表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
28/104

26

 しんと静まり返った山丘家のダイニングで、僕は縮こまって椅子に座っていた。


 目の前に黙って構えるおばさんの表情はいつになく険しい。


 あぁ、僕、本当にまずいことをしてしまった。

 なるべく山丘のおじさんおばさんに迷惑をかけないよう、大人しく生活していたのに。


 自分の行動を冷静に振り返ると、冷や汗がにじむ。

 要するに、僕は山丘家の誰にも何も言わず、夜の寒空の下に突然飛び出したんだ。たしかに「家出」だ。これはまずい。しかも鞄も財布も何一つ持たずに。


 あの時は涼乃のことで頭がいっぱいで、常識的な判断が何一つできてなかった。せめて一言メモでも残して家を出ればよかったんだ。


 ガチャリ、と玄関のドアが開く音がして、山丘のおじさんがダイニングに現れた。


 外を探し回ってくれたんだろうか、マフラーに半分埋まった顔が霜焼けたように赤かった。


「あの……」


 謝らなきゃと思って僕は立ち上がった。


「すいません、僕、すごく焦ってて、何も言わずに家を出ちゃって」


 お父さんは眉をひそめたまま黙っていた。

 怒っているのか、呆れているのか。表情が複雑で読み取れない。


「あの……今日は迷惑をかけてしまってごめんなさい……もうこんなことは……」


 二度としない、と約束する前に、僕の言葉は怒声に遮られた。


「お前は何を言ってるんだ!」


 怒鳴ったのはおじさんだった。

 山丘家に来て五年、こんなに激しく怒られたのは初めてだった。


 でも、怒られるのも当然だ。こんなに迷惑をかけたんだから。警察沙汰になっちゃって、きっと近所の人の噂にもなってしまう。


 ただでさえ山丘家にとって、僕は迷惑な厄介者なのに。


 ――僕、もうここにはいられないかもしれない。


 そんな考えが思い浮かぶと、情けないことに少し泣けてきた。


「優磨、よく聞きなさい」


 おじさんはコートのまま椅子に座って、僕にも座るよう促した。向かい合うおじさんの瞳には、強い憤りが燃えている。


「優磨、今日お前がしでかしたことは、私たちに迷惑をかけたことじゃない――心配をかけたことだ」


「……えっ?」


 思いがけない言葉に、僕は目を見開いた。

 おじさんの隣でおばさんは大きくうなずいていた。


「心配……ですか?」


 そうよ、とおばさんが身を乗り出した。


「こんな寒い日に何も言わずに外に飛び出して、何時間も帰ってこない。事件に巻き込まれたのかしら、外で凍えてないかしらって、気が気じゃなかったよ!」


「えっ……」


 僕は驚いて、なんと答えるべきなのか分からなくなってしまった。それで、思ったままの言葉が口をつく。


「僕なんかのことを、心配してくれたんですか?」


「当たり前でしょう!」


 おばさんの言葉に、今度はおじさんが大きく頷いた。その表情には、怒りとは違う、もどかしさみたいなものが浮かんでいる。


「優磨、私たちは本当に君を心配したんだ。……もう少し自分のことを大事にしてくれないか? こんなことが何度もあったら、私たちの心臓がもたないぞ」


 あれ……?


 胸を衝かれたような衝撃だった。


 ――僕、今のおじさんと同じようなことを、夏原さんに……涼乃に伝えたばかりじゃないか。


『夏原さんはもう少し自分のことを大事にしなきゃ。僕、こんなことが何度もあったら身がもたないよ』


 涼乃のことが心配で、いてもたってもいられなくて。

 それで僕は家を飛び出した。


 夜空の下で眠り込んで青ざめた涼乃に、『なにやってんだ!?』って怒鳴りつけた。


 心配だったから。

 涼乃に何かあったらどうしようって。


 ――それと同じように、山丘のおじさんおばさんも……。


「僕を心配してくれたんですか?」


 突然ぽろぽろと涙がこぼれてきた。


 ――知らなかった。


 目の前で、山丘のおじさんが困ったように笑っている。


 おばさんはハンカチを差し出してくれた。


 その笑顔が、仕草が、これまでとは全く違ったものに見えた。


 紅茶のカップみたいに、芯から凍えた命を、まるごと温めてくれるような……。


 涙が、止まらない。


 ――……僕、この人たちに、こんなに大切にされてたのか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ