もう、我儘なんだから。
「だけど、今まで色彩を弾圧されてきた異世界人がカラフルな服を着てくれるかな? 漆黒の人波の中で、一人だけがカラフルならば目立つ。……他の為政者に見つかれば反乱分子だとされて、きっと喰われてしまう。逆に色を危険に晒してしまうんじゃないかな」
「外の世界で、同時に新しい服を纏えばいい。コーディネートを重ね、反乱の旗を同時に上げるんだ。反乱を起こす時まで新しい服を纏った異世界人を匿おう。俺達が背後で支えればいい」
ふっ、とネリアルは自信に満ち溢れた笑みで、紫黄水晶の双眸を細める。為政者の一人として、培ってきた誇りが垣間見えた。
ネリアルは為政者なのに、何故反乱分子である私に賛同してくれたのだろう。シスコンにしたって、限度があると思うんだ。それに、あっさりと『転生』や『前世』を信じてくれたのも不思議だ。まるで『現代』の価値観を知っているかのよう……。
「……ネリアルって、どうしてそんなに私に優しいの? 」
不意を突かれたように、ネリアルは表情を削げ落とす。さらりとした紺滅の髪が、冷たい光を帯びる。
「は……? 妹だからに決まってるだろ」
「だけど私は完全に異世界人じゃない。中身は日本人なんだよ。貴方の妹だって、本当に言えるのかな? もし私が転生してなかったら……」
「仮定の話なんていらない……アイは俺の妹だ!! 」
私を切り裂くような叫びに硬直する。いつも穏やかで理性的に喋るネリアルの声だと、一瞬信じられなかった。
私がネリアルの『妹』ではなくなってしまえば、再び死ぬのは私だと気がつく。為政者であるネリアルがその気になれば、反乱分子である私の色を喰らうことなど安易だから。
白皙の頬を怒りで好調させたネリアルは、紫黄水晶の双眸が潤んでいる気がした。兄を傷つけてしまった事実に、罪悪感が私を締め付ける。私を信じて手助けをしてくれるネリアルを、何故疑ってしまったのだろう。
「……ごめん。怒んないで、ネリアルが怒ると色彩がくすんで見えるから」
「こんな時まで、色彩の事かよ。アイらしいって言うか……怒ってなんか無いよ」
無理に微笑して、ネリアルは妹を許す。頭を撫でる掌の優しさは、私の胸を突いた。ごめん、もう疑ったりしないから。
「コーディネートって、どうやってやるんだろう。色彩は大好きだけど、実際の人に服として色を合わせるには……肌色? 」
「あとは雰囲気を見ること、じゃない? 客観的な第一印象と、本人の自己イメージを照合するんだ。会話しながら、魅力をイメージする……想像力も必要かもしれない」
「中々、大変そうかも。私に出来るかな……? 」
「先ずは、アイ自身をコーディネートしてみたら? 自身を試金石とするんだ」
確かに、練習は必要かもしれない。それに、私自身に魅力が無くてはコーディネートされる異世界人も信頼してくれない。コーディネートの実力は、対面時に知れてしまう。私自身が、衣装を飾るトルソーとして輝かなくては。
「私自身の魅力……ね。自分自身をどう思っているかなんて、考えたこと無かった」
私は、唸りながら腕を組んでグルグルと歩む。平衡感覚をズラせば、私の魅力を生み出すアイデアが浮かぶだろうか。
「アイは頭弱いけど、明るくて能天気で可愛い。色彩を真っ直ぐに追いかける所にも輝きがある。色彩は……そうだな」
私の魅力を知り尽くすシスコンの兄は、炭酸飲料が残る透明な硝子のグラスで私を透かして見る。冷静な紫黄水晶の右目には、私がどう見えているのだろう。泡が弾ける手の内のグラスに閉じ込められているのかもしれない。
「髪色の鈍い紫は、『銭葵』の事。レモンの果汁で、色が変化するブルーマロウのハーブティーで有名なウスベニアオイの変種で……花言葉は『恩恵』。アイが救いを与えたい、と言う気持ちを表現すればいいんじゃない? 気持ちが見た目で伝われば、本能的に信じてくれるはず」
私はネリアルの言葉に、弾かれたようにイメージが宿る。私は生ける色彩である異世界人を救う、『救世者』になりたいのだ。
「ありがとう、お兄ちゃん!! 大好き!! 」
「んなっ!? 」
弾ける感動で、私は思わず満面の笑みでネリアルに抱きついた! ネリアルの表情は見えないが、動揺してるのはバクバクと重なる鼓動でバレバレだ。冷静な兄はどこへやら。
「……あとは私が私をどう思ってるか、だね。瞳の色から、引き出してみようかな」
「いいんじゃない? コーディネートに必要な、衣装やアクセサリーは創造してあげる」
ぎゅっと私を抱きしめ返すネリアルの囁きで、足元がぐらりと沈む。
「え、何……」
足元が空に浮かぶ恐怖に、思わずネリアルを更に強く抱き締めると……クスクスと意地悪い吐息が耳元を掠める。私に抱き締めさせたでしょ!?
「確信犯!! 」
「何とでも言えばいいよ。俺は『妹』を手放さないから」
紫黄水晶の石言葉の一つは『創造性』。ネリアルにより、創造される新たな未知へと……平衡感覚が歪ませるままに私達は堕ちていった。