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四月の終わりの金曜日のことだった。
よく晴れた空の下、いつものように学校へと向かう。
僕の家から中学校までは徒歩十五分ほど。
普段は交通量の多い道を避けて裏の住宅街を抜けていくんだけど、その日はコンビニに寄りたくて、用賀中町通りを歩いた。
「にゃあ」
買い物を終えて店の外に出ると、か細い鳴き声が聞こえた。
自動ドアの脇に黒猫がいた。首輪をしてなくて、尻尾が妙に長い。ノラ猫なんてめずらしいなと見つめると、そいつは不意と顔を背けた。コンビニの外壁に添って直角に曲がって消えてしまう。
「……怪我してる?」
四本足で歩く姿がぎこちない。よく見れば尻尾のところどころに毛がなくて、体が驚くほど薄い。
「待って」
痛々しい姿を見捨てて置けなくて、僕は通学路を外れて黒猫を追いかけた。
「なぁ、待ちなよ。なんかご飯食べる? ミルクとか飲むか?」
――そんなに痩せて、全然食べてないんだろ? 空腹はつらいよな。僕、よく知ってるんだよ。
驚かせないようにゆっくり追いかけたんだけど、黒猫は僕を振り返らない。目指す場所が決まっているかのように、緩やかな坂を登っていった。
見上げた先に小さな公園がある。黒猫はそこに滑り込んだ。
おかしい。僕は目をこすった。
普段は存在も意識しないような公園だ。子どもが遊んでいるのを見たこともない。狭くて、無作法に緑が茂り、錆びたすべり台だけがぽつんと誰かを待っているようなその場所が。
どういうわけか、朝の光を一身に受けてきらきらと輝いている。
光に目を細めながら、僕も公園に踏み込んだ。
そして。
黒猫が、一人の少女の目の前で立ち止まる。
東屋風のベンチに腰掛けた、セーラー服の足もとに。
「おいで」
そう呼びかけたその少女は――僕の運命の女の子。
さらりと長い黒髪に、新緑の作る光と影が揺れていた。
「……夏原、涼乃さん」




