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母の死を受け止め、山丘の家での生活になじむだけで精一杯だった数年を経て、僕の心はやっとひとごこちつくようになっていた。
そうして思い出すのは、たった一つの大切なこと。
死神との約束。
“運命の女の子”。
いつか出会うはずの、僕の特別な女の子。
僕はその子を見つけ出さなきゃいけない。探し出さなきゃいけない。
か細いろうそくに灯された彼女の命の火が消える前に。僕のこの命をその女の子に差し出すために。
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もっとも身近な女の子――義理の妹の杏奈が、“運命の女の子”じゃないかと疑ってみたこともある。
「なによ、あんたにジロジロ見られるなんて気持ち悪い。その暗い顔を私に向けないでよ」
そんなふうにはねつけられるたびに、僕はそっとため息をついて、この子が僕の運命ではないことを願った。
もし杏奈が僕の運命の女の子なら、死神との約束通り命をかけて彼女を守るつもりだ。
でも、なんだかぴんとこない。
教室の中でクラスの女子たちをこっそり観察してみても、どの子も同じに見えた。誰かがのっぺらぼうの顔に目や鼻のスタンプを押していったんじゃないかって、そんな風に思っちゃうくらい。
僕の“運命の女の子”。
君はどこにいるの?
霞の中に手をつっこんで、転がる無数の石ころの中からたった一つの宝石を探す。そんな日々だった。ヒントもない、模範解答もない。
ちゃんと見つけることができるんだろうか? 見逃してないだろうか?
そんな不安を抱えながら小学校に通い、目立たない地味な男の子として卒業した僕。
そして、新しい春。中学校。
学ランの袖に手を通した僕は、入学式のその日、山丘のおじさんおばさんに付き添われ、中学校の正門をくぐった。
正門から校舎まで、見上げるような急勾配。少し見頃を過ぎて葉桜が散らつく桜並木は、花曇りの空を背負っていた。
うららかな春の、晴れがましいこの場所に、
パーーーーン
と、痛々しい音が響き渡った。
誰も彼も音のした方――坂の上を仰ぎ見る。なんだ、どうした、と騒ぎ始める人もいる。
僕の視線も自然とそちらに吸い寄せられた。
男子学生が尻もちをついていた。
頬に手を当てた彼は、口をあけたまま、ひとりの少女を指差し、
「な、殴った……! こいつ、俺を殴った」
と涙混じりだった。
指を突きつけられた方は、泰然と動じない。
逃げもせず、言い返しもせず、背を桜の木にあずけて彫刻のように動かない。
桜のあでやかな美しさにもひるまない、真新しいセーラー服の、凛とした横顔。
――なんだ、そうか。
僕は泣きそうになった。
天から下された稲妻が、ひっそりと激しく、僕を貫いて。
――迷う必要なんて、探す必要なんて、これっぽっちもなかったんだ。
騒然となったこの場所で、ただ君だけが色づいて見える。
背すじを伸ばした潔いたたずまい。
セーラー服の背に真っ直ぐ落ちる長い黒髪。
切れ長の目に、薄いまつ毛をふせて。
体中の細胞が叫び出していた。沸き立つように血がめぐる。
――君だ。
君こそが、僕の“運命の女の子”だ――。