19
ぽろぽろと涙をこぼしながら、涼乃はあたたかな笑みを浮かべている。
「なんだ、大事な話があるっていうから、やっぱり振られちゃうのかと思った」
「え?」
涼乃は目もとをぬぐってカフェラテに口をつけた。
「あーぁ、氷とけちゃった。でもおいしいね。安心したせいかな、久々に心の底からおいしいって思った気がする」
「……どうして?」
どうしてそんなふうに笑ってるの?
「僕が守れなかったら君は死ぬんだよ? そんな怖い話を聞いて、なんで安心するんだよ? ……それとも、死神とか運命とか、そんなの信じてもらえなかった?」
「そういうことじゃない」
彼女の答えに迷いはなかった。ちゃんと僕のことを真っ直ぐに見てくれる。
「ねぇ、優磨。私ね、君と一緒ならどんなことだって乗り越えられると思うんだよ」
春の澄んだ空気に君の声は明瞭で。
僕の全身にすうっとしみいっていく。
「死神とか、運命とか、そういうものがあるんだとしても、優磨と一緒ならそんなの怖くない。君に嫌われることと比べたら、全然怖くないんだよ」
彼女は言葉を続ける。
「死ぬのが怖くないなんて、そっちの方が間違ってたんだよ――私も、君と出会うまでいつ死んでもいいような気持ちで生きてた。死ぬのなんて怖くなかった。愛してくれる人もいなくて、生きてる意味なんてよくわからなくて」
一度だけ顔を合わせたことのある、彼女の母親の凍てつく声音が胸をついた。
「でも優磨が私の誕生日をお祝いして、私が生きてることを喜んでくれたから」
僕は目を細めた。彼女の黒髪が陽をはじいて眩しくて。あんまりにきれいで。
「君のおかげで私だって生きててもいいんじゃないかって、自分にも生きる価値があるんだって、はじめて信じることができたの。だから死にたいだなんて、思わなくなったんだよ」
あぁ、そうか。
すとん、と何かが腹におさまっていく。
「涼乃、僕も君とおなじだ」
自分の命なんてがらくたで、愛されることなんて信じられなくて。山丘のお父さんとお母さんは親切だけど、そうされる価値を自分に見出せなくて。
でも。
「……君がこんなに好きだから、僕は死ぬのが怖くなったんだ」
涼乃がいるからだ。涼乃がいて、微笑んでいて、世界がこんなに美しいから。僕は死にたくないと思ったんだ。
涙があふれた。
ダメだ、止まらない。かっこ悪い。
ああ、それに。
うずまいて、荒れ狂って、汚くて、コントロールすることができないこの“大好き”だっていう思い。
本当は、おさえこむ必要なんてないんだ。
「君が好きなんだ」
何度だって言おう。
出会った時から好きだった。
でも、今はもっと強く、深く、取り返しがつかないくらいに。
「君を離したくない。君と離れたくない」
だから僕は。
「――死にたくないんだ。君と離れて、別の世界になんていきたくない……っ」
吐き出すみたいにもう一度告げた。
そうだ、僕は君と一緒にいたい。誰にも君を渡したくない。
だから――死にたくない。
涼乃もまた泣き出した。
「私を“好き”だって、特別なんだって思ってくれてること、さっきの話でちゃんと伝わってきたよ」
涼乃の頬に紅がさした。新たな季節の幕開けを告げる、桜の花のようなしとやかさで。
「私のことを、本当に探していてくれたんだね。幼い頃から、ずっと」
ひとすじ、ふたすじ涙が流れるたびに、君はどんどん美しくなる。
「優磨……ありがとう。私を見つけ出してくれて、一緒にいてくれて、好きになってくれて。君の“運命の女の子”にしてくれて」
僕たちは二人、丘の上で向かい合って、泣きじゃくって、周りに人がいるのに、そんなことどうでもよくて。
気持ちが落ち着くまで泣いて「僕たち赤ちゃんみたいだね」って言ったら、涼乃は笑った。
「そうだよ。私たち赤ちゃんなんだよ。今日、もう一度、生まれ変わったんだ」
空が茜に染まるまで僕たちは話し続けた。今までのこと。これからのこと。
そして今日。
僕たちは、はじめて手をつないだ。




