◆13◇ 三つの円輪を、流転させよ。
題名:【創造記録】
君達が立つ色彩世界『セリーニ』は、三つの円輪大陸が重なり構成されている。色と共に為政者達が支配する大陸だ。
『モルフォ』:cyanの大陸
『キトゥロ』:yellowの大陸
『アナトリ』:magentaの大陸
消失していく色を守る情報統制の為に、今後は大陸図を量産させない予定である。色とは即ち、情報粒子でもあるのだから。これ以上の拡散は、行動制限を行うと同時に避けねばならない。
故に地図を持たない場合、自分が今どの大陸に居るか見極める方法がある。土に触れ、色を見ればいい。
蛋白石の粒で成す青い土は、
『モルフォ』。
黄水晶の粒で成す黄い土は、
『キトゥロ』。
藍玉の粒で成す赤い土は、
『アナトリ』。
創造物の大陸と言えど鮮やか過ぎだ、と後継の君達に批難されてしまうだろうか。だが、既に故人であるはずの私には意味が無い。この著者は【漆黒】を司る初代創造者である私。
――『リリックノア』なのだから。
さて。私がこの【創造記録】を遺した理由はただ一つ。輪廻に選ばれ、この世界を継ぐ三人の君達に対し、理を告げる為だ。
三つの円輪大陸を支配していた、色を喰らう三人の為政者達に反旗を翻した結果、君達は打ち勝ったはずだ。【禁書庫】を支配し、この【創造記録】を手に取っているのだから。
反乱者たる君達の根源である無彩色は、
【漆黒】だろうか?
〖純白〗だろうか?
君達が【漆黒】ならば、
〖純白〗の為政者を。
君達が〖純白〗ならば、
【漆黒】の為政者を。
色を守る為に滅ぼしたはずだ。
反乱者達たる君達の敵は消えた。
だが次は、君達が新たな為政者となるのだ。
この世界を構成する『色』は時を経る事に絶対量が失われていき、為政者が色の支配をしなければ、色の消失による世界の崩壊は更に加速するのだから。
新たな為政者たる君達が世界の色を支配する為に、背負わねばならぬ役割も三つ。
暴食により色を回収し、
死を齎す【破壊者】。
回収した色を混沌と化し、
生を齎す【創造者】。
死と生の天秤を保ち、
輪廻を監視する【均衡者】。
為政者は、色を喰らい、色を創造し、この世界の輪廻を回せ。
そして、新たな反乱者が生まれる時。それは、次なる無彩色を根源とする時代の到来である。
新たな反乱者の候補者達は、君達の支配を打ち破る者だ。支配に耐性を持つも、反乱者に開花しなかった色は地域長や教育者とし、君達為政者の手足とすればいい。
新たな反乱者は、かつて反乱者だった君達のように、為政者から奪われる純粋な色を守り、保たなくてはならない。
だが混沌たる為政者よ、純粋たる反乱者の敵であれ。混沌の色と純粋な色が抗い続けることもまた、この世界を保ち続ける為の理なのだから。
この色彩世界を保ちたければ、三つの円輪を流転させよ。それが、色が消失していく異世界を保つ理である。
*_ + ◆◇◆◇+_*
廻り続ける輪廻の中に組み込まれている事実に、空虚な耳鳴りがした。私が選んだ『色を圧政から解放する』という道すら、輪廻に嘲笑われている。
私は輪廻に選ばれ、〖純白〗を与えられたのだろう。仲間になってくれたリィナも。私達二人は〖純白の反乱者〗なのだ。現れるはずのもう一人の反乱者も。
そしてネリアルは【漆黒の為政者】であり、かつて私と同じく反乱者だった。あと二人の為政者も。
「為政者は、私と同じく色を救おうとしていたんだね。そして、この世界を保つ理に呑み込まれた。……ネリアルも」
私の背を抱くネリアルの色をこの手で奪い、〖純白の為政者〗となる運命に私は乗せられている……。
「そうだ。【漆黒の為政者】となった俺達三人は、最初こそリリックノアの創り出した理に抗おうとした。……だが、無駄だった。この世界を創造したリリックノアと同じく【漆黒の創造者】である俺でも、この世界と理を改変する事は出来なかった。【漆黒】と〖純白〗の世代交代を繰り返しても、世界から色の絶対量が失われていくに連れて……後継である俺達の能力も弱体化したんだろう」
私が、敵であると思い込まされていた為政者は……この世界を守っていた。時に死を齎し、穢れを厭わないのも……新たな色へ繋ぐ為。
クヤカラがリィナの両親の記憶を奪ったのは、本当に平穏な日々を守りたいだけだったんだ。
私は誰を恨んだらいいのか分からないまま、縋るように【創造記録】を抱き締めた。
「何故……私に真実を告げたの? 私をずっと騙すことだって出来たはずでしょ」
「確かに、俺にとってもその方が都合が良いはずだった。〖純白の反乱者〗であるアイを支配出来たのだから。だが俺は結局、アイの敵にはなりきれなかった。アイが思っているより、俺は……脆いんだよ」
消えてしまいそうに震える声音に、私はネリアルを振り返った。宵闇の睫毛を静かに伏せた紫黄水晶の双眸が宿す空虚な光に、私は心臓を締め付けられる。
「それに、もう【漆黒の為政者】である俺達は限界なんだ。不死とは言えずとも長い時の間、生まれ死にゆく色の輪廻を支配してきた。支配出来なくなり崩壊するかもしれない世界に怯え、俺達自身の輪廻から〖純白の反乱者〗により解放される事を願いながらね。だが……そう簡単に願いは叶わなかった。〖純白の反乱者〗は長い間現れなかったから」
内なる痛みを堪えるように、美しい顏を歪ませたネリアルは、私の両頬に触れた。潤んだ紫黄水晶の双眸に、私は『強くない兄』を知る。
「俺は『クヤカラ』の事について、アイに嘘をついていた。俺は仲間である【漆黒の為政者】を早く輪廻から解放してあげたいと願いながらも……死んで欲しくないとも思っていたから。ようやく見つけた〖純白の反乱者〗であり、俺の妹であるアイにも。だが輪廻に従わなくては世界ごと滅ぶ。……俺はアイにも、仲間達にも……安寧を守りたいが為に、矛盾だらけの隠匿をしてきたんだ」
「だから私の思考と記憶を操作したの……」
「……無知とは安寧を守る手段でもあるから。アイを異世界に転生させたのは、俺だ。カラフルな色でこの世界に希望を振りまく、俺だけの妹でいて欲しかった。……違うな。『妹』にすることで、俺はアイを手に入れたかっただけだ。いつか裏切る『恋人』よりも近しい存在として」
私を捉える紫黄水晶の双眸が一瞬、獣のように金に煌めいた気がした。宵闇の睫毛は、危険な輝きを隠匿するように僅かに伏せられる。
白皙の頬は僅かに朱を宿していた。憂いのある美しい顏との距離が異常に近いことに、今更気づく。
薄い唇から垣間見えた燕脂色の舌に、私は本能的に肌が逆立つ。だが逃げられない。頬に触れたネリアルの掌は、縋るように震えていたから。
告げるべき言葉も分からないまま、何かを告げようとした私の柔い唇ごと、重なった吐息は灼熱の侵入者に喰われた。呼応するように痺れていく甘さが、怖い。私は何をされているの?
存在を確かめるようになぞる灼熱から、ようやく解放された時。これは『恋人』にする行為だと、頭の何処かでようやく理解した私が遠くで喋る。
「ネリアルは……私を殺した正なの……? 」
結びついた答えに安寧を引き裂かれた私は、帰るべき故郷と親愛なる兄を奪われた。視界が勝手に涙で歪んでしまう。
「……俺は正じゃない。脆い俺が、今明かせるのはそれだけ」
全てを明かさないくせに。ネリアルはそれでも、私をもう一度抱きしめて離さない。重なる鼓動と体温に冷静じゃいられないのに、まだ『兄』でいるつもりなんだろうか。
「〖太陽の救世者〗を語るなら、俺を救ってくれないか。三つの円輪が流転し続ける、この世界ごと」
私から全てを奪っておいて、ずるい兄は縋るように救済を求める。廻り続ける輪廻に惑う私は……答えを見い出せないまま、痛いほどに強く私を抱く腕に触れた。