◆1◇ あんた、名前の意味間違ってるよ。
☆キャラクター挿絵★
――――*―*―*―*―*―*―――――
――*―*―*―『アイ』―*―*―*――
私のSNSからニュースに引っ張られる顔写真……不細工じゃないと良いな。
緊急停止の悲鳴をあげ迫り来る電車の車輪と、凶暴な前照灯を前に、初めに心配するのがそんな事なんて私はだいぶ能天気なんだと思う。現実逃避の一環なんだ。踏切の警報音で鼓動が痛いほどに打ち鳴らされる私は、これから本当に轢断される。
そこそこの性格と容姿である私からみて、初めて出来た彼氏は世話焼きなイケメンに見えた。図書館帰りの今日だって……緊張の手汗を念で抑えながら、手を繋ぐ位には打ち解けていたはずだった。
「正……? 」
あんた、名前の意味間違ってるよ。彼女を踏切に突き飛ばすなんて。今からでも遅くないから、私を命張って助けたらどう? 経歴真っ黒な犯罪者になるんだよ。
「次は、俺を選んでよ」
絡んだ正の双眸は、すっかり日が落ちた宵でも異常な位に真っ黒で濁って見えた。愛が誰かと浮気してるとでも勘違いしたわけ? 完全に冤罪だけど、事実だったとしてもやり過ぎ。次なんてある訳ないじゃん。私、死んだら肉片になるだけなんだけど。流行りの異世界転生でも信仰してるの?
声すら出せない私は思ったよりも情けないやつだったらしい。既に交差しきった遮断機の内……黒と黄の警告色から逃げればいいのに、しゃがんだ身体がレールに張り付いたように動かない。一車両には車輪が八個ある。轢断死は、何度も何度も人体を切断するんだと……前に怖いもの見たさで検索した事を後悔してる。
【死にたくなかった】
図書館で借りた『和色図鑑』を縋るように抱き締める。瞑色の空を仰いだ私は八個の車輪と、凶暴な前照灯に滅茶苦茶に喰われた。
*_ + ◆◇◆◇+_*
「……とまぁ、私は青春時代を裏切られた訳だけど。前世の死に様は置いといていいよ」
――今の私はニマニマを抑えられないくらいに……滅茶苦茶ハッピーだから!!
「いくら何でもアイは、引き摺らなすぎじゃない? トラウマレベルでしょ、普通は」
呆れたようにポテチを喰らう兄、ネリアルに改めて語った前世よりも、私は目の前の色彩に夢中だ。異世界にも、ポテチはあったようだが興味は無い。
「今生きてるんだから良くない? 過去は振り返らない主義なの、私」
「過去を振り返れば、成長出来るはずでは? 」
「うーん……私、頭弱いから分からない!! 」
それよりも、ウキウキと新しく与えられた色彩図鑑を舐めるように眺めるのに夢中だ。私は宝くじ一等レベルで、生まれ変わる世界を当てたらしい。次の生は奇跡的に存在した。
と、言うのもこの世界は、三度の飯を食わずに色彩図鑑を眺める程大好きなカラフルで溢れているからだ。
前世だって、洋服や街の看板、写真や絵画、宝石や植物からなる自然には沢山の色が溢れていた。目の保養、ご馳走様でした!
だがこの世界は一味違う。なんと、人を始めとする生き物達にも鮮やかなカラフルがあるのだ! じゅるる。
異世界人は宝石や花の色彩を、双眸と髪筋に纏う。私の姿もまた同じ。
ふわふわした鈍い紫の髪を高く結い、『葵』の花弁みたいにハートの髪筋。愛の双眸は、金色を帯びた鮮やかな黄緑色の欖石。夜を穿つ輝きで、私自身を『安心』させてくれる。
――カラフルな異世界人達は一体何者なんだろう。学名とかあるのかな?
以前、『異世界人は何人って言うの? 』って聞いたら、ネリアルに理解し難いって顔で『 国籍の事? 』って返された。
確かに私も聞かれたら困るかも。『現代人は何人ですか?』って聞かれたら、『モンゴロイドの、日本人です』って言うしかない。祖先を問えばいい?
前世の人間は猿から進化したというのが定説だが……異世界人の祖先は残念ながら、今の私には分からない。私の餌である『色彩図鑑』と同じく、禁書扱いの知識らしいから。一部とは言えそんな禁書をホイホイ与えてくれる、シスコン兄貴は一体何者か。贅を握る選民なのか。まあ、大体合ってる。
カラフルそのもののはずの異世界人が纏う衣の色は、たった一色だけ。
【無彩色、漆黒。】
下層民は色彩を弾圧されていた。まるで、江戸時代の『奢侈禁止令』で藍色・茶色・鼠色しか纏えなかった日本人のように。
身分差を色彩で示し、民の贅を禁じる。確かにそう言う面もあるかも知れない。だが真の理由には、より明度の低い帳が降りる。
【 生ける色彩である異世界人は、パレットに乱雑に貯められた絵の具。何時か絵画と言う食器に入れられる、餌だった。
あんぐりと開けられた、色を追求する為政者の口内に放り込まれる為だけに生を許されている。
自分達が絵の具である事も知らずに、パレットの上で何時か破壊される安寧の時を生きているのだ。 】
「私はネリアルの妹で、本当に幸運だった。折角生まれ変わったのに、色を奪われるなんてまっぴら 」
深い青緑、明るい黄、強い赤紫。色彩図鑑から私は暗く顔を上げた。 この世界では、色彩が生きている。
「なら、兄孝行してくれるんでしょ? 」
緩やかに私の頬に触れたネリアルは、憂いのある美貌で仄かに微笑した。紺滅から白菫色に化す髪はさらりと肩を流れる。宵闇の睫毛瞬く双眸は、紫黄水晶。紫水晶と金の黄水晶が透かす、バイカラーだ。
紫黄水晶の『光と影』と言う石言葉が示す通り、ネリアルは為政者の一人だが色を喰らったりしない。色を圧政するこの世界へ、歯向かおうとする私に賛同してくれたのだから。
「愛する妹を手伝ってくれるならね」
挑戦するように笑み崩れた私は、カラフルな色彩を圧政から解放する道を踏み出す。
【 自由な色彩は、愛に蜜のように狂える快楽を与えてくれる。 】