5
部屋はしばらく沈黙にのまれた。ここにいるそれぞれが、それぞれの思いに心をはせるような、そんな騒がしい沈黙だった。
「優磨」
唸るように沈黙を破ったのはお父さんだった。
「少し、私自身の話を聞いてほしい。いや」
と首をふる。
「これは優磨自身の話でもある。君の本当の両親の話でも」
「えっ」
僕の肩がびくりと跳ねた。いつか教えるからと、どんなに尋ねても知ることができなかった、本当の両親のこと。
そのことを、お父さんが話そうとしている。
「端的に言うと、君のお母さんは私の妹だ。だから君は、私の甥っ子ということになる」
もちろん今は自分の息子だと思っているけどね、とお父さんは付け加えてくれた。
「君のお母さん――希美は、私とは十も離れた妹だった。少しナイーブなところがあってそれが心配で、私は過保護な兄だったと思う」
そんな希美がまだ学生の時、彼女は自宅に男を連れてきたらしい。しかも「結婚したい」と言って。
その時にはすでに希美の両親はなくなっていて、兄であるお父さんが希美の保護者だった。
「私は結婚に反対した。なにせまだ妹は学生だし、相手の男も同じく大学生。失礼だけど、頼りになる男には見えなかった。細身で、ヘラヘラしているような人で。しかも」
その男は、大きな病を抱えていた。
「そんな男に大事な妹はやれないと思った。まさかお腹に子がいるのかと問いただしたら、そういうわけでもない。だったら大学を卒業して、ちゃんと生計をたてられるようになってから結婚しなさいと突き放した」
その結果。
「二人は駆け落ちしてしまった」
お父さんの表情は、苦悶に満ちていた。
「あとから分かったことだけど、希美が連れてきた男は余命いくばくもなかったようだ。それでも――だからこそ結婚したかったんだな……希美は本当にあの青年を愛していたんだ」
お父さんは必死で妹を探したけど、彼女を見つけることはできなかった。自分にも子どもができ、仕事も忙しくなって、妹のことばかりを気にかけてもいられなかった。
「だから、次に妹と再会したのは、彼女が亡くなった時だった」
僕は唇を結んだ。僕のお母さんが死んだ時――すなわちそれは僕と心中しようとした時だ。
「警察に呼ばれて本人確認をした。つらかったけれど、間違いなく希美本人だった。そしてその時、君が――優磨が生まれていたことを知ったんだ」
僕はその時七歳。駆け落ちしてから数年後に生まれた子だった。
「そして、君の父親がすでに死んでいることも知った」
お父さんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれていった。
「本当に後悔したよ。最期の数年間、希美は孤独だった。そしてその苦しみを息子である君にぶつけていたようだった。決して許されないことだ。でも、その行為が許されないなら、私だって断罪されるべきだ……!」
お母さんが、震えるお父さんの腕にそっと手を添えた。それでお父さんはかろうじてまた話し出す。
「……私が希美の結婚を認めなかったせいで、彼女は頼るべき唯一の相手を失ってしまったんだから」
だから、とお父さんは涙で濡れた瞳のまま、僕のことを見つめた。
「希美の息子だけは、幸せにしようと決めたんだ」
僕の目頭も熱くなる。
あぁ、だからお父さんはこんなに僕によくしてくれたのか。自分の子じゃないにもかかわらず、こんなにたくさんの愛情を注いで――。
「うまくできなかったけどな。優磨はずっと私たちを信用してくれなかっただろう? それが私には苦しかった。希美にした仕打ちの、報いだと思えてしまって。結局、優磨を幸せにしたのは、私じゃなくて涼乃さんだった……。私には、何もできなかったんだ」
僕は大きく首をふった。
「そんなことないです……本当にそんなこと……」
悔しい。こういう時にかぎって言葉がちゃんと出てこない。喉がつまって、伝えるべきことが言えなくて。
でも、今日は隣に涼乃がいてくれる。彼女はたまらず声をあげた。
「あの、口を挟んですいません。私、優磨から実のお母さんのことは聞いていました……変な言い方ですけど、そんな苦しい境遇で育ったのに、優磨は本当に素敵な人です。私にもわかります、彼がこんなに立派に育ったのは、間違いなくお二人のおかげです。だって、私と出会ったその時から、彼は今と同じくらい優しかったから……」
そうだ、幼い頃の痛みは僕を徹底的に傷付けたけど、そこから立ち直るためのシェルターを作ってくれたのは、間違いなく山丘の両親だった。
「お父さん、お母さん……」
手を伸ばすと、お父さんが僕の手の甲にその大きな手のひらを置いた。お母さんもそこに手のひらを重ねる。
「二人に育てられて……僕は本当に幸せです」
お父さんがむせび泣きながら、ありがとうありがとうと繰り返した。そして涼乃と僕の顔を交互に見比べる。
「君たちは良い家族になれるはずだ。若くて大変なことが多いかもしれないけれど、必ず私たちが支えるから。そう、今度こそ……」




