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死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
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「くっそぉ!!!!」


 ――ふざけんなよ、なにをやってんだよ、僕は!!


死神(おまえ)の呪いに勝てなかった! 涼乃と一緒に生きるって決めたのに!!」


 こらえきれない悔しさに、僕はその場にくずおれた。

 床にこぶしを打ちつける。不甲斐ない自分への怒りを、空色電車にぶちまけた。


 涼乃の声が聞こえる気がする。


 ―― 私たち赤ちゃんなんだよ。今日、もう一度、生まれ変わったんだよ。


 あの日、涼乃に全てを告げて、運命と戦うことを決めたのに。


 ――優磨、覚悟を決めて。二人で死ぬか、二人で生きるか。私たちが選べる道はそれだけ


 二人で生きることを選んだのに。それなのに。


「くっそぉ……!!」


 死にたくない。死にたくない。死にたくない!

 涼乃を置いて、僕は死にたくない!!


 かたんかたん。


 それでも電車は進む。無慈悲に。機械的に。


 止まってくれよ……頼む。僕はまだこの先に行きたくないんだ。


 かたんかたん。


 車輪の音に、抑揚のない声が重なった。


「やっぱり……君はずいぶん変わりましたね」


 死神が僕を見下ろしている。その表情は車窓の光に逆光になってよく見えない。


「七年前は、自分の命をすぐに投げ出したのに」


 確かにそうだ。

 幼い頃は自分の命なんて、人生なんて、なんの価値もなかったんだから。


 でも今は違う。

 僕は明るい道を歩いていた。涼乃と手をつないで。未来に向かって。


 涼乃がいてくれたから、僕は変わることができたんだ。


「死にたくない……死にたくない……っ!」


 涙があふれた。

 頬を伝い、鼻を伝い、あふれたものが床にこぼれて水たまりを作っていく。


「悔しい……っ」


 あぁ、僕は死にたくなかった。

 まだ涼乃と一緒にいたかった。


 ――涼乃、ごめん。本当にごめん。


 腕をつかまれた。

 思いのほか強い力で、死神が僕の体を引き上げる。


 無様に泣きじゃくったまま、僕は死神と向かい合った。


「懐かしいことを思い出しましたよ」


 静かな声で死神は言う。


「私もね、死んだあと、今のあなたみたいに猛烈に後悔したんですよ」


 死んだあと? ――こいつもかつて、生きた人間だったのか?


 向き合う死神をよく見ると、思っていたより若く見えた。幼い頃はおじさんだって思っていた。そして枕もとにこいつが現れた時は、闇に呑まれて相貌なんて分からなくて、京都で会った時だってまともに顔を見ていなかった。


 こうして明るいところで向き合ってみれば、せいぜい二十代の半ばくらい。


 そして誰かに似ている、と思った。僕のよく知っている人――。


 死神は表情の消えた顔で、「少し昔話を聞いてください」と語る。


「かつて私にもあなたと同じように愛する人がいた。それなのに、私は自ら死を選んだんです」


 私は弱虫でした、とぽそりと声がもれる。


「病におかされてましてね。怖かったんです、その病と闘い続けることが。どうせ治る見込みもないのに、痛みに苦しみ死の恐怖にもがき続けなきゃいけないことが。その姿を愛する人にさらし続けなきゃいけないことが」


 死神は目を閉じた。一拍の静寂が訪れる。


「でもね、死ぬべきじゃなかった。その愚行は愛する人を追いつめました。――私は、彼女と一緒に戦うべきだったんだ……」


 彼は複雑な表情で笑う。自嘲のようにも、純粋な微笑みのようにも見えた。


「だから、君が運命と戦うと決めた時、本当は感動したんですよ……ただ、その一方で余計に未練が募りましたけどね」


「どういうこと……?」


「私は君を手元に手繰り寄せたかった……」


 何を言っているのか分からない。困惑に涙がひっこんで、晴れた視界にうつる彼の表情にまた困惑する。

 あれほど嫌悪していた死神が、あまりに温かなまなざしを僕に向けている。


「涼乃さんの死ぬべき運命を告げたのも、終わりが近いことを知っていれば、彼女との時間を大切にしてくれるだろうと思ったからだったんですが」


 不意に死神の手が伸びた。僕の頭の上にその手のひらがのせられる。


「優磨くんは想像以上に頑張りました。こんなに大きくなったんですもんね。もう私の背を追い越してしまいそうだ」


 アフロの下の目が細められていた。


「あの……泣いてるの?」


 その問いに死神は答えない。

 彼は僕から手を離すと、自分の胸に両手を置いた。


「私の最後の力、あなたにあげますよ」


 彼の両手が光る。そしてその光はやがて死神の全身を包んでいった。輪郭がぼやける。その姿が光の中に消えていく。


 光の中から、あの声だけがはっきりと聞こえてきた。


「頑張ってくださいね。もう運命の力はあなたを導きません。あとはあなたたちが自分の力だけで進んでいくんですよ」


 ――時間を少し巻き戻しましょう。ほんの少しだけです。私にできるのは、それだけ。


 僕も光にのまれた。


 ――さぁ、今度こそ、二人で生きるためのルートを選び取るんです。


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