第三章 1
「あなた、ずいぶんと幸せそうですねぇ」
ベッドの上で石みたいに硬直する僕に、不吉な声がべったりと貼りついた。
――かたんかたん。
あぁ、分かってたよ、今夜はきっと現れるって。
「私との約束、まさか忘れていないですよねぇ?」
黒々とした塊が金縛りで動けない僕の顔を覗きこんでくる。大きなアフロと、底無し沼みたいな瞳。
――死神。
「優磨君、なんだかずいぶん楽しそうじゃないですか? 偽の両親と仲良くやって……涼乃さんと恋仲になって。そんなことしていていいんですか?」
僕は歯を食いしばった。
こんなやつに指摘されるまでもない。あの瞬間からすっと自己嫌悪で胸クソ悪いんだ。
――なんで涼乃に想いを伝えてしまったんだろう。
「かわいそうですねぇ、涼乃さん」
死神は大げさに肩をすくめる。
「どうせすぐ死んでしまう相手と恋人になってしまって。そんなことしたら、彼女が嘆き悲しむってことが想像できなかったんですか?」
うるさい。そんなこと、僕が誰より一番考えてた。
僕は彼女の人生の途中で消えていくべき存在。やがて忘れてもらうべき人間。
僕が涼乃の特別である必要なんてない。僕は彼女の“その他大勢”であるべきだった。
どんなに好きで、好きで、大好きで、ほかの男に渡したくないって思っても――。
恋人なんかになっちゃいけなかったのに。
「私の示した運命を忘れないでくださいよ。あなたは涼乃さんを守って死ぬんです。蘇ったあなたの命は、そのためだけにあるんでしょう?」
分かってる、僕はそのためだけに生きてきた。
「浮かれて過ごして失敗しないでくださいよ。あなたが死ななければ、涼乃さんが死ぬんです」
そうだ、選択肢は二つしかない。
涼乃が死ぬか。涼乃を守って僕が死ぬか。
(大丈夫だ。絶対にやり遂げてみせる)
「そうしてください。――ねぇ優磨君。私ね、あなたがまた空色電車にやってくるのを楽しみにしてますよ。私、あなたのことが大好きなんですから――」
気持ち悪いことを言いやがって。
くっくっと笑う死神に、これまで感じたことのない凄まじい嫌悪感が湧き上がってきた。
死神には感謝すべきだと思ってる。
僕は本来、七歳のあの夜に母親とともに死ぬはずだった。それを死神に救われて、涼乃を守る運命を与えてもらった。そのおかげでこうして中学二年生まで生き長らえたんだ。
今の自分がいるのは死神のおかげだ、分かってる。
でも。
その理屈を吹き飛ばす勢いで、死神への怒りがおさまらない。
――呪いなんかかけやがって。
ちくしょう。
――なんで死ななきゃいけないんだ。
なんで僕が、こいつの言う通り死ななきゃいけないんだよ――!




