18
京都から帰った翌日、僕たちは二子玉川公園にいた。梅雨明けの空には雲一つない。陽射しに春のうららかさを残す、おだやかな昼下がりだった。
「“出会う前からずっと君を探してた”って言ったよね」
僕はゆっくり深呼吸をしてから話し出した。
「僕は一度母親に殺されて、君を救うために生き返ったんだ」
涼乃と二人、公園内のコーヒーショップにいる。丘の上のオープンテラスから見渡す公園は、小さな子どもを連れた若いお母さんたちの明るい会話や、ペットの散歩を楽しむ人の笑顔で満ちていて。
僕の話す過去との落差にめまいがした。
「死にかけて、気づいたら不思議な電車に乗っていた。そこで、僕の前に死神が現れた」
長い髪をめずらしくおさげにした涼乃は、カフェラテのカップを両手で包んでいた。
「死神はこう言ってた」
こんなこと話すべきじゃない。
でも、僕の身に起こった真実を話さないと、僕は前に進めない。
「僕は運命の女の子に出会うって。一緒にいるだけで幸せになれる女の子に。でもその子は――短命だ、って」
涼乃の顔が見れない。
「だから僕は、自分の命をその女の子のために使いたいって言ったんだ」
実の親に手をかけられた、がらくたみたいな命を。こんな命、ためらいもなく手放せると、あの時は本気でそう思っていたから。
「そうして生き返って、その女の子に会うためだけに大きくなった」
運命の女の子を救いたい。それだけが僕の使命だった。
「ひと目見てすぐに分かった。入学式の日、桜の木に寄り添う涼乃を見かけた時に。君が僕の運命の女の子だ。僕は夏原涼乃を守るために生きてきたんだ。出会う前から、そしてこれからも」
その気持ちは変わってない。それだけは間違いない。
「ずっとね、涼乃のために死ぬのは、僕にとって幸福なことだったんだ。なのに」
言葉が震えた。喉がつまる。
「僕は今、この世界から消えてしまうのが……怖くって――」
呼吸が荒くなる。でも、ちゃんと伝えなきゃ。
「それで君を避けてたんだ……君のそばにいなければ、僕は死ななくても済むんじゃないかって」
ダメだ。
自分の内側からあふれてしまいそうなものがある。ぎゅっとまぶたを閉じていないと、唇をかみしめてないと、うずまく濁流に流されてしまいそうだ。
怖い。溺れてしまう。僕自身が生み出したその汚れたものを、まったくコントロールできなくて。
街の喧騒も、鳥の鳴き声も、なにも聞こえなかった。
静かだ。
目を閉じてるすきに、世界が滅びちゃったのかもしれないな。
世界も、涼乃も、何もかも。全部消えちゃって。
僕はひとりぼっち。真っ暗なすさんだ世界に立ち尽くしているんだ。
その、途方もない孤独の中に、
「ふぅ」
と、まるで息を吹き込むみたいに、涼乃が小さな吐息をもらした。
驚いて、顔をあげる。
待っていたのは――涼乃の泣き笑いだった。




