14
雨を浴びて歩くのは気持ちがよかった。
朱色のトンネルをぐんぐん登っていく。どれくらい登れば頂上にたどりつけるんだろう。いや、そんなことどうでもいいや。今はただ何も考えずに天を目指していたい。
やがて唐突に雨が上がり、鳥居の奥に光が射した。その光の向こうから、何かがこちらに向かってくる。
「あなた、何をやってるんですか?」
僕は目をみはった。話しかけられるとは思ってなかったし、その声には聞き覚えがあった。
鳥居をくぐり、光をかき分け、山頂から降りてくる人影がある。ひょろりと長細い手足に、よれたシャツ――そしてつい視線を奪われてしまうアフロ頭。
「死神……」
「やれやれ、どうしてこんな神域を歩いているんです? 優磨君」
なんでこいつが現実の、しかも京都にいるんだ?
最後に対峙したのは、確か中学三年生の始業式の朝。いつもの夢現の中だった。あの時僕はこいつと決別したつもりだった。「お前の言いなりになんかならない!」と突きつけて。
それなのに、こんなところまで僕を追ってくるなんて――やはり僕はこいつの支配から逃れられはしないのか。
「なんだよ、ついに僕を迎えに来たのかよ?」
「ははは」
アフロ頭が愉快そうに揺れる。
「ずいぶん私を警戒してますねー。でもここは神聖な場所ですから。そんな邪な私の望みはすぐに打ち消されてしまいますよ」
死神と僕との間は階段三つ分。見上げた顔は、いつになく清々しい。
死神はひょいと石段に腰掛けた。「座ってはいかがです?」と隣を示されて、僕は渋々横に並んだ。まぁ歩き疲れていたし、少しくらいなら。
不自然な空間を残して隣り合うと、死神はまじまじと僕の顔を見て言った。
「ひねくれた顔してますねー」
「はぁ?」
心外だ。死の世界の存在にそんなこと言われるなんて。
「修学旅行の間も、教室でも、顔に不愉快が滲み出てますよ。そんなんじゃだーれもあなたに話しかけられない」
「……別に、そんなことないし」
「本山さんに感謝しなさいよ。あの人がいなかったら、優磨君はとっくに“ぼっち”になってますよ」
今一番聞きたくない名前に、僕は口をむっと結んだ。
「はーぁ、まーたひねくれた顔をして」
「別に僕は一人でもいいですし……それにもう用無しなんですよ、僕」
涼乃を守るために生きてきたはずだったのに、とうの涼乃に僕はもう必要なさそうだ。
「僕が救わなくても、本山がなんとかするんじゃないですか?」
死神は大袈裟に肩をすくめた。
「あなたねぇ。そもそもなんでこんなことになったんです?」
「……こんなこと、って?」
「涼乃さんと気まずい、ってことですよ」
喉が詰まった。ついでに思考もどこかで行き詰まる。考えることをやめてしまたいと思った。
その目を逸らしているところに、死神が鋭い一撃を入れた。
「あなたが涼乃さんを避けていたからでしょ?」
「そ、それは……」
「涼乃さんを守って死ぬのが怖かったんでしょ? だから涼乃さんと距離をとりたかった。それで私に歯向かいましたよね?」
そうだ、こいつの言っていることは間違ってない。
「で、今は他の男が涼乃さんを守っちゃうって拗ねてるんですか? なんですか、それ?」
「……っ!」
そうだ、僕は死ぬのが怖くて涼乃から逃げていたはずなのに。いつの間にか悩みがすり替わって、勝手な怒りを本山や涼乃に向けていた。なんだこれ……。
「はっきり言わせてもらいますけど」
死神は腕を伸ばし、人差し指で僕の鼻先を弾いた。
「あなたが今苦しんでいるものの正体。名前があるんですよ――嫉妬っていいます」
カーッと頬が赤くなった。
「やきもち、なんて可愛い言い方もありますねー。そっちの方がお子ちゃまな優磨君にはお似合いかもしれません」
くっそぉ。
僕は頭を抱えた。
悔しい悔しい悔しい。なんでこんな大嫌いな野郎に僕の内心を見抜かれなきゃいけないんだ。
「くっくっくっ」
聞き慣れた嫌な笑い声。何度聞いても耳に障って不愉快だ。
「本当に可愛らしいですねー。涼乃さんを想うあまりの嫉妬が、死の恐怖に優ってしまうなんて」
何も言い返せなかった。金縛りにあってるわけでもないのに、顔があげられない。
そうだ、こいつの言う通りだ。
「まぁ、私も分かりますけどね。嫉妬って簡単に抜け出せないんですよねぇ」
頭の中がめちゃくちゃで、僕は自分にとって一番大事なものを忘れかけていた。
「しかしまぁ優磨君は本当に可愛い。そんな可愛いあなただから、死神もついちょっかい出したくなっちゃうんですよねぇ」
ニタリと笑う気配がする。
「おっと、お迎えですよ」
――……まっ! 優磨っ!
「さぁ、そろそろ素直になりなさい……どうせ、運命は刻一刻とあなたに迫っているんですから……」
――優磨ってば!
風に死神の声が溶けていく。
「またお会いしましょう……きっと、運命の時に」




