第8話 独裁者は不測の敵と遭遇する
シェイラが軽やかに舞う。
そのたびに盗賊の命が刈り取られていく。
彼らに抵抗の術はない。
僅かにでも反撃のそぶりを見せれば、即座に散弾かククリナイフの餌食となるからだ。
叩き込まれる一撃はあまりにも重い。
数多の戦場を経験したシェイラは、自身に向けられる殺気に敏感だった。
死角からの攻撃にも対応し、相手より先に行動する。
常に自分と敵の位置関係を考えており、最適な立ち回りで戦いを有利に運ぶ。
一見すると無謀な突進も計算し尽くされたものなのだ。
元の世界では銃弾の飛び交う戦場で活躍していたのだから、まともな訓練を受けていない盗賊など相手になるはずもない。
逃げ惑う彼らは、追い縋るシェイラの手で葬られていく。
些細な反撃すら許されず、ただ屍になることしか認められなかった。
そんなシェイラにも弱点はある。
銃の扱いが上手くないのはその筆頭と言えよう。
とにかく狙い通りに弾を当てられず、十メートルも離れれば命中率が著しく低下する。
血の滲むような訓練を重ねてその状態なので、致命的に才能がないのだ。
だからシェイラにはフルオート式の散弾銃を持たせている。
あれなら命中率など関係ない。
銃口を向けて引き金を引くだけで、中距離までの敵を耕すことができる。
精密射撃は苦手なシェイラも気に入ったらしく、もう何年も同じ銃を愛用していた。
苦手は克服すべきだが、時には諦めても必要だ。
目的に至るまでの手段は一つだけではないのだから、臨機応変に道を切り替えればいい。
シェイラはその好例であった。
(相変わらず凄まじい身のこなしだ。盗賊程度が束になったところで決して敵わないだろう)
私は側近の戦いぶりを見て感心する。
もはや誰にも止められまい。
たとえ銃を持たずククリナイフだけだったとしても、シェイラは同じ状況を作り出していたはずだ。
白兵戦の間合いでは、数の優位など存在しないに等しかった。
特に問題がないことを確かめた私は、シェイラとは別のルートで砦内を進む。
このままだと獲物をすべて取られてしまう。
そろそろ私も戦いたいので、あえて単独行動を選んだのだった。
手には拳銃とナイフがある。
他にも武器を所持しているが、ひとまずはこの組み合わせでいい。
別に丸腰でもなんとかなるので、装備については些末なことだった。
私は砦内を散策する。
絶え間なく聞こえる戦闘音から判断して、盗賊しかいないであろう方角へと向かう。
砦はかなり広大で、王国軍はまだ奥地まで至っていないようだ。
完全な占領にはまだ時間がかかるだろう。
少し先で瓦礫を踏む音がした。
物陰から現れたのは三人の盗賊だった。
彼らは私の姿を認めると、それぞれ攻撃態勢に移る。
剣と斧を持つ二人が接近し、残る一人はその場で弓矢を構える。
殺気を発した盗賊達は威勢よく叫ぶ。
「こいつをぶち殺して、他の連中も一気に追い出すぞォッ!」
彼らの気迫を受けて、私は思わず微笑する。
盗賊達はまだ元気そうだ。
士気はまだ落ち切っていなかった。
悪くない傾向だ。
それでこそ殺し甲斐がある。
反抗してくれなければ兵士の経験にならないので、このまま頑張ってほしいものだ。
振り下ろされる剣を躱し、ナイフで頸動脈を切り裂く。
横殴りの斧を屈んでやり過ごしつつ、隙だらけな顔面に銃弾を撃ち込んだ。
二人を始末した瞬間に矢が飛来する。
私はナイフで弾いて防御した。
弓を持つ盗賊は慌てた様子で二発目を番えようとしている。
まさか防がれるとは思わなかったらしい。
私は矢が飛んでくる前にナイフを投擲する。
ナイフは盗賊の胸に刺さった。
それを目にした盗賊は、驚愕した顔のまま崩れ落ちる。
歩み寄った私は引き抜いたナイフで喉を突く。
「やはり戦争は最高だ」
死体を跨ぎ越えた私は、悠々と砦内を徘徊する。
その後も遭遇した盗賊を一人残らず抹殺し、戦局に影響を与えすぎない程度に犠牲を増やしていった。
急ぐこともないので歩いて移動する。
盗賊国は特筆するほどの反撃を見せない。
戦場を一変させるような切り札の類もなく、それが用意される兆しも感じられなかった。
久々の実戦は良い気分だが、些かスリルが足りない。
作戦が成功しすぎてつまらない部分があった。
このまま終わってしまうのか。
もっと死を意識するような血みどろの争いはできないのか。
そう考えた時、少し遠くから強烈な衝撃音と悲鳴が聞こえてきた。
プラスチック爆弾とは明らかに違う。
まるで隕石でも落ちたかのような音だった。
私は足を止めて眉を寄せる。
(盗賊国が起死回生に動いたのか)
こちらの軍が魔術を使った可能性は低い。
今回は攻撃ではなく防御を重視するように伝えてある。
派手な魔術の使用を控えて力を温存し、自軍の被害を抑えるのが優先だった。
あのような音が鳴るとすれば、敵である盗賊が何かをしたと考えるのが自然だった。
(面白い。何を企んでいるのか見せてもらおう)
音のした方角に向かう途中、伝令兵と出会った。
彼は慌てた様子で私に報告する。
「総統! ま、魔族が……魔族が襲来しましたっ!」
「なるほど。さっきの音は魔族の仕業だったか」
報告を聞いた私は納得する。
魔族とは魔王軍に属する兵士のことだ。
このタイミングで乱入するとは、盗賊国と同盟でも組んでいるのだろうか。
どちらも無法者の組織なのでおかしな話でもない。
私は歩きながら伝令兵に尋ねる。
「魔族の規模はどのくらいだ」
「それが……たった一体です。奴は空からいきなり降ってきました。と、とても強くて、銃を使っても歯が立ちません……」
「ふむ。単独で乗り込んできたわけか。面白いな」
おそらく無謀な襲撃ではない。
我々に勝利する根拠があって現れたのだろう。
実に興味深いことだ。
そして是非ともその根拠を披露してほしい。
ささやかな期待を胸に抱いていると、シェイラと合流した。
無傷の彼女は息の一つも乱していない。
軍服とククリナイフに血が付着していなければ、戦闘後だとは気付かないほどだった。
シェイラは澄ました顔で言う。
「閣下、異常事態のようですね」
「魔族が乱入したそうだ。第三者の介入も想定はしていたものの、このような形だとは思わなかった。まあ、戦場にトラブルはつきものだ。単騎での襲撃らしいが、私を退屈させない相手だといいのだがね」
「この局面に手出ししてきたのです。よほど自信があるのでしょう。きっとそれなりに楽しめるかと」
「さすがは異世界だ。戦場に小粋なサプライズを寄越してくれる」
私とシェイラは獰猛な笑みを見せる。
本来、こういった展開は望ましくないが、我々からすれば喜ばしいことだった。
惰性となりかねない蹂躙に新鮮な刺激が加わる。
兵士達の訓練になる上、何より戦いを深く味わうことができる。
魔王軍とはいつかやり合う予定だった。
向こうから接触しに来たのならちょうどいい。
挨拶ついでに実力を測らせてもらおうではないか。
あっけなく死なないことを祈っている。