それもいいけどキャラ違いすぎるのがツボだった
その日私が目を開けると、わあっと歓声が沸いた。
訝しげに眉間に皺を寄せると――ん?寄らない。弱い一本線しか入ってない気がする。
ふと私を覗き込んでいる人たちを見ると、日本人ではあり得ないような色をしていた。特に女性。銀髪で桃色の瞳とか地球にも滅多に存在しない。
「ほら、妹よ。大切にしてあげてね」
女性が抱っこしているのは三歳くらいの、多分男の子。隣にいる金髪でエメラルドの瞳を持つ男性は五歳くらいの女の子を抱っこしていた。
え、妹?
重くて自由に動かない頭で目線だけを動かすと、周りに誰かいる様子はない。
「いもうと…」
女の子が手を伸ばす。その手を反射的に掴んで、目を疑った。私の手があり得ないくらい小さかったのである。既視感のある展開。
ある可能性が頭を過った。ラノベやWEB小説を読みまくった私だからこそ気付いたその可能性。
転生。
しかし死んだ記憶がないのだ。ふと目が覚めると生まれ変わっていた。
思い出そうとしたが、記憶に靄がかかったように思い出せなくなっている。そしてさっきまで分かっていた筈の私の名前も、両親の顔も、恋人の顔も思い出せなくなっていた。
自分の知っていることがどんどんなくなっていく感覚がすごく怖い。気付いたら大声を上げて泣いていた。
「あらあらどうしたの?」
近くにいた別の女性に男の子――いや、兄を預け、女性が私を抱き上げる。ゆらゆらと揺らされながらぽんぽんと背中を優しく叩かれると酷く安心感を覚え、いつしか涙は止まっていた。
「まあ、リーナ様はすごいですね!すぐに泣き止ませるなんて!」
「もう三人目だからね、慣れたわ」
うとうとし始めた私の頭をそっと撫でる。ちゅっと頬にキスをされたとき、私の瞼は完全に落ちた。ベッドに寝かされた感覚を最後に私は眠りに落ちた。
それからしばらく、私は色々なことが分かってきた。
まず、私を抱き上げた銀髪の女性は私の母親。リーナと呼ばれている。
隣にいた金髪の男性が私の父親。ランスと呼ばれている。こちらは確実に愛称、多分本名はランスロットではなかろうか。
そして父に抱かれていた女の子が私の姉でアイリス。五歳。
母に抱かれていた男の子が私の兄でレイモンド。四歳。
最後に私が末っ子でシルフィーネ。生まれたばかり。
因みにあの時母が兄を預けた女性はフェリという侍女らしい。
侍女。
そう、この家は貴族だ。家名は分からないが、公爵位。
私が生まれてきた世界は、地球ではなく、異世界のようだ。
⁑*⁑*⁑
ステータスオープンと拙い言葉で言ったけれど何も起こらなかったのは記憶に新しい。
ならば魔力はと体の中を探ってみたものの、何も分からない。
まあ異世界といっても全てが剣と魔法の世界とは限らない。何もない世界だっていっぱいあるのだ。
それから、私が失った記憶は直接私に関することだけだった。読んだ小説の内容とか、コンビニのモンブランが好きだったとか、そういうことは覚えている。
そんなこんなで一年と少しが経ち。
どうやら私の専属侍女となったらしい侍女のエリーゼにたどたどしく話しかけて得られた情報は私に大きな衝撃をもたらした。
母の名はカルメリーナ、父の名はランスロット、長女の名はアイリス。ここはシュリーレン公爵家。この前おうちに遊びに来ていた女性はユーステス侯爵夫人。
これだけ揃えば私とて信じざるを得ない。
私が前世で読んだWEB小説の世界に転生したのだと。
その小説は単純明快、主人公を庇って記憶を失い別の女性に恋をした恋人との婚約を解消し、その元恋人の友人である男性と恋をし結婚するお話。
ヒロインの名はカルメリーナ・フォン・ルドウィジア改めカルメリーナ・フォン・シュリーレン。
相手の男性は勿論ランスロット・フォン・シュリーレン。
元恋人の家名がユーステス。その妻とカルメリーナが親友。
そして最後に、子供で唯一名前が出て来た長女のアイリス。
言わずもがな私は主人公カップルの娘に転生したらしい。
小説の中では主人公カップルに子供は二人。ただそのときアイリスは四歳、その弟が三歳だったので、その後生まれたのが私ということだろう。
WEB小説には珍しい人間味のあるヒロインだということで印象に残っていたのだが……もっと印象に残っていることがある。
一つだけ何も解決されないまま終わった人がいるのだ。
ユリウス・フォン・アストレア。
主人公に恋をし、恋心を封印した人。主人公が結婚してからは主人公の旦那を煽りまくる。
この人はかなりヘタレなのだが、私はこの人が一番好きだった。驕らず冷静に自分を分析して身を引いた。そしてずっと主人公が逃げてこられる場所になろうとしていた。
だが作者が酷い。
『ユリウスのその後』とかいうタイトルで番外編SSを出しつつ、ユリウスのその後が殆ど書かれていないのである。信じらんない。
ユリウスファンの私としては彼には幸せになって欲しかった。なのに!結局なんにもなかった。
ただ横恋慕していたキャラに成り下がってしまっていて遺憾だ。
ベッドの上で憤慨していてはっと気づいた。
これはもしや作者が私のためにわざと書かないでおいてくれたのではないかと。
まあつまり何が言いたいかというと。
押しかけ妻になってやろうということである。
シルフィーネさんその通り。君のために書かなかったんだよ……!