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十月、モモちゃんのSNSが“バズった”らしい。
「見て見てー!」とモモちゃんが誇らしげに掲げたスマホの画面には、紅葉を背景に照れ臭そうに笑う涼乃の写真が映っていた。
昼休みの教室で、僕と涼乃と本山がそのスマホをのぞきこむ。
「すごい。プロが撮った写真みたい」
「すげーな、夏原さんめっちゃ美人」
「でしょー!? ほら、他にも」
画面をスクロールすると、次から次へと涼乃の写真が現れる。
体育祭で走る彼女は躍動感にあふれ、紫陽花を背景に傘をさして立つ姿はしとやかだった。セーラー服でまぶたをふせる涼乃。メロンパンを持って笑う教室での一コマ。
「いいなぁ、特にこの最後の写真。涼乃の笑顔の写真なんてレアだよね」
「山丘君わかってる〜。そんな瞬間を切り取ることができるのも、写真家の才能なのだよ〜」
モモちゃんは得意げだ。
「いろんな写真をSNSに上げてるけど、涼ちゃんが一番人気あるんだよねー! やっぱり美人だからなぁ」
本山が頷きながら「でも大丈夫なのかよ?」と涼乃の顔を伺う。
「ぷらいばしー的に。こんな堂々と顔写真載せちゃって」
僕もそれは心配だった。自分の写真をネットにあげるのは危険だって、先生たちは口すっぱく言っている。
「だいじょぶ、だいじょぶ。お顔以外のこじんじょーほーは載せてないからさ。それに、こんなことみんなやってるよー」
でも大きな口で笑う涼乃の写真はあらゆる不安を吹き飛ばすほどのインパクトがあった。
こんな顔で笑うようになったんだなって、感慨が深い。
十一月、晩秋のよそよそしい寒さの中でも僕と涼乃は毎朝公園で会った。
メロンパンを食べる涼乃の隣で、僕はホットティーで体を温めた。
たまにやってくる尻尾の長い黒猫に、涼乃はミルクを与えている。
「この猫、いつまでたっても怪我が治らないんだよね。全然懐いてくれないし」
涼乃が背中を撫でようとすると、猫は素早く後ろにとびすさる。
こいつと僕が初めて出会ったのは二年前の四月だった。その時と変わらず細い体に貧相な毛並みで、足をひきずっているのも相変わらずだ。
「不思議なヤツだよなぁ。僕をこの公園に連れてきてくれたのも黒猫なんだよ」
「え? そうなの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
聞いてないよと軽く憤慨して、涼乃はまじまじと僕を見る。
「優磨の周りって不思議なことがよく起こるよね。死神が現れたり、猫に導かれたり」
言われてみればそうだ。子どもの頃一度空色電車に揺られて、僕は普通の人生のルートから外れてしまったのかもしれない。
「全部あの死神のせいなんだよな。ムカつく」
「えぇ? でもその死神に命を助けてもらったんでしょ?」
「それは感謝してるんだけど……でもひどいヤツなんだよ、僕が涼乃と付き合い始めた時にもイヤミを言ってきたし」
死神は僕の人生の節目とか、気持ちの振れ幅が大きくなっている時にかぎって現れる。
「“はやく自分のもとに来い”なんて言われたこともあるんだ」
涼乃が不安げな顔をするので、僕は慌てて冗談を言った。
「でも全然怖くないんだから。ひょろひょろで服装もダサいし、なぜかアフロだし」
それからはひとしきり死神のことをネタにして笑ってやった。
それにしても、最近死神は現れない。
最後に京都の稲荷伏見大社で会って以来、気配すら感じなかった。
でもまた現れたって、今度はあいつの好きなようにはさせないんだ。
いいか、死神。見てろよ。
僕はこれからちゃんと僕自身になるんだ。
お前の呪いに砕かれて粉々になる人形なんかじゃない。
僕はこれから涼乃と生きていくんだから。