エピローグ 1
長らく居着いていた電車を降りて、私は川岸を歩き始めた。
きらきらと光を湛える川面を風が撫でていく。岸辺に咲いた花があざやかな花弁を膨らますように揺れた。
その色彩を踏み潰してしまわないように、草地を選んで歩みを進める。
どこに向かっているのだろう。いっかな見当がつかないのに、私の足は自然と土草を交互に踏んでいく。
つい先ほど別れを告げた少年の声が耳朶をついたまま離れてくれなかった。死にたくない悔しいと、泣きじゃくった彼。
今、私の体は奇妙に軽い。きっと、最期の力を彼に差し出したからだろう。
ほんの少し時間を巻き戻すことしかできなかったけれど。
彼は無事に己の望みを叶えることができただろうか。
あの空色電車を降りた今となっては、それを知る術がない。
死んでからずっと、あの電車に囚われていた。
自ら命を断った報いだったのだろう。車窓は、己が望んで離れたはずの地上の様子を絶えず映しては私を苦しめた。
――もっとはやくに伝えればよかった!
家の中のものを無茶苦茶に投げ飛ばし、荒れ果てた小さな部屋の中で、私の愛した女性がうずくまっている。
抱えた己の腹をかきむしるようにして彼女は、小さく叫ぶ。
――この子がお腹にいることを知れば、生きていてくれたかもしれないのに!
少し膨らみ始めた腹に向けた視線が危うい。
――私が……この子が……。
涙にゆらぐ眼差しにまじる、暗くて重たいもの。
――なんで、私を見捨てて死んじゃったの……?
見ていられなかった。
あなたが悪いのじゃないと、彼女の背をさすってやりたかった。そんなに嘆かないでくれ、と。ただ私の弱さだけがその理由なのだから、と。
でも、それができない。
私はただの傍観者の位置に据えられて立ち尽くすしかできない。
それが“死”というものだったのだ。
彼女の一日が夜に沈むと、車窓はまた別の光景を映し出す。それは様々な未来だった――いや、いくつもの未来の可能性だった。
明るいものはひとつもなかった。
私の愛した彼女は、やがて死ぬ。寿命を全うすることなく、命を経つ。それは一年後であったり、十年後であったりしたけれど、その間、彼女が幸せそうに笑う瞬間は、ほんのひとときもなかったのだ。




