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「おーい、優磨ー!」
ドンドンと部屋をノックする音に僕は応じた。
「大丈夫、起きてるよー」
高校一年生の夏休み初日。時刻はまだ朝の四時。
ドアを開けると、アウトドアルックの賢都が立っている。
「お、ちゃんと準備できてんじゃん」
彼は車のキーをぶんぶんと振り回す。大学生になって免許をとった彼は、今日釣りに連れて行ってくれるらしい。
「釣れると楽しいぜ」
運転席で彼は笑う。大学の友だちに誘われて始めた釣りに、ものすごくハマっているらしい。
「釣れなかったら?」
「そん時は笑い話にするんだよ」
あの事件のあと、僕たちの間にぽつぽつと会話が生まれていた。一度話し始めてしまえばなんてことなくて、あんなに存在を無視されていたのが嘘みたいだ。
「無視してたっていうかさ」
ある時、賢都は言い訳でもするみたいに告白した。
「どうすりゃいいか分かんなかったんだよ。お前が来た時は中学受験でテンパってたし、それが終わったら、なんか杏奈がピリピリしてたし」
妹みたいに僕を攻撃しようとも思えず、さりとて仲良くする感じでもない。身の置き所に迷っているうちに、どうしていいか分かんなくなってしまった、と。
「そもそもお前も俺に話しかけなかっただろ?」
言われてみれば確かにそうだ。僕から賢都に声をかける勇気なんてなくて、無視されるがままになってた。
「話しかけてくれりゃ、答えたと思うぜ」
「どうかなぁー。信じられないなぁー」
「くそっ、調子に乗りやがって」
賢都とこんな冗談を交わすようになるなんて思ってもみなかったな。
俺たち、今さら兄と弟やるのは無理じゃねぇ? と賢都が言い、それに僕も同意した。
「だからまぁ、俺たちは友だちみたいな感じでいいよな? 少し歳の離れた、なぜか同じ家に住んでる友だち」
「うん。僕もそれがいいや」
無理やり兄弟に、家族にならなくたっていいんだ。人と人との関係はいろんなカタチをしていていい。
ところで一方、杏奈はというと。
あの事件以来、頻繁に我が家を訪れるようになった涼乃を見て、なぜかぷんすか怒っていた。
「なんで優磨の彼女があんなに美人なのよ!? 信じられない、許せない!」
そんなこと言われても困るんですけど、と頭をかく僕に、賢都が気にすんなよ、と声をかける。
「こいつも最初にお前のこと邪険に扱ったから、そこからうまく方向転換できなくて困ってんだよ。まぁもはや意地悪するのが愛情表現になっちゃってるんだな」
年長者らしい分析で、彼は妹をさらに怒らせる。ぽかぽかと妹に殴られて、でも賢都はそこそこ真面目な調子で杏奈の頭を優しく叩く。
「あのな、お前も中学生なんだから、そんなこともうやめた方がいいぜ。その性格は損するぞー。悪役みたいになっちゃうからな。好きなら好きってちゃんと言えよ」
「うるさいわねっ! こんな男、好きなわけないでしょ!!」
ツンデレはもう古いぜ、と賢都に茶化されて、また杏奈は怒って。そのやりとりがいかにもおかしくて僕は笑ってしまった。