蛍
その季節外れの蛍を見たのは、会社からの帰り道の途中だった。初めは何かわからなかったが、それがぼうっと黄色く発光しているのを見て、蛍だと分かったのだった。
「こんな所に蛍がいるなんて...。」
僕はそう呟いて、暫く蛍に見入っていた。
蛍は暫くその辺を飛んでいたが、やがて何処かへとんでいってしまった。
僕は、家に帰った。
「ただいま。といっても誰もいないんだけどね。」
半年前、妻に先立たれてから、僕は一人で暮らしていた。
すると、部屋の壁に黒い何かがあるのをみつけた。
それは、さっきの蛍だった。何かの拍子で家に入り込んでしまったのだろうか。
僕は、あることを思い出した。それは、亡くなった人が姿を変えて戻ってくるという話だった。
「お前、もしかして夏美か?」
蛍に向かってそう話しかけた。
「なーんてな。」
僕は一人で笑った。
そして蛍をそっと掴んで外へと逃してやった。
蛍はしばらくじっとしていたが、やがて夜空へと飛んでいった。