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長い夏休みを終えた始業式の朝、いつもの公園に顔を出すと、やっぱりそこには夏原さんがいた。
久々に会った彼女はほんのり日焼けしていた。健康的で可愛い。
「夏って最悪なのよ。防具の中が蒸れて暑くて死にそうなんだから」
夏原さんは夏休みをほとんど剣道に費やして、部活の宿泊合宿や小学生まで通っていた武道場でも稽古をつけてもらっていたらしい。
「体力づくりで外を走るのも夏場は勘弁してほしいわよ。あーぁ、よかった夏休みが終わってくれて」
「剣道って大変なんだね」
「まぁね。うちは強豪校だからしようがないんだけど。で、山丘君はなにしてたの?」
僕は彼女のその言葉にすぐに飛びついてしまって、
「え、夏原さんも僕に興味があるの?」
と身を乗り出したんだけど、
「バカじゃないの? 部活のない暇人の生活が想像すらできなかったから聞いただけよ」
と、ささやかな期待を力いっぱい打ち落とされた。
ですよね。僕に興味があるんじゃなくて、僕みたいなカスの生活を天上からのぞきみてやろうという気まぐれですよね。
まぁ、それでもいいや。
「僕は本を読んだり、宿題やったり。あと家の人たちと旅行にいったよ。静岡の海水浴場に」
「へぇ。なんか夏っぽくていいね。私も海とか行ってみたいなぁ」
「え、行ったことない?」
「うん、まぁ、ほら……剣道が忙しいからさ」
秋限定のマロンクリームメロンパンを頬張って、彼女はちょっと口ごもる。(そのパンの名称はマロンパンではダメですか?)
彼女にしてはめずらしく勢いを欠く返答に、僕は自分の推測を思い出した――夏原さんにはやっぱり親がいないんだろうか?
家族旅行の話なんかしなきゃよかった。大失敗だ。話題を変えなきゃ。
「そういえばさ、夏原さんて、いつから剣道やってるの?」
なによ、突然? と警戒しながらも、彼女は意外に素直に教えてくれた。
「五歳からよ」
「え、そんなに小さい頃から!?」
幼稚園児でも剣道ができるのかな? 竹刀のほうが大きそうだけど。
「なんで剣道を始めようと思ったの?」
五歳の女の子の選択としてはずいぶん勇ましい。
「……うちは両親が若い頃に剣道やってたからね」
どきりとした。避けたはずの親の話になってしまった。
「まぁ、あの人たち今は剣道にはちっとも興味ないみたいだけど」
彼女はずずっと牛乳を飲み干した。その豪快な飲みっぷりを見守りながら、やっぱり自分の想像なんてアテにならないな、と苦笑していた。両親、ちゃんといるじゃん。
でも、親の話をする彼女の表情はなんだかもろいガラスのようで。
僕はそれが気になってしかたがなかったんだ。




