第5話 ~権能~
信じられなかった。
ありえないはずの光景がそこにはあった。
あの見た目からは想像もつかないほど広い空間が中には広がっていた。キッチン、居間、トイレや倉庫だと思われるいくつかの部屋。階段があり2階にも2つほど部屋がある。そして……。
「寝室は2階だ。」
笑顔の仮面にメイド服、黒髪ツインテールのメイドが居間の椅子に座っていた。
「驚いたか?」
そう、リーロンだ。
「その感じ、なぜこいつがここに?という感じだな。どうだ、驚いたか?」
その通りだ。だがあまりの驚きにもはや思考が停止していた。
「おい、聞いているのか?期待どおりの反応をしてくれたのは喜ばしいが無視するなら首をはね飛ばすぞ。」
「ひっ、あ、す、すみません!ちょっと…あまり状況がつかめてなくて。」
「フ、冗談だ。」
冗談で済まないんだよなぁ。
「えと…リーロンさん…ですよね?」
「見てわからないか。ついさっきまで共にいたというのに。それとも貴様の頭は鶏か?」
やはり本物だ。この悪態と話し方はまごうことなきリーロン本人だ。
「だ、だって!リーロンさんとはさっき別れたばっかで!」
「その程度のことで驚くでない、これくらいのことは当たり前にできる。」
「え、えぇ…。」
もはや理解が追い付かなく思考するのを放棄した。リーロンは足を組みなんだか満足げにこちらを見ている。
「あ、じゃぁその…なんでも答えてくれるっていうのは…?」
「まぁ、貴様の場合私のことだな。本来なら下級の召使が懇切丁寧に対応してくれるのだが貴様は私が担当しろと陛下が仰っていた。光栄に思え。」
「は、はい、ありがとうございます(?)」
「ふん。」
自分だけ特別対応ということに不安を感じる。もしかしたら何か問題があるのだろうか。
「貴様は特別な魂を持っている。ゆえに私が保護せよとの命令だ。たかが人間1人の子守りをするなど不服だが陛下のご命令であれば仕方がない。貴様の身の安全は私が保証しよう。安心しろ。」
「あ、ありがとうございます…。」
座っている椅子を揺らしてリーロンは面倒そうな態度をしている。
「あの…特別な魂って…?」
「うむ、丁度良い。ならばまずは魂質階級について説明しよう。」
魂質階級。一度だけ耳してずっと謎だった言葉。おそらく力の強さを表す指標だと思われるが…。
「まずナーハよ。貴様は魂と心、どちらが先と考える?」
「えと…そもそも魂と心は違うんですか?」
「はぁ…そこからか…。魂と心は全く違うものだ。」
リーロンが食卓に肘をついて不満げにため息をつく。
「魂とは命そのもの、生命を形成するもととなるものだ。それに対し心とは変化し成長するものだ。」
「なるほど…?」
「つまり魂が先に存在しそこに心が形成されてゆくのだ。魂が先で心が後だ。満足に答えることもできないとは先が思いやられる。貴様に本当にノアの子か?」
「ノア…?」
「あぁいや、まぁ特別な存在という意味だ。気にするな。」
「そ、そうですか…。」
魂と心。同一のものではないのか?考えてもわからない、それが魂質階級に関係あるというのか?
「まだ理解がいかないようだな。ではこうしよう。ケーキは好きか?」
「甘いものは大体好きです。」
「ふむ、ではこれでどうだ。ケーキにおいて魂とはスポンジ生地、心はクリームやデコレーションなどだ。」
「スポンジ…つまり基礎となるもの?」
「最初からそう言ってるだろう。命のもととなる根幹的なものが魂。そこに心というデコレーションがされていくのだ。スポンジに生クリームやイチゴ、チョコレートなどでアイデンティティを形成していくように魂も心によって多彩な代わり映えを見せる。その変化の要因が経験だ。」
「なるほど、わかりました!」
「分かったのか…。」
魂をもとに心が色々な味付けをする。だから様々な人が存在するのだ。そういうことだ。そしてその心を彩るのが経験。例えばなにかを成し遂げたときの成功体験、失敗したときの失敗体験、本や講談から得た知識など。様々な経験が人格、つまり心を形成するのだ。
「分かったならばよい。そしてこの魂と心とでは決定的な違いがある。なにか分かるか?」
「……成長限界…みたいな?」
「その通りだ。なんだ、意外と物分かりが良いではないか。魂の質はある程度限界がある。そしてこの限界はすべての魂が同じだ。これは命の泉から生まれる魂がすべて同様であるからだ。しかし、心は違う。心は経験によって変化する。経験とはほぼ無限に存在する可能性や知識だ。すなわち心とは無限の成長があるということだ。」
「無限の成長…。つまりその成長によって魂の質が上がり階級が上がって強くなるんですね!」
「少し違う。」
「えっ。」
「魂の質は上がらない。魂の上限は生まれながらにして決まっている。これを突破することは基本的にはできない。だが1つだけ方法がある。魂と心の融合だ。」
「融合…?」
「生命のもととなる魂とそれを彩る心。これを融合させることによって全く新しい独立した存在になる。これを神格化という。」
「神格化…つまり神様になるということですか!?」
「まぁそうだな。」
「てことはリーロンさんも神様なんですか!?」
「ふむ…私は神ではない。私は天使だ。」
「天使様なんですね!天使ってなんですか!」
「おまえ…まぁよい。魂質階級というのはこうして魂と心の融合まで段階で区切られていて全部で4段階ある。まずは凡魂。貴様らの人間を含む最も一般的な生命の形だ。動物や昆虫などもこれに含まれる。ノープにいるほとんど生命はこれに該当する。魂の内側に心がある構造をしている。」
「魂の内側に心があるんですか?」
「そうだ。生命は命の泉から魂を授かり、ノープにて心を形成させる。形成するための知識や経験を魂の内側に貯蓄するのだ。」
「なるほど…じゃあ僕が特別なのって心が外側にあるとかですか?」
「自惚れるな。貴様は典型的な凡魂だ。」
「あう。」
自分は特別ということに期待するも現実は無情なるものであった。
「貴様が特別なのは授かった魂が生まれながらにして強固なのだ。端的に言えば貴様の魂は一般的な人間の魂より強大ということだ。つまり、上限が高いということだ。」
「え、それってめっちゃいいじゃないですか!やった!僕強いんですね。」
「自惚れるなと言ったぞ。」
リーロンがナーハを睨み付ける。
本能的な恐怖に侵されナーハはおとなしくなる。
「話を戻そう。凡魂の次に共振魂がある。これは魂が成長限度に達し心がある一定の強度まで成長した時、魂と心が互いに干渉しあう状態の魂を指す。この干渉具合によって共振魂の強さが決まる。」
「凡魂とは何が違うんですか…?」
「決定的に違うのは魂の質だ。魂の強度と言っても良い。共振魂は魂の質が成長限界に達していることが条件だ。心の強度は関係ない。」
「魂の強度が最大になっているのが共振魂なんですね!」
「そうだ。その状態で心が成長すると共振を始める。より激しく共振している生命が強い。」
「その次はどうなるんですか?」
「次は武装魂だ。ここからは劇的に生命の強さが高まってゆく。天使はこの階級に該当する。心が成長して魂と最も共振する状態であることをすると心が魂の外側に出てきて心の内側に魂が存在する構造をとる。そうして魂を心によって覆っている状態を武装状態と表す。この状態の生命は特別な能力を得る。この能力は権能と呼ばれる。得られる権能は心によって決まる。どのような経験や知識を得たかによって発現する権能が変化するのだ。」
「その権能っていうのは例えば…?」
「ふむ、権能とはその者の切り札でもある。ゆえにむやみに他者の権能を言うのはあまり良くないな。」
「じゃあリーロンさんの権能を教えてください!」
「おまえ…聞いていたのか…。私の切り札をやすやす教えるわけないだろう。」
「そんな…。」
ナーハが悲しそうにうつむく。
「ぐっ…。分かった、仕方がない…。貴様の理解のためにも私が協力しよう…。」
「本当ですか!やったぁ!」
「フフフ(ノアの子の成長が最も重要だからな…これは仕方のないことだ。決してかわいさに負けたわけではない。そう、これは必要なことなのだ。)」
「(喉乾いたな…。)」
「おまえ、喉が乾いただろう。少し待て、茶を淹れてくる。あぁいや、水の方が良いか。」
「え、どうして分かったんですか!?」
「それが私の権能だ。他者の感情の波長を感じとることができる。その者の心の状態がある程度理解できるのが私の権能だ。」
リーロンが冷蔵庫から冷水を取り出してコップに注ぐ。
「じゃあ今まで心が読めたような動きをしていたのは…。」
「私の権能によるものだな。」
「なんだか…。」
「気持ち悪いか?」
「いえ、そういうわけでは!」
「私に嘘は通用しないぞ。」
「うぅ…まぁ気持ち悪いって言うか…プライバシーがっていうか…。」
「案ずるな。具体的に何を考えているかまでは分からぬ。それに常に感じ取っているわけではない。大まかな感情の流れを感じとることができるだけだ。」
「そ、そうですか。」
「……続きを話そう。次が最後の階級、神魂だ。心によって武装した魂がその心を受け入れ魂と心がひとつになる。そうして神格化された魂を神魂と呼ぶ。もちろん神はこの階級に相当する。守護神や近衛騎士などが該当する。」
「近衛騎士ってあの神様と一緒に降りてきた人たちですか?」
「そうだ。あの4名は殲滅軍のうち唯一神の領域に達した者たちだ。」
「でも神様ってあの殲滅…なんとかの人ですよね?じゃあ騎士様と神様は対等なんですか?」
「対等ではない。我らが主たる殲滅女王メイ陛下は守護神であらせられる。守護神の魂質強度は桁違いだ。たとえ近衛騎士を含む他の領域の神魂の者たちでも守護神には遠く及ばないだろう。」
「領域…国ってことですか?」
「まぁそうとも言えるな。」
「全部でいくつあるんですか?」
「12だ。守護神は全部で12柱いる。それぞれの守護神が自身の領域を持っている。ここは殲滅領域である。もちろん主は我らがメイ陛下だ。」
「ふーん。じゃあ凡魂、共振魂、武装魂、神魂の4つがあるんですね!」
「そういうことだ。分かったか。」
「はい!」
「その様子だと本当に大丈夫そうだな。休むか?突然色々あって疲れただろう。寝室で休め。」
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて休みますね。」
権能によって気づかれていたか、それとも目に見えて疲弊していたか。ナーハの精神は確かに疲れきっていた。
「あぁ、ゆっくり休むが良い。」
「リーロンさんは…?」
「私はまだ任務が残っている。気にせず休め。」
あの恐ろしいメイドが優しく接している。ナーハが特別なのかリーロンの性根なのか。激動の生活が待っていることはまだこの時は知るよしもなかった。
「陛下、リーロンです。」
「来たか。入れ。」
「失礼します。」
大きな扉がゆっくりと開く。部屋の内側、扉の前にリーロンは立つ。
「お呼びでしょうか。」
豪華な部屋には中央に机がひとつ。メイは机の後ろに立ち窓のそとを眺めていた。
「うむ。今日は1日ご苦労だった。人間どもの世話とノアの子の対応、実に良い働きだった。」
「身に余るお言葉です。この程度、時空の管理者の権能によればさして苦労しませんゆえ全く問題ありません。」
「そうか。だが余はお主の働きを褒賞する。これをやる。」
メイの手につけていた手袋がリーロンの前に投げられる。
「こ、これを頂いてもよろしいのですか!?」
「あぁ。それともいらなかったか?」
「いえ、滅相もない!大変嬉しゅうございます!この手袋、未来永劫に大切に保管いたします!」
「そうか。残念だな。それは叶わないぞ。」
「えっ。」
「お主の働きぶりは賞するに値する。だが、1つ失態を犯してしまったな。何か分かるか?」
「…いえ、大変恥ずかしながら私の弱小な思考力では分かりません。」
「そうか。お主、余が広場から去ったあとに『陛下もお喜びになるだろう』と言っていたな。」
「!!!!」
「余がその程度で喜ぶとでも思ったか?本来できるはずのことができなかった。そしてそれができるようになった。それだけだ。本来できて当たり前のことができたところで何も喜びはしない。できて当たり前なのだからな。」
「も、申し訳ございません!!!私の思考が浅はかなばかりに陛下を辱しめるような発言をしてしまいました!!いかなる罰でも受け入れましょう!!」
地面に這いつくばりこの上ない謝罪の意をリーロンが示す。
「理解がはやくて何よりだ。そうだな…余の前でその手袋を食え。」
「へ、陛下、それは…!!」
「なんだ。聞こえなかったか?同じことを二度も言わせるな、と言ったのはお主ではなかったか?」
「し、しかし…この罰は…。」
「不服か?」
「…いえ…嬉しいです…。」
「そうか。」
惨めに地面に這いつくばったリーロンはその場で手袋を口に詰めた。
凡魂は「エスペラ」、共振魂は「フィーダン」、武装魂は「ルシェット」、神魂は「アイナ」と読みます。




