第4話 独裁者は異世界戦力を集める
魔法陣に立つシェイラは、無言で周囲を見渡す。
私の姿を認めると、彼女は背筋を正して敬礼した。
「閣下」
「久しぶりだね、シェイラ君」
私は微笑を湛えて応じた。
シェイラは室内の人間に散弾銃を向けながら尋ねる。
「これは一体どういうことでしょうか」
「すぐに説明する。だから銃を下ろしてくれ」
「分かりました」
頷いたシェイラは大人しく構えを解く。
ただし仄かに香る殺気は鎮まっていない。
私を除く周囲の人々を信用していないのである。
怪しい挙動を取る者がいれば撃ち殺すつもりだろう。
余計な被害が出る前に、私はシェイラに事情を説明する。
すべてを隠さず端的に伝えた。
聞き終えたシェイラは、神妙な雰囲気で呟く。
「なるほど、我々は異世界に……」
「信じられるか。荒唐無稽であるのは自覚しているが」
「閣下のお言葉を疑うはずがありません。このシェイラ、貴方のために命を捧ぐ覚悟で生きておりますので」
シェイラは手本のような敬礼を披露する。
周囲の部下達は何も口を挟めずに立っていた。
実に賢明な判断だ。
水を差すような行動をした場合、シェイラの散弾銃が火を噴くことになる。
その時、シェイラの目に涙が浮かんだ。
彼女は直立不動のままむせび泣く。
不審に思った私は尋ねる。
「どうした」
「閣下が行方不明となって二週間……自決を選ばれたのではないかと危惧していたので、少し気が緩んでしまいました。日に日に絶望を重ねる貴方を見ているのは辛かったです」
シェイラは想いを吐露する。
己の絶望は見せないようにしていたが、側近の彼女には気付かれていたようだ。
召喚魔術の阻まれたものの自決も試みている。
私は想像以上に心境を悟られていたらしい。
「ですが、閣下の手に再び戦争が戻ってきました。そして第一の部下にわたくしを選んでくださった。これほど喜ばしいことはありません。涙が出るのも仕方ないでしょう」
「大げさだ」
「まったく大げさではありません。貴方のいない世界など核で滅ぼしてしまおうかと考えていました。半日後に決行する手筈でしたが、未遂で済んで良かったです」
シェイラは涙を拭って言う。
彼女は私に心酔している。
並べられた言葉に偽りはなかった。
本気で実行できるだけの地位と度胸と狂気を兼ね備えている。
そんなシェイラは足元の魔法陣を一瞥した。
散弾銃を握り直した彼女は嬉々として提案する。
「召喚魔術とやらが成功なら軍備も揃いますね。すぐにでも戦争の準備を進めましょう」
「そうだな。私も早く戦場に出たい」
「お供させていただきます」
「ああ、背中は任せた」
こうして忠実な側近を呼び出せたのだ。
本人も張り切って臨戦態勢に入っている。
それに応えて戦場を用意するのが私の役目だろう。
私は呆気に取られていた大臣に問いかける。
「現状で召喚可能な規模はどれほどだ。備蓄が尽きてもいい」
「しかし、それですと今後の計画にも支障が……」
「問題ない。すぐに取り返す。新たな王国軍による前哨戦が優先だ。この国の強さを全世界に知らしめようではないか」
私は不敵に笑う。
部下達の顔には畏怖と期待が混在していた。
◆
翌日から前哨戦の準備を開始した。
とにかく戦闘がしたかった。
通常召喚で銃火器を揃えて、かつてのような殺し合いをするのだ。
シェイラという有能な側近もいる。
元の世界で保有していた戦力を考えれば万全とは言い難いものの、十分すぎるほどに恵まれた環境だった。
それに魔力さえ確保できれば、あの時の軍隊をいくらでも呼び出せる。
かつての力を取り戻せる目処が立ったのだから、これ以上の贅沢は言えまい。
この世界には、潜在的な敵が大量に存在する。
つまりその数だけ戦争があるのだ。
手つかずの金脈が溢れんばかりに眠っているようなものである。
これらを放っておくほど私は愚かではない。
いずれ世界全土巻き込む大戦を引き起こす。
前哨戦はその発端になるだろう。
(楽しみだな。ようやく戦争ができる)
胸の高鳴りを感じながら、私は通常召喚が実施される光景を眺める。
室内には自動小銃の山ができていた。
そばには予備弾薬と手榴弾も置いてある。
元の世界の人間は、私とシェイラの他にいない。
特殊能力を付与しない通常召喚でも、生命を召喚するのはコストがかかる。
魔力を節約したい現状、銃火器を城の兵士に持たせるのが妥当だった。
元の世界の部下はいずれ呼べばいい。
戦争を続けるうちに実現するはずだ。
頼りになる者達が戦争を心待ちにしている。
翌日以降は通常召喚で武器を増やしつつ、城の兵士に銃の扱い方を学ばせた。
城の庭を使った射撃訓練だ。
マインドコントロールによって極めて柔順な兵士達は飲み込みが早い。
ただ撃つだけなら難しくないので即戦力となってくれるだろう。
本当は戦車や軍用機もほしいところだが、コストの都合で今回は断念している。
代わりに魔術師の部隊を編成した。
オカルトは好まない一方でその有効性も理解しているつもりだ。
この世界では体系化されて、立派な技術に昇華されている。
魔術は高威力で汎用性に優れている。
個人のセンスと練度で性能が左右される点を含めても使わない手はない。
発想次第でさらなる活躍も見込める。
ただし魔術師は機動力に欠ける。
半固定で術を放つ砲兵か、罠や地形操作を専門とする工兵として運用することになるだろう。
あとは敵の魔術の防御に役立ってもらう。
これで陣形は決まった。
銃火器で武装した主力部隊を魔術師が支える。
複雑な運用は難しいのでシンプルにいくべきだ。
魔術師の兵など前代未聞だが、彼らも人間には変わりない。
今まで使われてきた戦術も資料で把握している。
実戦を参考に調整し、効果的な運用を模索することになる。
そうしてシェイラを召喚してから十日後。
三千人から成る軍を連れて、私は王都を出発した。
馬車に乗る私は窓から軍隊を眺める。
向かい側にはシェイラが座っていた。
彼女は凛々しい顔ながらも喜色を覗かせる。
「こうして閣下と再び進軍できるなんて感激です」
「そうだな。私も君を選んでよかったよ」
「ああ、勿体ないお言葉です。この喜びは戦果にして献上させていただきます」
「あまり張り切らないでくれ。私の取り分が減ってしまう」
シェイラは私に劣らないほどの戦争狂だ。
そうなるように教育を施している。
彼女が本気を出せば、精鋭揃いの特殊部隊も赤子同然であった。
天性のセンスの持ち主が常軌を逸した努力を重ねて辿り着いた境地と言えよう。
仮に私が真正面から挑んだ場合、条件にもよるだろうが無傷では済まない。
超人という言葉は、まさにシェイラのためにあるようなものだった。
そんな彼女も今回は積極的に戦わないように命令している。
連れてきた軍を試すのが主な目的だからだ。
私達がやりすぎると兵士の具合を確かめる前に終わってしまう。
兵士の主武装は自動小銃で、他にも拳銃と手榴弾を持たせていた。
一応は帯剣させているが、ほとんど使う場面はないはずだ。
それを兵士達に教え込むための戦闘でもある。
マインドコントロールで従わせられるものの、やはり各々が自分で理解するのが一番だろう。
魔術師の部隊には食糧と予備の武器を運ばせている。
加えて術の補助具である杖もあるため、かなりの重労働のはずだ。
もちろんこれには理由がある。
彼らには基礎体力を付けてもらわねばならない。
足腰を鍛えて動きの鈍さを改善するのだ。
最終的には、前線の兵士と同程度の機動力で魔術を使いこなしてもらうつもりであった。
私が指導しているのだから失敗はありえない。
半年もかからず屈強な魔術兵に仕上げてみせる。
ちなみに今回の行き先――すなわち前哨戦の敵は盗賊国だ。
王国と隣接する自治領で、厳密には国として認められていない。
実態は大規模な略奪組織であり、他国に侵入しては物資や女子供を持ち去るそうだ。
各国から目の敵にされているが戦力的に侮れず、どこも余計な犠牲を出したくないために放置されている。
水面下で癒着する国もあるらしい。
色々と政治や軍事の事情が絡んで手出しできない状態なのだ。
その盗賊国をこれから叩き潰す。
王国とも領土問題が発生して、慢性的な小競り合いが起きていた。
新戦力を試すには手頃な相手だろう。
速やかに戦果を挙げて、周辺諸国に力を知らしめるきっかけにする。
異世界に来て初めての戦争だ。
存分に楽しむつもりである。