序 1
僕は幼い頃に死んだことがある。
母に殺されたんだ。
いわゆる“心中”というやつ。
もともと父はいなかったから、二人きりの家族だった。母は若くて孤独だった。僕は母以外の親族を知らないまま育った。
今ではもうずいぶん記憶が薄れてしまったのだけれど、思い出の中の母はきれいで優しくて――ひどく恐ろしかった。
よく僕をぶって僕より激しく泣いて、最後に僕を抱きしめた。
母は僕のことが大嫌いで大好きだったんだと思う。
いつだって僕を一人きりにしておくことができなくて、少しのお留守番もさせなかった。記憶にある限り母が仕事に出たことはない。家にひきこもって、僕がどこかへ消えてしまうんじゃないかって常におびえてた。
そのくせ僕を殴る。僕は殴られる理由もよく分からないまま――理由なんてなかったか、ほんのささいなことだったんだろう――痛みに耐え、ごめんなさいごめんなさいと母に謝り続けた。
そんな母だったから、自らの命を断つと決めた時、当然のように僕を連れていくことにしたんだ。
深夜のお散歩。母に連れられて歩く街灯ともるひとけのない夜道。僕の手を引く母の顔は穏やかで、ああ今日は痛いことは起こらないぞって、そっと胸を撫で下ろしていた。
まさかそのまま川に引きずり込まれるなんて、七歳の僕は思ってもみなかった。
幸いその瞬間の記憶はナイフで切りとったように失ってしまって、水の冷たさとか、息ができない苦しさ、怖さは覚えてない。
そして、不思議なことに――、
気づいた時には母と別れて一人、空色の電車に乗っていた。