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世田谷で僕を待っていたのは、全く新しい生活だった。
北関東の田舎から、都会の住宅街へ。
二間のボロアパートから、広々とした一軒家へ。
山丘家は大富豪というわけではなかったけど、母と僕のこれまでと比べれば夢のように裕福だった。
山丘のおじさんとおばさんには子どもが二人いた。
小学六年生の兄と、幼稚園に通う妹。
兄の賢都は中学受験をひかえて忙しく、新たに増えた異分子にかまう余裕はないようで、僕は徹底的に無視された。まるで僕の姿が見えないみたいに。
妹の杏奈は五歳。
突然訪れた家族の変化に気づかないほどには幼くなく、思っていることを隠しておけるほどにはオトナではなかった。
「ねぇ、この子、どうして自分の家に帰らないの?」
夜、たたみに並べられた布団の中で、杏奈は自分の母親に何度もたずねた。母親の向こうに僕がいることを知りながら。
「優磨はうちの家族になったのよ。杏奈のお兄ちゃんだよ」
「そんなのおかしいよ。この間までお兄ちゃんは一人だったのに。この子、拾ってきた子なんでしょ?」
山丘のおばさんは杏奈を何度もたしなめたのだけど、それでも彼女は僕という存在の異質さになじむことはなかった。
でもね、それは僕にとって苦しいことじゃなかったんだ。むしろ僕を一生懸命排除しようとし続けた杏奈に感謝したいくらい。
だって、山丘のおばさんはいつだって本当に優しいけど、僕の本当のお母さんじゃない。
僕のお母さんは、毎日僕をなじって痣をくれたあの人だったから。それを忘れちゃいけない気がしたから。