残り5点はどちらも超絶厳しい体育実技
私の入った第一クラスは、女子が私を含めて四人、男子も四人の合わせて八人だった。実家が公爵位なのが私と、男子が一人。侯爵位が女子二人と男子三人。あと一人の女子は伯爵位で、一番爵位が低い。
人数が少なければ当然仲良くなるのも早い。学院でのクラスメイトは一生の友人になることも多く、母の代が良い例だ。
学院では身分平等が徹底されている。当然ある程度のマナーは守らなければならないが、身分を笠に着たりしていると先生に注意される。度を超すと停学、寮での謹慎になると校則に書かれていた。
「実際のところ、第二王子殿下とはどうなんですの?」
入学して半年、食堂で昼食をとりながら興味津々に尋ねてきたのはエルメントルート・フォン・ランセル侯爵令嬢。ランセル侯爵家長女だ。
「どう、というのは」
「幼馴染なのですわよね?何度か王城にてお見掛け致しましたの。とても仲が宜しいように見えましたので、婚約されるのかと思っておりましたの」
瞳がキラキラ輝いているところを見ると、単なる好奇心のようだ。私は苦笑して見せた。
「まあ、あり得ませんわ。確かに殿下とは幼馴染ですけれど、そういう仲ではありません。それに、姉が王太子妃ですので」
一緒に食べているクラスメイトの女子三人が一斉に納得したように頷く。これで察せない令嬢は第一クラスにはいらない。
「ルート様は殿下の妃に興味が?」
「そんな!私には務まりませんわ。王子妃や王弟妃なんて重圧に耐えきれるとは思いませんもの。リーゼ様は如何ですの?」
ルート様に名指しされたのはリーゼロッテ・フォン・ラファティ侯爵令嬢。ラファティ侯爵家次女だ。
「私、実は内定した婚約者がおりますの」
「そうでしたのね!」
リーゼ様の頬に朱が差す。恐らく恋人のようだ。しかし、深く突っ込むことはしない。学院では恋愛は禁止されているからだ。
恋愛は学業に支障をきたすというのが学院の言い分である。勿論気持ちはコントロールできないので想うことは自由だ。しかし交際したりアプローチを仕掛けたりといったことは禁止されている。
「それではツィア様は?」
「伯爵令嬢である私では身分が釣り合いません!」
とんでもない、と体の前で両手を振るのはルクレツィア・フォン・カートライト伯爵令嬢。カートライト伯爵家の長女だ。
「殿下は三年間第一クラスならば身分は問わないと仰っておいででしたわ」
「そうですの?ですが私はきらきらしいお方があまり好きではなくて」
『得意ではない』ではなく『好きではない』という言葉を使うところに彼女の気の強さが表れている。
実はこのツィア様、儚げな容姿の一方でなかなか気が強い女性である。その容姿に騙されること勿れ。
だがディーの妃候補として性格だけで三人のうち一人を挙げるなら、悩むことなくツィア様だ。何故なら、私に少し似ているところがあるからである。私がディーと気が合うならば、きっとツィア様も合う筈だ。
「ここだけの話、殿下はそれ程きらきらしい方ではないですわ。対外的には如何にも王子様らしくしておりますが、本来の殿下はそうではありません。きらきらは全て王太子殿下の方に行ってしまったくらいですわよ。何しろ私と気が合うくらいですもの」
自分で言ったものの、ああ成程とすんなり納得されるとそれはそれで不本意なものがある。確かに猫を被っていない私の性格はこの半年ですっかりバレてしまっているのだが、それとこれとは別。
「でしたらツィア様とも合いそうですわね。それに、ツィア様は身分的にはギリギリセーフではありませんか」
「ギリギリですけれど高位貴族であることには変わりませんもの。顔を顰める人も少ないと思いますわよ」
伯爵位はすれすれで高位貴族だ。高慢な公爵家や侯爵家からは見下されることもあるが、普通は高位貴族として扱われる。
「ツィア様は結婚を考えているお相手はおりますの?」
「いえ。幼馴染は女性だけですから、学院に入るまでは父と兄以外の殿方には会ったことがありませんでした」
それはそれでどうかとも思うが、それならば問題ない。
「ツィア様。殿下に妃候補として紹介しても宜しいかしら?」
「へ!?」
「いえ、あくまで卒業時に殿下に良い人ができていなければですけれど。殿下にはクラスメイトで良さそうな女性がいれば紹介して欲しいと言われております。ルート様とリーゼ様は妃に興味がないようですし、性格的にもツィア様が良いと思いますわ」
「えぇ……」
ツィア様は困惑したように眉を下げた。
「ええ、私もツィア様が良いと思いますわ」
「私もそう思います」
「ほら、皆賛成していますわよ。二度目ですがもし卒業したときに殿下に良い人がいなかったらの話になりますけれど。ああでも、誰か好きな人や結婚したい人がいるならそちらを優先するようにとのお言葉も頂いておりますので、その辺りは気兼ねなく」
「はあ……」
「まあ、少し考えておいて下さいませ」
「分かりました」
頷きつつも未だに困惑しているようだ。常の微笑みが崩れている。
「卒業するときにまた問いますので、頭の片隅に置いておいて頂ければと思います。ところで、本日はドータウェン語部が第一クラスの教室を使うそうですの。本日の勉強会は他の教室を使わなければならないのですけれど――」
そのまま話は流れ、毎日の放課後の勉強会をする頃にはツィア様はいつもの微笑みを取り戻していた。
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さらに半年後の学年末テストで私は同率で首席を取り、二年生でも第一クラスに入ることができた。因みに10科目1000点満点中995点。
同率だったのは同じく公爵家の長男、セオドリック・フォン・ブランドナー様だ。
「シュリーレン嬢。今回は同率だったけれど、学期末では首席を譲ってもらいますよ」
黒の長髪、長めの前髪が目の三分の一を覆い隠し、黒縁の眼鏡をかけている。それだけ聞けば陰気そうだが、その美しく整った顔立ちは隠しきれていない。陰キャでもなく、クラスメイトとも普通に仲が良い。女子に対しては基本的に無口無表情だが、それでも人気だ。
「まあ、何を仰っているのです?首席を譲って頂くのはこちらでしょう」
「はは、まさか」
ブランドナー様は、私にだけ話しかけてくる。私をライバル視していることも理由の一つだとは思うが、それでもそんなに鈍くはない。
私にだけ話しかけることも私にだけ笑いかけてくることもそうだが、そうじゃない。熱の籠もった視線をいつも彼に向けられているから。私に手を伸ばしてすぐに下ろすことも、その直後に切なそうな表情を浮かべることも何度もあったから。
「次期公爵として君に負ける訳にはいかないのですよ、シュリーレン嬢」
「私とて姉は王太子妃ですから。私も首席なら、姉とシュリーレンに箔がつくでしょう?」
でも私は彼の気持ちに気付いていないふりをする。恋愛禁止だからだけじゃない。ブランドナー様が望んでいないから。
「確かにそうでしょうね。ですが私は将来公爵家当主となる身。当主になる予定のない者に負けることはできないのです、分かって下さいますか?」
「理解はできますわ。ただそれとこれとは別というものではありませんこと?」
後の二年間で、私以外の人を好きになってくれればいいのに。そう、例えばルート様を。
私が彼の気持ちに応えられることはないから。
彼はいい人だ。幸せになって欲しいと思う。できるならば恋愛結婚を。だが私ではその相手にはなれない。
「貴女にとってはそうなのでしょう。ですが私にとっては関係ないことです。ともかく、次は私が首席ですから」
「こちらの台詞ですわ」
ブランドナー様がにこりと笑う。そのまま通り過ぎようとして――
「貴女にだけは負けられないんだ」
そう、耳元で囁かれる。一段低い声が艶っぽい。息が熱い。
ブランドナー様の肩からはらりと一房ストレートの黒髪が落ちる。
私は耳を押さえながらそれを見送るしかなかった。
ドータウェン語は隣国ドータウェン王国の言語。第一の生徒は勿論完璧にマスターしている。
シルフィーネ曰く「所詮隣国でしょ?隣国の言葉くらい話せて当然じゃない?」