第6話 ~ 授業 ~
「お~い、いつまで寝てんだ?さっさと起きろ~。」
「ん、あぁごめん兄さん。天気があまりにも良くてちょっと寝ちゃってた。」
「ったくなにしてんだよ~。ほら、はやく行くぞ。」
「うん!」
「兄さん…。」
「ん…。」
なんだか長い夢を見ていたような、違う自分がいるような。そのような感覚に包まれナーハは目覚める。
「ふわぁ、良く寝た~。」
ベッドの質はとても良く、高級宿にあるようなとてもふかふかのベッドであった。
目が覚め朝支度も兼ねてとりあえず部屋を出る。部屋を出るとなにやら香ばしい匂いがした。
「起きたか。そろそろ起きると思っていたぞ。顔を洗ってこい、朝食がもうすぐできる。」
部屋を出るとリーロンが朝食を作っていた。あの広場で人を殺したリーロンがキッチンで朝食を作っている。
「あの…。」
「どうした?洗面所ならそこの部屋だ。」
「あいや、そうじゃなくて…どうしてお料理してるんですか?」
「…は?」
手際よく動いていたリーロンが固まる。
「あ、いや、だから、その…。あの恐ろしいリーロンさんがなんで僕のために朝食を作ってるのかなって…。」
「…………?メイドが家事をするのは当たり前だろう。寝ぼけているのか?さっさと顔を洗ってこい。」
ナーハは考えるのをやめた。
洗面所にて顔を洗い歯磨き等の支度を済ませる。
「座れ。味が悪かったら遠慮なく言え。」
「いただきます。」
朝食はベーコンと卵焼きが乗ったトーストだった。
「美味しい!!!!」
「フフ、それはなによりだ。」
シンプルな見た目そのトーストは一見してみるとなんの捻りもないただのトーストだが食べてみると口に広がるほのかな塩味、しつこすぎないベーコンの脂がちょうど良い旨味を醸し出す。極めつけはこの味付け。ただの塩コショウだけかと思ったが良く味わうと味の奥深くに鎮座するハーブや薬味などを含む様々な調味料の風味ッ!!ただそこにいるだけでトースト全体のレベルを格段に引き上げる。適材適所、いや適食材適トーストと言うべきかッ!
「何を神妙な顔をしている。さっさと食え。」
「おいしいれふ!」
「そうか。それはよかった。」
「リーロンさんは食べないんですか?」
「……私はもう済ませた。気にするな。」
食事の隙につけこんで仮面の下の素顔を見てみたかった、という下心が察せられたか。
「食べ終えたら寝室のとなりの部屋にこい。私は先に行っている。食器はシンクに入れとけ。」
「は~い。」
とっても美味しいトーストを食べ上機嫌なナーハ。最初は不安だったけどこの世界も悪くないと考えてきていた。
「ごちそうさまでした。」
食事を終えたナーハは言われた通り食器を片付け指定された部屋に向かう。倉庫だと思っていたがどうやら違うらしい。
「失礼しま~す。」
ノックをして中に入る。
なかに入ると壁のない無機質な空間が広がっていた。白い床に灰色の空が遠く彼方まで続いていた。
「えっ!なにここ!?」
最初に家に入ったとき、外見からは想像できない広さだったため多少見かけに合わない空間が広がっていても驚かなかっただろう。だが、明らかに小さな部屋に無限のように広がる空間があれば誰であれ驚きを隠せないだろう。
「来たか。まぁとりあえずそこらへんに座れ。」
「あ、あのリーロンさん。あの家もそうですけどこれって一体どうなってるんですか?」
慌てたような焦っているような素振りでナーハは問いかける。眼前に広がる現実が理解できないのである。
「まぁ落ちつけ。驚くのも無理はない。これは時空の管理者の権能によるものだ。」
「時空…?」
ナーハはひとまずその場に座り込みあぐらをかいた。
「時空の管理者。時空の称号を冠せし12の守護神が1柱であらせられる。かのお方の権能は時空間の操作。空間を圧縮することも時間の流れを変えるのも自由自在である。」
「時空間…。って、権能とか言っちゃっていいんですか?」
「今さら隠せもしないだろう。かのお方も自身の権能を公言することをお許しなさっている。なにせこの世界の大部分に貢献していらっしゃるからな。」
「じゃああの家もこの空間もその神様のお陰ってことですね。」
「そうだ。この空間はとても広大に見えるがその実、そこまで広くはない。目には見えないがちゃんと限りがある。そうだな。大体最初の広場の半分の大きさと言ったところか。」
「それでも広い!!」
半分とは言え何万人もの人々が集まれるほどの広さがあったあの広場を思い浮かべればどんなに広いかが分かる。
「それで…ここで何をするんですか?」
「落ち着いたか。では最初の授業を始めよう。」
「授業?」
「そうだ。殲滅領域に来たからには貴様には魂と心の修行をしてもらう。」
「え?修行ってなにするんですか?」
「具体的にはこれだ。」
瞬間、ナーハのこめかみの真横を刃物が通りすぎる。
カランカラン…。
「……えっ……?」
「今から私がナイフを投げる。100本投げるから全部よけろ。当たったら痛いぞ。」
「いやいやいやいや無理です!!!僕今までそんなことしたことないしできっこないですよ!!!帰ります!!」
入ってきた扉のドアノブに手を掛ける。しかしドアノブはびくともせず扉は開かなかった。
「え!!!なんで!!なんであかないの!!」
瞬間ナーハのこめかみの真横をナイフが通りすぎる。飛んできたナイフは扉に突き刺さりナーハはそのナイフ見つめる。
「(こ、殺される……!!!)」
「言っておくがこれはまだ序の口だ。今後の授業に比べたらずいぶん甘いぞ。」
「い、いやだーーーー!!!!」
気が動転しややパニック状態に陥ったナーハは無造作に白い空間を駆け回る。その間にもヒュッヒュッとナイフはナーハをめがけて飛んでくる。
「しっかり避けろよ。100本避けるまでやめないからな。」
止めどなくナイフを投げてくるリーロンは全く容赦の本気の様子だった。
「(リーロンさん本気じゃん!!!やばい!!本当に殺される!!!)」
走行しているうちにナーハは10本のナイフを避けていた。
「意外と避けるではないか。ではこれならどうだ。」
1本ずつ投げられていたナイフの投擲間隔が短くなりさらにナーハを苦しめる。
「うわ!!刺さるって!!!(このまま走り回っても仕方がない、まずはできるだけ距離を取らなきゃ…!)」
リーロンと距離を取ることでナイフの命中率を下げようと試みる。
「(真っ直ぐ走ったら格好の的だ。なるべく当てにくい走り方をしないと!)」
ナーハは田舎暮らしだったため自然動物と遭遇することもまれにあった。そのときの経験を活かし蛇行して走りはじめた。
「幼い割には考えるではないか。だが甘いぞ。」
30本ほどのナイフをよけたころ、その場で動かなかったリーロンがナーハを追い始める。
「うわ!!なんか来た!!!(足はっや!!!こんなんじゃすぐ追い付かれる、どうにかしないと…!!)」
ナーハの足ではリーロンのはやさに敵わない。こうして追われている間もナイフは飛んでくる。今までは距離があったためなかなか当たらなかったが距離を詰められついに1本のナイフがナーハの腕に突き刺さる。
「い゛ったい゛!!!!!」
ナーハは鋭い痛さに耐えかねてその場で立ち止まりそうになる。しかし後ろからせまるリーロンの気配に恐れ激痛をこらえながら走り続ける。
「ううぅうぅ、ん゛!!!!」
腕からナイフを抜き傷口をおさえながらナーハは走る。痛みと疲労でもはや体は限界だったが背後にせまる死の気配に脅かされ動かぬからだを無理に動かす。このころナーハはおよそ50本のナイフを避けていた。
「ほう、まだ子供なのになかなか頑張るではないか。」
「子供じゃ…ないもん…!」
痛みで顔を歪めながらも必死にナーハは抵抗する。だが手負いの状態で走ろうともリーロンとの距離はなかなか広まらずむしろナーハを追い詰めていた。
「(このままじゃ本当に殺される!!何か方法は…!!)」
限界状態のナーハはもはや逃げるだけでは助からないと判断した。そこでナーハはある策をとる。
「(これなら…!)」
「なんだ、急に振り向いて……なっ!」
逃げるのをやめ後ろを振り向くナーハ。眼前には走ってくるリーロンの姿。ナーハはリーロンを睨み付け精一杯の力で先ほど腕に刺さったナイフをリーロンに投げ返す。
「この程度…!」
リーロンは顔面に真っ直ぐ飛んできたナイフを軽くはじく。しかし、その一瞬の隙にナーハはリーロンの懐に入り込み床に落ちていたナイフを拾いリーロンの脚を切りつける。
「なにッ!!!」
「これでもう追えないね!!」
ナーハはすかさずリーロンの後方を走り出す。脚を負傷したリーロンは先ほどより走る速度が落ちていた。このころナーハはおよそ80本のナイフを避けていた。
「(これでもう追い付けないはず…!もうすぐで100本、あとちょっとだ!!がんばれ、僕!!!!)」
リーロンが怯んでいる間に距離をとったナーハ。先ほどより遅いリーロンから必死に逃げこの調子であればノルマを達成できると考える。
「(脚の腱を狙ったのに普通に走ってる!!傷が浅かったか!?でも確実にさっきより遅くなってる。これなら…!!)」
90本ほどよけたところでリーロンが立ち止まる。
「……見事だ、ノアの子よ。おまえこそ神々の器にふさわしい。」
「(動きが止まった?避けきったのか?いや油断するな、これはチャンスだ。今のうちにできるだけ距離をとって……っ!)」
半ば勝利を確信したナーハ。次の瞬間目の前にたたずむリーロン。そしてナーハを取り囲む10本のナイフ。ナーハはもう逃げ場がなかった。
「そんな…ここまでなんて…!!!」
敗北を確信したナーハは力尽き、その場でへたりこんでしまった。そして無情にも何本ものナイフがナーハの体に突き刺さる。
「ッ!!!」
ナーハは意識を失ってしまった。
「ん…あれ…僕は…?」
「起きたか。体調はどうだ。痛むところはないか。」
「あれ、僕…あっ!!!」
寝室のベッドで起きたナーハ。目の前に座っているリーロンにされたことを思いだし逃げ出そうとする。
「く、来るなっ!!!」
「まぁ待て、落ち着け。」
「いやあああ殺されるううう!!」
ナーハの手をつかみその場にとどめるリーロン。殺されると思い暴れるナーハ。5分ほど経過してナーハは少し落ち着いた。
「突然怖い目に遭わせてすまなかった。安心しろ、もう大丈夫だぞ。」
「そういってまたナイフを飛ばしてくるんじゃないんですか!?」
「参ったな…完全に嫌われてしまったか…。」
物悲しそうにうつむくリーロン。その姿に同情したのかすこしナーハは警戒心をとく。
「な、なんであんなことしたんですか…?」
「言っただろう。授業だ。おまえの魂と心を鍛えるために命の危機に直面させる必要があった。」
「授業って、死ぬところだったんですよ!」
「まぁ実際一度死んでいるからな。」
「え゛っ。」
衝撃の事実にナーハはまた考えるのをやめた。
「まぁ死んだと言っても完全に死んだわけではない。肉体の機能が停止し動けなくなっただけだ。」
「それを死んだって言うんですよ…。」
「いいや、死んでいないとも。魂と心があるかぎり肉体がどんなに損傷しようとも消滅しない限り死んでいない。」
「えっと…どういうことですか?」
「うむ。肉体は魂と心を納める器、魂と心の活動を肉体を介して行っているのだ。」
「えっと…つまり、体と命は別物…?」
「そうだな。肉体はあくまでも器、本体である生命が無事ならば肉体を修復すればもとに戻る。」
「ちょっと待ってください!それじゃあ死んだ人も体を元通りにすれば生き返るってことですよね?でも実際は切られた体をもう一度つなぎ合わせても生き返らないじゃないですか!」
「肉体を修復するだけでは不十分だ。十全に機能する肉体に適当な方法でもう一度生命を宿らせなければ生き返らないとも。」
「うん?じゃあ体が傷ついたら普通はどうなるんですか?」
「体が傷つくとその損傷度合いによって生命が肉体から離れる。そうして離れた魂や心が一定値をこえると所謂死ぬということになる。例えば腕に切り傷を負ったとき、これだけでも体から生命は漏れだしているのだ。だが、それが微量だから意識が肉体に残る。傷が深くあまりにも損傷が激しいと肉体に生命が留まれず離れてしまう。そうして離れたまま放置すると魂は命の泉に、心は記憶として叡知の書架に回帰する。」
「叡知の書架…?」
「叡知卿の管理するこの世の全てを記録する書架だ。まぁ貴様にはあまり関係のないものだ。」
「はぁ…。」
「そしてあの白い空間は生命がその場に留まりやすく設計されている。おまえが死んだあと、生命をその場にくくりつけて蘇生の措置をしたのだ。」
「そうだったんですね…ありがとうございます。」
「不思議なやつだな。殺されかけた相手に礼を言うなど。」
「だって授業だったんですよね?死んでも大丈夫なら最初から言ってくださいよ~。」
「それでは意味がないだろう。」
「それもそうですね。でもなんで僕を強くするんですか?」
「それは…強くならねば破神できないだろう?」
「破神…神様を倒すってやつですか?でもそれならなんで神様の使いである天使様のリーロンさんが僕にこんなことしてくれるんですか?神様にとって不利益じゃないですか?」
「…はぁ、そうだな。もう他の者どもも言っているからな。破神というのは陛下のお気遣いだ。」
「気遣い?」
「貴様ら人間は凡魂だ。ノープからこちらの世界に来る際どうしてもその負荷が強く生命の維持が不安定になる。そのまま放置すると心が崩壊し多くの者が命を落としかねなかった。そこで陛下は怒りや恨みなどの感情を利用し人間どもに明確な感情を意識させた。感情を意識するということは自我があるということ。自我が強ければ生命は安定しやがてこの世界に馴染むことができる。」
「じゃあ破神っていうのは…。」
「まぁ、人間の怒りを買うための演出だ。あぁ本当に打ち倒そうとしても良いぞ?そのための訓練ならいくらでも付き合ってやる。」
「いや、結構です。」
「なんだ、遠慮しなくていいぞ?実際他の人間の中には神を打ち倒してみたいと奮闘する者もいるぞ?」
「いえ…その…痛いのは…嫌なので…。」
「…そうか。」
「じゃあ結局のところなんで授業なんてしたんですか?」
「…まぁ今さら隠すこともないか。選別だ。」
「選別…?」
「貴様ら帝都の人間どもは最初、殲滅領域につれてこられる。しかし領域とはその領域を支配する守護神によってその特徴が顕著に現れる。そのためすべての人間が同じ領域に適するとは限らないのだ。」
「じゃあここに来た人はみんなあの授業を受けてるんですか?」
「そうだ。そうして診断された適正な領域にすべての人間は住むことになる。」
「へーそうなんですね。じゃあ僕はどこになるんですか?」
「貴様は特別だ。診断の結果にかかわらず殲滅領域で私が管理する。」
「え、じゃああの選別受けた意味ないじゃないですか!」
「意味がないわけではないが…。まぁそうだな。」
「ひどい!」
「非道くなどない。実際、貴様の成績は我々が期待した以上のものだったぞ。」
「え、そうなんですか?」
「そうだとも。一般的な凡魂であれば5本投げられたところで体にナイフが刺さり痛みに耐えきれず投降する。それに対し貴様は90本以上も避けたんだからな。」
「へぇ、そうなんですか。へぇ…。」
ナーハはその事実に少し誇らしそうに笑みをこぼす。
「ありがとうございます、いろいろ僕のためにやってくれて。」
「メイドが世話をするのが当然だろう。」
「ふふ、そうですね。あ、そうだ。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?可能な限り答えるぞ。」
「僕、兄がいるんですけどどこにいるか知りません?」
「兄?」
「はい、背が高くてムキムキのとんがり頭の。キークっていうんですけど。」
「……おまえに兄はいないぞ…?」
「え…………?」




