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死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
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 駆け込むようにファミレスに入って、目についた軽食とドリンクバーを注文した。紅茶を入れて差し出すと、夏原さんは冷えた手でおそるおそるカップを包んだ。


「あったかい……」


「飲んだらもっとあったまるよ」


 何度かカップに口をつけると、彼女の頬や唇に色が戻ってきた。今度こそ本当にホッと胸を撫で下ろした。


 ――ダメだなぁ。君に何かあったら、僕は耐えられそうにないや。


「いったい何時間くらいあそこにいたの?」


「うーん……今はもう九時半か……てことは三時間くらいかな?」


 信じられない。こんな中、制服で、外に三時間も。


「ていうかさ、山丘くんばっかり私に質問しないでよ」


 ぎゅっときつい視線に射抜かれた。

 よかった、夏原さんのいつもの調子が帰ってきた。


「なんで山丘君が突然現れたの? しかもそんな格好で」


「ん……わっ! しまった、そうだ僕部屋着だったんだ!」


 グレーのスウェットの上下に、のびきった厚手のカーディガン。ダサすぎる。


「僕、自分の部屋で勉強してて、そしたら窓の外から――って、そういえば、あの猫は!?」


「……山丘くん、さっきから何言ってるか分からないわよ」


 くすりと彼女が笑って、ゆっくり説明してよ、と言う。微かな笑顔が嬉しい。


「ええと……公園にたまにいる黒猫に、誘い出されたんだよね」


 夏原さんのもとにたどりついた経緯を説明すると、彼女はぽかんと口を開けた。


「なにそれ? あのクロちゃんが山丘くんを連れてきてくれたの? そんなことってある?」


「僕だって信じられないけどさ……」


 でも、本当だ。黒猫が窓を引っかいて僕を部屋から連れ出さなければ、僕はまだ今ごろのんきに勉強してたはずだ。


「手遅れにならなくて良かった」


 改めてそう言うと、テーブルを挟んで向かい合った夏原さんが一瞬ぐっと喉をつまらせた。


「……大げさだよ」


「そんなことない。夏原さんはもう少し自分のことを大事にしなきゃ。僕、こんなことが何度もあったら身がもたないよ」


 ――君は知らないと思うけど、君は死の淵に立っている女の子なんだから。


 彼女はそっと瞼を伏せる。


「別にこの程度のこと、大丈夫なのに……それに、毎回山丘君に助けてもらおうなんて思ってないから」


「君に頼まれなくたって、僕は助けに行っちゃうけどね」


 だってそれが僕の運命だ。


 ――僕は、君を守るためだけに、死の世界から戻ってきたんだから。


「もう……っ」


 顔を上げた夏原さんは、なんだか泣き笑いの表情だった。


「山丘くんて、本当に変な人」


「うん。変かもしれない」


「そういえば最初に話した時も、“運命”とか、“君を探してた”とか、変なこと言ってたよね」


「うん。言ったよ」


 もちろん覚えてる。僕が、僕の運命の女の子と、初めて言葉を交わした新緑の朝のこと。


「……今だから言うけど。私ね、あの時山丘くんに話しかけられる前から、君のこと知ってたんだ」


「そうなの? 剣道部の体験入部に参加したからかな?」


「違うよ。それより前から」


 僕は驚いて彼女の顔を見る。カップから上る紅茶の湯気が、二人の視線をひとときさえぎった。


「“親のいない、かわいそうな男の子”」


 入学式の翌日にそういう噂を聞いたのよ、と彼女の調子は淡々としていた。


「それで山丘くんのこと、こっそり目で追いかけてた。でも君は全然“かわいそう”に見えなかった。人当たりがよくて、ちゃんと友だちがいて、優しくて」


 彼女は大きく息を吐く。


「目障りだったの。親がいなくてもちゃんと中学生をしてる君が。山丘くんの存在自体が私を追いつめる呪いみたいだった」


 平手で打たれたような衝撃で、僕はしばらく固まってしまった。


 入学式で彼女に一目惚れした。

 最初の一月、僕は勝手に君に焦がれていただけだったのに。

 僕が君を追い詰めるだなんて。何がどうこんがらがってしまったら、そんなことになるんだろう。


「ねぇ山丘くん、もうすぐ十時よ。そろそろ帰ろう……もう家に入れると思うの」



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