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死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
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8


 ピストルの音とともに全員リレーが始まると、僕の視線は涼乃だけを追いかけた。


 風に乗って涼乃は走る。すらりと長い足がその力を存分に発揮して、他のクラスのライバルたちを引き離す。


 あんなに元気がなかったのに。

 きっと体育祭なんて大嫌いだろうに。

 クラスの勝ち負けなんてどうでもいいだろうに。


 それでも涼乃は手を抜かない。

 彼女は潔くてかっこいい。


「涼乃、頑張れ!」


 どうしたって応援したくなる。

 この気持ちは僕の胸の奥から絶えることなく湧き上がってくる。


 ――僕はやっぱり君が好きだな。


 もしも僕が普通に生きて、死神と出会うことがなかったとしたって、きっと涼乃のことを好きになったと思うんだ。


 あの死神は、僕の運命を“呪い”だなんて言ったけど――この気持ちは、決して“呪い”の産物なんかじゃない。


 不意に僕の前に並んだ本山が振り返った。腹に軽いパンチが飛んでくる。


「おい、いいんちょー。敵を応援するんじゃねーよ」


「いいじゃん別に」


「ダメだ。クラスよりカノジョを優先させるような野郎を俺は許さねぇぞ」


「はぁっ!?」


 僕はギョッとする。


「カノジョってなんだよ。涼乃は友だちだけど」


「え? 優磨って夏原さんと付き合ってんじゃないの?」


「あんな素敵な女の子が僕なんかと付き合うわけないだろ」


 なんて説得力があるんだ。自分で言ってて虚しくなる。


 でも本山は納得しなかった。いやいやいや、と高速で首を振る。


「確かに全くちっとも全然つりあわないとは思うけど、お前ら毎日公園で一緒に朝ごはん食べてるんだろ? しかも“涼乃”って名前呼びだし。それで付き合ってない方がおかしいでしょ」


 僕はふきだしそうになった。


「なんで公園のこと知ってんだよ? 本山、お前やっぱり僕のストーカーだろ?」


「んなわけないだろ。とっくに噂になってるよ。誰でも知ってる」


 信じられない。学校の噂って怖い。


「で、まさか本当に付き合ってないのかよ?」


「しつこいなぁ、付き合ってないってば」


「じゃあこれから告るのか。頑張れ、健闘を祈る」


 なにを勝手なことを。

 “告る”なんて、そんなことするわけないだろう。


「夏原さんの誕生日、もうすぐだしな。ちょうどいいから誕生日に告っちゃえよ」


 僕は再びギョッとした。


「なんで涼乃の誕生日なんて知ってんの?」


 だって一応長い付き合いだし、と本山は肩をすくめる。そういえばこいつ、涼乃とは保育園からの付き合いなんだっけ。


「“夏原”なのに夏生まれじゃないんだなぁ、って思って印象的だったんだよな」


「当たり前だろ、夏原は名字だぞ。この世の夏原さんがみんな夏に生まれるわけがないだろうが」


「よし、優磨、俺が決めてやる。お前は夏原さんの誕生日に告白するのだ。応援するぞ」


「はぁ? 勝手なこと言うなよ! ていうか、お前もうすぐ走る番だぞ!」


 やっべ、と叫んで本山はウォーミングアップを始めた。切り替えがはやい奴だ。


 はぁ、と僕はため息をつく。


 告る、だなんて。そんなことできるわけがない。


 万が一涼乃が僕の気持ちに応えてくれたとして、それでどうする?


 ――かたんかたん。


 鼓膜が異音を感知する。耳鳴りのように脳を直接支配するこの音――。


 ――かたんかたん。


 背すじを冷たいものが下っていく。底無しの沼から放たれるようなあの視線を感じ取って。


 いる。


 間違いない、死神がいる。僕を監視してる。


 ――あなたのその命は、運命の女の子を救うためのもの。


 分かってる。ちゃんと分かってるよ。そのために生き延びたんだから。僕はどうせ、すぐに死ぬ。彼女を守って。


 だから。


 涼乃の恋人になるなんて。

 そんな恐ろしいこと、許されるわけないんだ。

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