第31話 独裁者は策を発露する
殺す。
ひたすら魔物を殺す。
思考が覚束なくなるほどに殺し続ける。
私は血肉に塗れながら戦っていた。
時々、足を滑らせそうになる。
転倒すれば終わりだ。
攻撃が殺到して即死する。
魔物はまだ残っている。
そろそろ半分は切っただろうか……いや、まだ遠い。
個人で殺せるペースなど大したものではない。
銃火器はとっくに弾切れだ。
手榴弾も残り僅かで、温存するのが厳しくなってきた。
両手に握るのは魔物から奪った剣と斧である。
刃には赤黒い染みがへばり付いていた。
息を整える余裕もない。
魔物達は絶えず襲いかかってくる。
こちらの消耗を察して、ますます勢い付く始末だ。
だから私は彼らの期待を裏切って殺す。
遠くでは魔王がこちらを眺めていた。
飽きもせずに悠々と見物を決め込んでいる。
「フハハハハハ! まだ粘るか。なかなかやるではないか! しかし時間の問題だろう。貴様は休む間もなく襲われ続ける。いずれ体力が底を尽きるはずだ!」
随分と嬉しそうだ。
私が徐々に追い詰められる様子を楽しんでいる。
そこに自分が参加せずとも満喫できるらしい。
なんとも寂しい性格をしている。
私は気にせず魔物を殺す。
いくら殺しても湧いてくるので嬉々として応じた。
誰もが命を奪おうとしてくる。
その感覚に本能を刺激されて、さらなる暴力で対抗した。
斧で頭を潰して殺す。
剣で喉を薙いで殺す。
槍で首を突いて殺す。
鉈で腹を割って殺す。
杖で目を抉って殺す。
鎌で顔を裂いて殺す。
まだやれる。
私は問題ない。
全身各所の痛みは些細なものだ。
それより興奮が上回っている。
「もう終わりだ、諦めろ。貴様は魔王軍の力に屈して無残に死ぬのだ!」
魔王がうるさい。
知ったものか。
これだけ殺したのに、敵は大量に残っている。
殲滅するまで終わらないのだ。
私も死ぬわけにはいかない。
刹那、身体が後方へ吹き飛ばされた。
黒い床に背中を打って息が漏れる。
突き飛ばされたのではない。
どさくさに紛れて魔術を食らったのだ。
胸部に違和感がある。
今の衝撃で肋骨が何本か折れたらしい。
オカルトめ、私の邪魔をするか。
なんとも忌まわしいことだ。
立ち上がろうとした時、目の前には魔物が集まっていた。
彼らは既に武器を掲げている。
こちらが行動する前に仕掛けてくるつもりだ。
すべての攻撃に対処するのは困難だろう。
下卑た笑みが並んでいる。
魔王ルベルも楽しそうに声を弾ませた。
「死ね、総統!」
「――ここまでか」
倒れたままの私は呟く。
魔物達が武器を振り下ろそうとしたその時、彼らの頭上に巨大なコンクリートの塊が出現した。
プレハブほどのサイズのそれが自由落下で魔物達を押し潰す。
弾けた鮮血が私の顔を汚した。
予想外の光景にルベルが驚きの声を洩らす。
「何っ」
「我ながら情けない。自力ではここまでとは。今後の課題だな」
ぼやいた私は立ち上がる。
出血によるものか、少し脱力感を覚えた。
気を抜くとまた倒れそうだ。
下敷きにならなかった魔物達は距離を取っていた。
さすがに今の不意打ちには警戒心を煽られたようだ。
迂闊に近付くと二の舞になると思ったらしい。
私はコンクリートの側面に回り込む。
そこには半開き扉があった。
中を覗くと部屋になっており、数多くの軍事用品が散乱している。
落下の衝撃で棚が倒れて酷い有様だった。
加えて壁の一面が丸ごと削れて魔物やルベルが見えている。
随分と乱暴なやり方になってしまった。
それでも欲しい物はしっかり揃っているので作戦通りと言えよう。
部屋に入った私は、床に落ちていた医療用スプレーを傷口に噴きかける。
泡立った液が凝固して出血を防ぐ。
即効性で鎮痛作用もあるので使い勝手が良い。
腕に包帯を巻き付けつつ、私はルベルに話しかけた。
「待たせたね。保管した部屋ごと召喚したので時間がかかってしまったよ」
「貴様の指輪は既に封じたはずだ! なぜ召喚できるのだッ」
「単純な話さ。予備があっただけだよ」
私はポケットから複数の指輪を取り出す。
一つは封印魔術を受けているが、他は機能が生きていた。
魔物達との白兵戦を始めた段階で、私は召喚の要請を行っていた。
闇の結界の影響で酷いタイムラグがあったが、予備の指輪はしっかりと役目を果たしてくれた。
ちなみに私の所持する遠隔召喚の指輪には三つのタイプがある。
効果に違いはなく、どこの国の魔法陣に繋がっているかで区分している。
それぞれ王国と帝国と公国に接続しており、どこの国が潰されても召喚機能が使えるようにしてあった。
使い切ったスプレーを捨てた私は得意げに語る。
「洗脳と指輪を封じられた後は、あえて手持ちの武器だけで戦った。そうすることで新たな召喚ができないと君に思い込ませたのだ」
「ぐっ、小癪な……」
「余談だが他にも指輪は隠し持っている。たとえば靴底や、口内、腹の中だ。私はあらゆる事態を想定している。君の策など取るに足らないのだよ」
今回はあらゆる角度からの封印を想定してきた。
体内に忍ばせた指輪で召喚する訓練も行っており、自在に発動できるようにしている。
ポケットに入れた指輪で遠隔召喚ができるのもその副次的な成果だ。
私が不敵に微笑むと、悔しげだったルベルはいきなり光弾を放ってきた。
「舐めるな! 何度でも封印を施せばいいだけであろうッ!」
飛来した封印魔術が予備の指輪に命中する。
ところが光は定着せずに霧散した。
ルベルは何度も光弾を飛ばしてくるが意味を為さない。
私は指輪を装着しながら悠々と説明する。
「無駄だよ。封印魔術は対策済みだ。元魔王が君の手の内を教えてくれたからね。私の肉体は様々な系統の術で保護されている。理論上、君が私に何らかの封印を施すには半日はかかるそうだ。短縮できたとしても十分すぎる猶予だろう」
現魔王が能力を封じることを知っているのだから、その対策をしていないはずがない。
私の全身には魔術的な刻印が施されていた。
オカルト的な趣味をひけらかすようで抵抗はあったものの、こればかりは仕方あるまい。
必要な措置として自らを納得させている。
私は血を吐き捨てて微笑した。
「君が奪ったのは指輪と能力だけだ。満足かね」
「待て! そこまで厳重な保護ならば、一切合切を封じられないようにできたはずだ! なぜその指輪と能力を守らなかったのだ!?」
ルベルが怒りに顔を染めて叫ぶ。
先ほどまでの余裕と喜びが一転していた。
彼の迫力にやられて、配下の魔物も動くべきか迷っている。
私はルベルを指差して指摘する。
「そう、君のその顔が見たかったのだよ。封印魔術が成功したのだと思わせて、勝利の希望を抱かせたかった。後になってすべて私の策であったと判明したら悔しいだろう。予想通りの反応をしてくれて感謝しているよ」
「貴様ァ……ッ!」
ルベルがどす黒い殺気を放出する。
理想通りのリアクションだった。
苦労をして準備を進めた甲斐があった。
私は棚に足をかけて宣言する。
「素晴らしい戦いを提供してくれた礼だ。君にとっておきの兵器を紹介しよう」




