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第6話 独裁者は優雅に侵攻する

 軍に戻った私達は移動を再開する。

 ただし先頭を進むのは兵士ではなく千数百匹のゴブリンだ。


 完璧に洗脳された彼らは不気味なほどに足並みを揃えて歩いている。

 手には剣や盾や斧を握っている。

 弓矢や魔術用と思しき杖を持つ個体もいたが、飛び道具についてはあまり期待していない。

 正確に言うならあまり必要ではなかった。


 ゴブリン達に求めるのは肉壁だ。

 ただ進んで私達のために入口を用意するだけでいい。

 マインドコントロールで恐怖心を失った彼らならば確実に遂行できるだろう。


 一方で王国軍の兵士達は、先陣を切るゴブリンの軍勢に困惑していた。

 先ほどまで進路を阻む厄介な敵だったのだ。

 常識的に考えて味方になるはずがないのに、こうして共に行動している。

 奇妙に感じるのは当たり前だった。


 それでも反論はせずに大人しく進んでいるのは、ゴブリンを連れてきたのが私だからだ。

 彼らの中で私は神にも等しい存在である。

 私の行動に疑問を抱くのは冒涜的な行為だ。

 気遣いや心配から意見を述べることはあれど、嫌悪や反意を感じることなどありえない。


 ゴブリンと兵士の混成軍は特に問題なく進んでいく。

 兵站を度外視した規模なので、移動速度を上げて到着を急ぐ。

 多少の疲労はマインドコントロールで誤魔化せる。

 たとえ不眠不休だろうと万全の力を発揮できるようにしていた。

 合間で演説を挟むことで士気も高めてある。

 少し無理をしたペース配分だが、作戦に支障はないだろう。


 半日もすると、遥か遠くに建造物が見えてきた。

 石の外壁に囲われたそれは街というより砦と表現すべきか。


 あれが盗賊国の拠点の一つである。

 似たようなものが彼らの支配地に点在し、連携を組んで地域一帯を不当に占拠しているのだ。


(各国が攻めあぐねるのも頷ける状態だな)


 この辺りは山岳地帯で、砦は山の頂上付近にそびえ立っている。

 攻めるとなると、必ず盗賊国から見下ろされる形になってしまう。

 向こうからすれば守りやすいだろう。


 他の拠点も有利な位置に建設されているに違いない。

 馬鹿正直に仕掛ければ、甚大な被害を受けて撤退を強いられることになる。

 だから目障りであるにも関わらず、各国から黙認されている。


 性質的にはゴブリンと同じだ。

 弱いうちに駆除しておかなかったせいで、取り返しのつかないことになっている。

 そうして肥大化したのが盗賊国なのだった。


 馬車に乗る私は、微笑を浮かべて外を眺める。

 軍は既に山中を進み始めていた。

 木々に遮られて見えにくいが、真っ直ぐに砦を目指している。


 そのうち前方が騒がしくなってきた。

 ゴブリンの金切り声も聞こえる。

 兵士達は緊張した面持ちで自動小銃を握っていた。


 平常通りのシェイラは散弾銃を片手に確認してくる。


「ゴブリンが接敵したようです。援護はしない形でよろしいですね」


「ああ、突破口が開くまで待機だ。そう時間はかかるまい」


 話していると砦から数十本の矢が放たれた。

 それらは緩やかな放物線を描いてゴブリンの軍勢に降り注ぐ。


 次々と悲鳴が上がるも、損害は僅かだった。

 洗脳されたゴブリンは少々の傷では痛がるそぶりも見せない。

 どれだけ攻撃されようと動じず、機械的に接近し続けるだけだ。

 矢で殺された味方の死体を盾にして進んでいく。

 追撃の矢が降ってくるも、死体の盾が被害を抑えていた。


 ちなみに王国軍は矢の射程外で止まっているので何の痛手もない。

 このままゴブリンの突撃で砦をこじ開けるつもりだ。

 矢を射られたところで全滅はしない。

 死体の盾もあるので、被害はさらに減っていくだろう。

 ここまではほぼ理想通りの展開だった。


 双眼鏡でゴブリンの奮闘を見ていると物音がした。

 向かい側に座るシェイラの息が少し荒くなっている。

 彼女は唇を薄く噛んで何かを耐えていた。


「どうした」


「申し訳ありません、久々の戦争に気が高まっています。お恥ずかしい限りです」


「仕方のないことだ。我々にとって戦争とは、それだけの意義がある」


 私も深い昂揚感を覚えている。

 こうして平静を装っているものの、いつ均衡が崩れるか分かったものではない。

 いくら理性で取り繕ったところで本性は変わらないのだ。

 したがってシェイラの心境には共感できる。


「不測の事態も考えられる。いつでも動けるようにしておこう」


「了解。閣下の命じられるままに」


 シェイラは散弾銃を抱きしめながら応じる。

 ぎらついた眼差しは敵兵を渇望していた。

 飢えた獣のような力強さがある。


 その時、前方で炸裂音が響き渡った。

 一部のゴブリンが焼け焦げて倒れている。

 重篤な火傷で死んでいる者もいた。


 砦の外壁から火球が放たれて、ゴブリン達の只中で爆ぜる。

 それがさらなる死者を出す。

 ゴブリン達は焼けた死体を掲げて前に進む。

 矢に混ざって炸裂する火球も恐れず、ただひたすら歩み続ける。


 私はその攻防を見て呟く。


「魔術による範囲攻撃か」


「ゴブリンに押し切られる展開を嫌ったのでしょう。妥当な判断です」


「今回は悪手だがね。捨て駒のゴブリンに魔術のリソースを割けば、本命の軍と戦う前に疲弊する。籠城戦で時間を稼ぎつつ、こちらの戦力を調べるべきだった」


 戦争において情報は万金を超える価値がある。

 相手の戦力が不明瞭なまま挑むなど、自殺行為に等しかった。

 どのような状況であれ、勝ちたいのなら情報収集が必須だ。


 盗賊国がそこを徹底していれば、魔術の使用を控えることができたかもしれない。

 少なくとも進んでくるだけのゴブリンに放つような真似はしなかったのではないか。

 連続して聞こえてくる火球の炸裂音を聞いて、私は悠然と微笑む。


(見かけ倒しに騙されてはいけない。敵兵の本質を捉えるのだ)


 とにかくゴブリンは数は多い。

 しかも今回は異常に統率が取れており、多少の被害をものともせずに突き進んでくる。

 盗賊国からすれば、相当な脅威に感じられたはずだ。


 しかし、実際はそこまで強くない。

 基本的な身体能力は成人男性に劣り、頭部や心臓を傷付ければ簡単に殺せる。

 千数百という数も、山岳地帯では存分に活かせていなかった。


 無力とまでは言わないが、ゴブリンは大した敵ではない。

 戦略次第でどうとでもなる。

 盗賊国が適切な対処をしていれば、魔術を乱用せずとも足止めは十分に可能だった。


 もっとも、これらは結果論に過ぎない。

 すべてを知る私だからこそ言える話なのだ。

 盗賊国に同じ対応を求めるのは酷である。

 そもそも彼らが間違った判断を取るように仕向けているのだから、こうなることは自然な流れなのだった。


 仮に盗賊国が上手くゴブリンを倒せたとしても問題ない。

 私達は後出しで戦術を切り替えるだけだ。

 今回に備えて数十パターンの戦局を想定している。

 よほどのことが起きない限り、不測の事態に陥ることはなかった。


 この戦いは、銃火器の試用が目的であった。

 圧倒的な勝利は最低条件に過ぎない。

 そこからどれだけ損害を抑えて蹂躙できるかを重視している。

 馬車の中にいながらも、私は盗賊の屍の先を見据えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! ……盗賊国の連中からすれば、ゾンビでもないのにゾンビさながらに死を恐れずに統率された動きで攻めてくるゴブリン達のせいで、さぞ恐怖を煽られた事でしょうね。w …
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