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「はい、涼乃さん。今日はチーズケーキを焼いたのよ。チーズケーキはお好き?」
「あ、あの、大好きです」
そう、良かったわ、とお母さんはにこやかにキッチンに戻ると、紅茶のカップを手に帰ってきた。
「飲み物は紅茶でいいかしら?」
「はい。あの、おかまいなく……」
山丘家のダイニングテーブルに涼乃が座っている。しかも僕の隣に。違和感しかないし、涼乃も緊張している。
でも、これはこれで面白いなと思ってしまう。
「大変な目にあったね。それでもあなたが無事でよかったよ」
お父さんは落ち着いた声音だったが、そのくせ背すじがぴーんと伸びている。涼乃に負けず劣らず緊張しているらしい。
「優磨くんのおかげです。本当にありがとうございました」
頭を下げる涼乃に、僕は口を挟む。
「でも、お互い様みたいなものだから。これまでは僕が涼乃に助けられてきたから」
「なに言ってんの? それは私の方が……」
「いや僕が」
「でも」
そのくだらないやりとりを、両親はものめずらしそうに見守っていた。
やがてお母さんが笑い出す。
「涼乃さん、本当に優磨はあなたにお世話になったんだと思うわ。だって、中学生になって、きっとあなたと出会ってから、この子は変わったんだと思うから」
遠慮ばっかしてね、優秀だったけど、どこか無気力な子だったのよ、とお母さんは懐かしむように付け加えた。
「感謝しなきゃいけないのは、私たちのほうだよ」
と、お父さんも微笑む。
「私たちが何年かかってもできなかったことを、あなたがしてくれたから」
涼乃は返答に困っていた。だから、この会話は僕が引き継いだ。
「お父さん、お母さん、あらためて聞いてほしいことがあります」
僕が居住まいをただすと、三人もそれにならった。
「もう気付いていると思うけど、僕は夏原さんと――涼乃とお付き合いしています」
両親はうなずく。
「素敵なお嬢さんだね」
「これからも優磨をよろしくね」
お父さんとお母さんが、次々に涼乃に声をかける。
でも、本題はこれからだ。
「それで僕は、いずれ涼乃と結婚したいと思ってます。なるべくはやく」
弾かれたように涼乃が僕を見る。僕は彼女と目を合わせて、「いいよね?」と確認した。
涼乃は顔を真っ赤にして、ゆっくりうなずいてくれた。
僕はもう一度両親に向き直る。
「プロポーズもしました。今はまだ年齢が足りないからできないけど、僕たちは結婚します。そのことを認めてもらえますか?」
両親はあんぐりと口を開けていた。
なにを言われたか理解するのに少々時間が必要だったみたいで、やがて先に立ち直ったお父さんが、慎重に返答した。
「……長く付き合って、その結果として結婚する、というのが一般的だと思うんだが……」
なにも今決めなくてもいいんじゃないか、と頭をかいている。僕はきっぱりと応じた。
「たしかにそれでもいいんですけど、僕たちにはちゃんと約束が必要だと思うんです。家族になるっていう約束が。涼乃の両親は――独特だから、涼乃には新たな家族が、自分で作り上げる家族が必要なんじゃないかって」
隣で涼乃が小さく鼻をすする音が聞こえてきた。
「僕も同じです」
僕は両親の――育ての親を真っ正面から見据える。
「実の母親に虐待された記憶は、ずっと僕を支配してました。こんなにお父さんお母さんに大事にしてもらってるのに。だから僕は自分で新しい家庭を築いて、かつての辛い記憶を上書きすべきなんだと思う」
正直不安だ。虐待が次の世代に連鎖するケースが多いことを僕は知っている。でも。
「この山丘家が、僕のお手本です。お父さんお母さんみたいな親になって、僕は――自分を救いたい」
僕にはちゃんともう一組の両親がいるから。導いてくれる人たちがいるから。
だからきっと大丈夫。