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死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
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9


 始業式の前の晩。

 死神が僕の枕もとに現れた。


 窓の外は春の嵐。雷光がカーテン越しに部屋を照らし、轟く雷鳴は空気を震わせた。


「おやおや優磨君。信じられませんねぇ。君、私との約束から逃げているでしょう?」


 いつもと同じだ。金縛りで動けない僕を、死神は一方的に言葉のナイフで切り刻む。窓と僕の間に入り、嵐を背負って僕に立ちはだかる。


「私、何度も言いましたよねぇ? あなたの命は涼乃さんを守るためだけにあるって。逃げ出すなんて、許されると思っているんですか?」


 僕が動かせるのは視線だけ。力の限り死神を睨みつけた。


「なんですか、その反抗的な目は? 私に命を救われたこと、感謝すべきじゃないんですか? まさか忘れたとでも?」


 忘れてない。忘れてないさ。でも――。


(なんで……)


 喉を精一杯震わせようとした。手足を動かそうとした。

 腹の底から込み上げる怒りをぶつけるために。


(なんでいつまでもお前の言いなりにならなきゃいけないんだよ!!)


 死神と約束した時、僕はまだ小さな子どもだった。

 お母さんに傷つけられてボロボロで、でもお母さんに愛して欲しくてたまらなかった、そんな無力な子どもだった。


 でも、今は違う。

 僕は自分の足で立ち自分の頭で考えられる一人の人間だ。

 僕を大切にしてくれる人もいる。

 

 僕の命は、決して無価値なんかじゃないんだ。


 ぴしゃん、と凄まじい雷鳴。それが僕の体を奮い立たせた。

 

 ――僕はもう、


「……僕は、もう」


 全身全霊で腹に力を込める。


 ――死神おまえの、


「……死神(おまえ)、の」


 卑怯な拘束を引きちぎる。


 僕は、自由だーー!


「言いなりになんかならないっ!!!!」


 体が動いた。ベッドから跳ね上がって死神と対峙する。荒々しく息を吐き、獣のように奴を睨む。


「感謝しろ感謝しろうるさいんだよ! あんな幼い子どもの頃の約束に、今さら縛られてたまるもんか!!」


 雷を逆光にして死神の表情はいまいち分からない。


「僕は生きたい! 僕は生きたい! ……僕は、生きていたいんだっ!!」


 僕の内側にいた僕が、全てをぶちまけた。理性を失った獣のように、本能の叫びを放出する。


 息が切れた。闇の中に、濃厚な沈黙が充満する。一秒、二秒、三秒――。その重たい空白は、永遠に続くかのように思われた。


「ふふ」


 軽やかな笑い声が部屋に落ちた。死神が笑っている。アフロが細かく震えた。


「優磨君……あなた本当に変わりましたねぇ」


 その声音には全く色がない。馬鹿にする調子も、言祝ぐ調子もなく、ただただ音だけが奴の口からこぼれていく。


「立派ですよ。こんな風に死神(わたし)に楯突いてくるなんて――感心しました」


 相変わらず死神の表情は見えなかった。


「ふふ、悪くないですね……」


 死神の声が掠れていく。


「でもねぇ。ひとつだけ言わせてくださいよ」


 その姿も闇の中に溶けていく。


「どんなにあなたがもがいても、私と交わした約束はまだ有効ですからね……」


 鳥肌が立った。背すじが凍る。


 ――涼乃が死ぬか。涼乃を守って僕が死ぬか。


「ふざけんな! 僕は死にたくない! でも――涼乃だって死なせない!」


 腹の底から叫んだ。こんな奴に、何一つだって渡してやるもんか!


 もはや死神の姿は闇と同化していた。一瞬、あの暗い瞳と視線がぶつかった気がする。

 最後に残ったのは、死神の不吉な言葉だった。


「後悔だけはしないようにね。後悔だけは……」


 ――それが一番、人を苦しめるんですから。


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