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姉のファーストキスは一週間後

「よし、ちゃんと持ったな?忘れ物はないね?」


 父の声掛けに全員肯定する。


「よしじゃあ行くぞ!」


 五人で一つの馬車に乗り込む。

 うちの馬車は広いから、全員乗っても余裕がある。

 ついてきてくれる護衛は少数精鋭だ。何しろ未来の王太子妃のお出掛けである。休暇である以上大勢は連れて行けないし、アストレア領の治安が悪いと言っているも同然である。

 アストレア領は国内でもかなり治安が良い方なので許してもらえたということもあると思う。


 ガッタンゴットンと馬車に揺られる。

 最上級の馬車のため揺れはかなり小さい方だそうだが、三歳の体だと少し辛い。体が跳ねている気がする。

 気付いた父が私を膝の上に乗せてくれた。ありがたく体を預ける。


「常々思うけど、フィーって本当俺似だよね」


 まじまじと見つめられる。私も父を見上げた。


「本当にね。色も顔立ちもそっくり」


 母が同調する。私もそう思う。

 自分で言うのも何だが、シュリーレンの子供はすごく整った顔立ちをしている。

 父は国王陛下には負けるが極上だし、母も低位貴族の出だが高位貴族出身と言われても疑わないような品のある美人だ。

 姉は両親のいいとこ取りをした極上。子供の中で一番顔面偏差値が高い。兄は色は完全に母だが顔は半々くらい。私は父を女性にしてミニチュア化したような顔。

 俯瞰で私達を見ると天使だ。過大評価じゃなくて本当に。お人形さんより断然綺麗。


「フィーは可愛いものね」

「世界一可愛い」


 姉と兄が私を褒め称える。えっへんと胸を張ると皆の顔がでれっと崩れた。

 ものすごく愛され可愛がられている私。幸せ。


「この子はもうほんとに!」


 姉がうんしょと私を持ち上げ姉の膝に乗せた。

 すりすりと頬ずりをされる。髪がくすぐったい。

 コンコンと馬車のドアがノックされた。


「予定地点に着きましたので少し早いですが休憩と昼食にして宜しいでしょうか」

「ああ」


 顔は崩れているのに声はぱりっとしている。何それすごい。

 馬車を降りるとそこには小屋があった。


「おかあさま、このこやできゅうけいするのですか」

「そうよ。この辺りはまだそれほど発展していないのよ。この小屋は馬車で通る人の休憩とか食事のためのものなのよ。一応悪い人が拠点にしないように見回りは欠かさないようにしているわ」

「でもあすとれありょうはかんこうちですよね?へいみんのひとたちもよくとおるのではないのですか?」

「平民は電車を使うのよ。けれど私達のお屋敷からは少し遠回りになるの。でもそうね、確かにここも発展させた方が良いかもしれないわね」

「へえ、そうなのですか」


 電車があるのに車はないのが疑問だが、私にそちらの知識は全くないのでどうしようもない。


「それにしても、長距離の馬車は久しぶりだから疲れたわ」


 母が顔を顰めて伸びをした。父がそんな母の腰を抱く。


「それなら次は俺の膝の上に乗ればいいよ。フィーはリーナの膝の上に乗ってさ」

「えー?そういえば子供が生まれてからはランスの膝の上に乗ることはなくなったね。じゃあお願いしてもいい?」

「勿論」


 甘々だ。父も母も蕩けるような顔をしている。おっとこれは、ほらキスした!絶対すると思った!

 両親が仲良しなのは良いことだ。妹か弟が生まれるかもしれない。


「おねえさまもおうたいしでんかとキスしたりするのですか?」

「まあ!しないわ、婚約しただけなのに、そんな破廉恥な!」

「でもおとうさまとおかあさまはしていますよ」

「そ、それは結婚しているからいいのよ!婚約者時代はしていなかった筈だわ!」


 姉の顔が真っ赤である。因みに兄は興味津々な顔をして……両親の方へ行った。


「父上、母上」


 二人の世界に入ってちゅっちゅとしていた両親は兄に話しかけられてばっと離れた。具体的には母が父を突き飛ばした。父は不満そうである。


「な、何かしら?」

「婚約者時代にキスはしなかったのですか?」

「な!」

「うん?普通にしていたけれど、それがどうかしたのか?」

「姉上が婚約期間にキスをするのは破廉恥だと」


 ぱっと両親が姉を見る。急に視線を向けられて姉が狼狽えた。


「俺とリーナはいいけどアイリスは駄目だよ。破廉恥だから」

「こら、ランス!」


 父がすっごく良い笑顔で言う。母が父の脇腹を肘で思い切り突いた。一瞬父の顔が歪むがすぐに戻る。


「していたのですね……私も、ウィルと……」


 想像したらしい。戻っていた顔色に朱が差す。


「駄目だよ、アイリス。結婚前にキスだなんてあまりにも破廉恥だ」

「ランス。アイリス、この人のことは気にしなくていいわよ」


 ぱしんといい音がしたのは母が父の頭を叩いたからである。


「で、ですがそんな、ウィルとそんな、」


 姉は顔を両手で覆ってしまった。覗く肌が真っ赤だ。


「うん。やはり殿下に言っておいた方が良さそうだ」

「自分は良くて他人は駄目なの?」

「娘は別だ」

「全くもう!そうやって変なことを吹き込むなら!もう貴方の膝の上には一生乗りません!」


 ぷいっと母がそっぽを向くが、その脅しはちょっと変だ。しかし父は頭を抱えてしまった。


「ああっそれは駄目だ!けどアイリスが俺以外の男とキスをするのも駄目なんだ!」

「何を仰っているの、お父様とキスはしませんわ」

「そ、そんな……!」


 おおっと姉が冷たい。その冷めた目線を向けられたら凍りそうだ。実際父は凍っているし。


「お話し中恐れ入ります、お食事のご用意ができました」


 そう言って母の専属侍女のフェリが食事を持ってくる。

 流石に普段よりは簡易的だが、十分美味しかった。料理人はついてきていなかったはずだが、誰が作ったのだろうか。

 その後は夕方まで二度の休憩を挟んで走り続け、アストレア領との境界の街に着いた。今夜はここで泊まるらしい。

 非常に栄えた街で、安宿から高級宿まで揃っている。宿泊するのは勿論最高級の宿だ。貴族専用といっても過言ではない価格に違わず、まるで屋敷にいるときのような心地良い夜を過ごせた。

 そして翌日の夕方、領都に着いた。そのままずんずんと突き進み、到着したのは巨大なお屋敷――まさか領主館!?


「おかあさま、ここは?」

「領主様のもう一つのおうちよ。ここにユリウス、様が住んでいるの」

「へえ」


 すると待ち構えていたかのようにエントランスから誰かが歩いてくる。それを見て私達は馬車から降りた。


「ようこそお越し下さいました。領主代行を務めておりますユリウス・フォン・アストレアと申します」

「三日間世話になる。ランスロット・フォン・シュリーレンだ」

「妻のカルメリーナです」

「長女のアイリスと申します」

「長男のレイモンドと申します」

「じじょの、シルフィーネともうします」


 カーテシーを見様見真似でやってみる。ユリウス様はふんわりと笑ったが、すぐにぱっと目線を両親に向けてしまった。

 けれど、その笑みが忘れられない。ぎゅっと胸が締め付けられるような笑み。


「アイリス嬢は婚約披露パーティーで見たけれど、下の子二人は初めて見たよ。二人によく似ている。特にシルフィーネ嬢、とてもランスロットに似ているな、瓜二つじゃないか」


 あ、名前。

 どうしてユリウス様が言うと、こんなに甘い響きになるのだろう。


「可愛いだろう?」

「可愛いな。マナーはもう学んでいるのか?」

「いえ、まだよ。見様見真似ね、でも上手にできていたと思わない?」

「本当に。とても可愛い。私の妻にしたいくらいだ」


 どくんと、一際大きく心臓が跳ねた。


「駄目だ!お前なんぞにやるもんか!絶対に駄目だ!」

「おや、年の差に関しては何も言わないのか」

「シルフィーネが幸せになれるなら年の差は問題じゃない。だが、シルフィーネはうちからは出さない!一生俺と暮らすんだ!」

「もう、ランス。冗談だって分かってるでしょ。まあユリウスが貰ってくれるなら安心ではあるのは事実だけれど」


 そう、ユリウス様はあくまで冗談で言っただけだ。

 当然分かっている。

 けれど、この鼓動の速さは。













 私は、ユリウス様に、本気で恋をしてしまったかもしれない。

三歳児だって恋はするのです。

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