第3話 独裁者は召喚魔術を解析する
その日の夜、私は城内の私室にて紅茶を飲んでいた。
向かい側に座る大臣は、畏怖の混ざった笑みでクッキーを口に運ぶ。
彼は気まずい空気を誤魔化すように称賛を述べる。
「いやはや、さすがは総統です。まさか黄金獅子を一人で皆殺しにされるとは……」
「彼らは動揺で本来の実力を出せていなかった。連携の崩壊した部隊など取るに足らない戦力だ」
私は紅茶を飲み干しながら言う。
すかさず大臣がポットから二杯目を注いだ。
数時間ほど前、私のもとに現れた黄金獅子は壊滅した。
死体は既に処理して城内の騒ぎも治めている。
彼らと戦った私は当然ながら無傷だ。
あの程度の戦力に苦戦するはずもない。
それでも暇潰しにはなったので感謝している。
久々に実戦で身体を動かすことができた。
やはり指令を飛ばしてばかりの戦いは良くない。
黄金獅子の中には魔術師もいたので、その立ち回りを観察させてもらった。
やはり間近で戦い方を学べる機会は逃すべきではない。
城内の部下にも魔術師はいるが、基礎知識の習得を優先して戦っていなかったのだ。
予想外の出来事だったものの、収穫はなかなかに充実している。
結論として魔術師はあまり強くない。
少し期待していたものの、私の命を脅かすようなレベルではなかった。
むしろ対処法を知っていれば、仕留めやすい部類と言える。
魔術師は動きが鈍い。
呪文の詠唱に気を取られるせいで常に反応が遅れるのだ。
指輪や魔法陣といった補助具で詠唱を省略する者もいたが、視線や殺気で攻撃のタイミングが分かる。
どのみち劣勢に追い込まれる展開にはならなかった。
武術と魔術の両立は難しい。
故にこの世界では、それぞれの兵科に分けて訓練するのが一般的だそうだ。
魔術師が素早く動けるようにするのではなく、他の兵士が守りを固めてやるのがセオリーだという。
そうすることで術に集中できる環境を構築する。
私のイメージや方針とは違うものの、納得のできる無難な戦法だ。
(少し物足りなかったが、良い経験にはなった)
紅茶を飲みつつ、黄金獅子との戦闘を振り返る。
脳内で何度もシミュレーションして、さらなる効率化を図っていく。
繰り返せば繰り返すほど精度は高まる。
そのたびに私の戦術も洗練される。
沈黙が気まずかったのか、大臣が慎重に質問をしてきた。
「そ、総統は何か特殊な武術を習っていたのですか? とてつもない強さでしたが……」
「最低限の訓練しか受けていない。あとはひたすら実戦で身に付けた」
一兵卒の頃、私は使い捨て同然の扱いで出撃した。
最初は悪運の強さで生き延びていたが、何度も死線を潜り抜ける中で実力が伴っていった。
敵味方を問わず、その動きを観察して盗むようになったのだ。
極限状態の戦場において、私は模倣の才能を開花させた。
実戦で盗んだ技を実戦で試していく。
気になる点があれば実戦で修正し、満足のいくまで微調整を重ねる。
あとは反復練習の日々だ。
幸いにも実戦はいくらでも用意されている。
私は戦場の虜となり、危険な任務も嬉々として引き受けた。
己の刃をただひたすら研ぎ澄ませて、検証と勝利を積み上げていく。
地位が上がるにつれて前線で戦うことが減ったが、近接戦闘には今でも自信がある。
鍛え上げた観察眼は読み合いに使える。
そこに心理術を併用すれば、単独でも一方的な蹂躙が可能だった。
黄金獅子との戦闘も、場の空気を支配することで理想の流れに持ち込むことができた。
(最高指導者などと呼ばれていたものの、私が最も得意とするのは白兵戦だ)
特に原始的な武器による殺し合いが良い。
壊滅寸前の局面で決行したゲリラ戦は今でも忘れない。
数週間に渡る奇襲と攪乱は、圧倒的に有利だったはずの敵軍を壊滅させるまで続いた。
この世界でも同じような状況を味わってみたいものである。
古い仲の者は、私のことを史上最悪の戦争狂と称する。
あながち間違いではないだろう。
我ながら人類の癌だと思っていた。
これといった宗派や思想もなく、民を扇動して戦争へと焚き立てるのだ。
戦争のための戦争であり、悪辣と評する他あるまい。
それにしても、培ってきた戦闘技能が異世界の兵士にも通用することが判明した。
マインドコントロールに依存したくないので良かった。
反則気味の能力に頼り切った戦闘など面白くない。
前準備や煩わしい工程を省くのには使うが、それ以外での乱用は避けたいところだ。
ひとまず城の兵士は掌握し、異世界の戦術も学んだ。
まだ色々と不足気味ではあるものの、最低限の下地は整ったと言えよう。
(これで銃火器も揃っていれば最高なのだが……)
手元にあるのは一丁の拳銃のみだ。
この世界では銃火器がほとんど普及していない。
あったとしても劣悪な性能の大砲や火縄銃くらいで、私が求めるレベルには到底達していなかった。
高価な上に故障しやすく、おまけに魔術という遠隔攻撃手段があるのだ。
その関係でどうしても見劣りし、技術の成長が滞っている。
仮に大砲や火縄銃を無理に配備したところで、私の意に沿わない形になるのは明白だった。
(できればオカルト……魔術に依存した戦いはしたくない)
これは好みの問題である。
世界が違うのだから合わせるべきかもしれないが、私は戦場に充満する血と硝煙の香りが忘れられないのだ。
そこさえ再現できれば最高の舞台が整う。
どうにかして現代兵器を揃えられないものか。
きっと何か方法があるはずだ。
暫し悩んでいると、大臣がおずおずと話しかけてくる。
「あの、どうかされましたでしょうか……?」
「一つ相談がある」
私は考えていたことを説明する。
話を聞いた大臣は神妙な面持ちで相槌を打った。
「なるほど。ようするに、元の世界の武器を手に入れたいのですね」
「そうだ。この世界の銃は古すぎる。改良するにしても膨大な手間と時間がかかるだろう。何か良い案はないか」
私が意見を求めると、大臣は難しそうな顔で腕組みをする。
やがて何かを閃いたらしく、彼は自信なさげに提案した。
「でしたら召喚魔術はいかがでしょうか。あれで元の世界の銃を引き寄せられるはずですが――」
「詳しく聞かせてくれ」
私は前のめりになって言う。
大臣は怯えながらも具体的な案を出し始めた。
◆
大臣の提案を実現するため、翌日から召喚魔術の研究が開始された。
いくつかの業務を停止させて最優先でリソースを振り分ける。
銃火器が手に入るのだからそれだけの価値がある。
王国で用いられる召喚魔術は、独自開発されたものらしい。
私の例から分かるように、次元の異なる世界に干渉して人間を呼び寄せられる。
その特性を使って、元の世界の現代兵器を調達することにしたのだ。
考えてみれば、私が召喚された時も服や銃がセットだった。
だから原理的に不可能でないことが既に判明している。
ただし、今のままでは銃火器を安定して取り寄せるのは難しいそうだ。
そう主張する魔術の研究者は、私に丁寧な説明を行う。
まず第一に、召喚魔術は魔力と呼ばれるエネルギーを要する。
これが莫大な量になる上、他にも貴重な触媒を揃えなくてはならないという。
ようするに勇者の召喚はコストが高すぎて、連続での行使が現実的ではないのだ。
そこまで手を尽くして手に入るのが一人の勇者である。
加えて特殊能力はどんなものになるか分からず、召喚する人物もランダムらしい。
ある程度は希望の人物像を呼べるものの、大雑把な目安に過ぎない。
過去の召喚実験では、戦いに不向きな人間を呼び出したこともあったそうだ。
率直に言って、不確定要素とデメリットが多すぎる。
いくら戦力が欲しいとしても、ここまで不完全だと運用に危険も伴う。
コストも高いのだから、もっと別のプロジェクトに予算を投じるべきだろう。
こうして情報を並べると、勇者召喚がいかに問題だらけなのかが浮き彫りになった。
実際、不用意に私を召喚したことで国を乗っ取られている。
非常にリスクの高い魔術であるのは一目瞭然だ。
ここまで難点が多いと、やはり銃火器の召喚は諦めるのが賢明かもしれない。
安定した調達ができないのならば軍隊に配備するのは厳しい。
手間はかかるものの、地道にこの世界の銃火器を開発する手もある。
私が妥協してしばらく我慢すればいいだろう。
ところが、研究者と話すうちに新たな事実が判明した。
召喚のコストが跳ね上がるのは、呼び出す人間に能力を付与する場合――つまり勇者を生み出す時のみらしい。
ただの人間や物体を召喚するだけなら、それほど苦労しないのだ。
しかもその手法なら、既存の召喚魔術を少し改良するだけで完成するという。
発動に必要な設備を使い回せるため、手間も時間も大してかからない。
私からすれば良いこと尽くめだった。
(やはり専門家と話してみるべきだな。一気に問題が解決へと近付いた)
勇者召喚にはあまり興味がないが、改良による通常召喚は運用次第で化ける。
あとはエネルギーとなる魔力の確保だ。
いくらコストが軽減されたとは言え、大魔術の一種には違いない。
私の望む規模で兵器を召喚しようとすれば、莫大な魔力を要求されるそうなのだ。
今後を考えると、安定して通常召喚を発動できる環境が必須だろう。
これも戦争のための下準備だ。
オカルトのために苦労するのは気に食わないが、手を抜くわけにはいかない工程である。
まずは数日をかけて召喚設備を整えた。
部下に魔法陣を調整させて、勇者以外の人物や物品を呼び出せるようにする。
私が眺めている間に作業は完了した。
現在の備蓄でも通常召喚は実施できるらしいのでさっそく発動させる。
ただし当初の目的だった現代兵器ではなく、かつての配下を召喚することにした。
召喚に選ばれる人間は原則的に無作為なのだが、それは向こうの世界に誰がいるのか知らない場合だ。
研究者曰く、呼び出したい人物をピンポイントで考えていれば、特定個人を召喚できる可能性が高いという。
元から希望する人物像を反映できる機能があるため、その延長線として指名をするのである。
私は魔法陣の縁に描かれた円に手を置いて、召喚したい人物をイメージする。
待機する間、室内の人々が慌ただしく動いて術の機動準備を進めていく。
やがて一通りの作業が終わって場が静まり返った。
私はいつも通りの口調で命じる。
「よし、始めろ」
部下が設備を操作すると、魔法陣に紫色の光が灯った。
魔法陣を中心にそよ風が生まれて、やがてそれは渦巻く暴風となって室内を吹き荒れる。
柔らかな光も激しく明滅するまでに至っていた。
私は前方をただ凝視する。
魔法陣にうっすらと人影が現われていた。
輪郭が次第にはっきりとしてきて立体感が出てくる。
何者かが召喚されようとしていた。
まだ誰か分からない。
私は瞬きせずに見守り続ける。
風と光の乱流は最高潮に達していた。
私は姿勢を低くして、手を魔法陣から離さないようにする。
人影が影のように佇んでいる。
そうして唐突に風が止まった。
気が付けば魔法陣の光も消えている。
術の発動が終了したのだ。
そこに立つのは、軍服を着た長身の女だった。
肩の辺りで切り揃えた茶髪が揺れる。
周囲を見る切れ長の目は真紅の色に染まっていた。
両手で構えるのはフルオート式の散弾銃だ。
装着されたドラムマガジンには三十五発の弾が収められている。
そう、私は知っている。
「成功だ。望んだ人物を召喚できた」
私は軍服の女を改めて見る。
彼女の名はロイン・シェイラ。
信頼の置ける数少ない側近であり、軍事部門の最高責任者だった。