第12話 独裁者は来客と交戦する
名乗りを聞いた私は、召喚された当初に始末した面々を思い出す。
私に歯向かった彼らはあえなく全滅した。
その時に殺したトップが副団長だったのだ。
あまり気にしていなかったが、やはり生き残っていたらしい。
私は席を立ちながらダリルに尋ねる。
「何か用かな」
「ちょっとお願いがあってね。先に言っておくが、あんたの目は絶対に見ないぞ。何か危険な感じがする」
ダリルは少し視線を落として述べる。
宣言通り、私の目を見ないようにしていた。
(マインドコントロールの発動条件に気付いているのか)
間違いなく洗脳を警戒している。
ただし、具体的な正体までは分かっていないようだ。
私は素直に感心する。
「情報が漏れたとは思えない。勘が良いのか」
「よく言われるよ。これでも用心深い性格でね。嫌な予感がして王都に帰還せずに潜伏していた。まさか部下が皆殺しになるとは思わなかったが」
「私が殺した」
「知っている。奴らの魔力はとっくに消えているからな」
ダリルは平然と反応する。
特に感情の揺れは見られない。
飄々とした態度は、精神的な安定感を示していた。
会話によって隙を作るのは難しそうだ。
どう対処したものか考えていると、散弾銃を持つシェイラが前に出た。
彼女は冷たい殺気を帯びてダリルと対峙する。
「閣下、お下がりください。この男は報復に来たようです」
「おいおい、勘違いすんなよ。俺はただ――」
何かを訂正しようとしたダリルに向けて散弾銃が火を噴いた。
最後まで言わせずにシェイラが発砲したのだ。
放たれた散弾はしかし、誰にも命中することなく壁に食い込んだ。
団長は真上に跳躍していた。
発砲の瞬間に回避したのだろう。
恐るべき反応速度だった。
団長は落下せず、蜘蛛のように天井に張り付いている。
よく見ると指をめり込ませて身体を支えていた。
シェイラが破壊した壁を一瞥して、団長は怪訝そうな顔をする。
「なんだぁ? 鉄の粒を飛ばしやがった」
刹那、素早く落下した団長はシェイラの目前に踏み込む。
そこから刈り取るような鋭い蹴りを繰り出した。
「危ねぇなおい」
蹴りが散弾銃を弾き飛ばした。
シェイラは冷静にククリナイフを握ると、引き抜く動きで斬りかかる。
抜刀術を使ったその攻撃は銃弾にも劣らない速さだった。
団長はククリナイフを前腕で防ぐ。
刃が僅かに肉を切り裂くも、それ以上は進まなかった。
切断には程遠く、骨にも達していないだろう。
(なぜだ。十分な勢いが付いていたはずだ)
シェイラなら人体など簡単に斬り飛ばすことができる。
防具を装着しているのならまだしも、刃が接しているのはどう見ても地肌だった。
皮膚の内側に金属を仕込んでいるわけでもない。
ククリナイフを振り払ったダリルは、薄い傷口を撫でて笑う。
「驚いたか? 魔術による部位強化だ」
そこからシェイラとダリルは至近距離での戦闘を行う。
高速で展開される攻防は、シェイラが投げ飛ばされたことで決着した。
シェイラは窓を粉砕して屋外へと消える。
ここは城の中でも高層階だが、彼女ならきっと大丈夫だろう。
どこかにしがみ付いて難を逃れているはずだ。
戦闘を制したダリルは、全身から血を流していた。
ククリナイフによる裂傷である。
それでも滅多切りにされたにしては傷が浅い。
見た目は痛々しいが、実際はすぐに治る程度のダメージだろう。
顔の血を拭ったダリルは、割れた窓を見て嘆息する。
「とんでもない姉ちゃんだな。普通に殺されるかと思った」
本人は平然としているが、私からすれば驚くべき光景だった。
シェイラは格闘術の達人である。
そんな彼女を真正面からどうにかできる者など滅多にいないのだ。
つまりダリルは常軌を逸した実力を有している。
シェイラとの攻防を見て分かったことがある。
防御力は副次的な効果であり、本質は圧倒的なパワーだった。
魔術による部位強化で、瞬間的にドーピングを発動しているのだ。
その怪力を最大限に発揮することにより、シェイラの格闘術を封じていたのであった。
一方でダリルの使う格闘術は対人向きではなかった。
シェイラとの攻防で違和感を覚えたが、自分より体格的に優れた者を想定した立ち回りや技が多かった。
おそらくは魔族と戦うためのものではないか。
それを人間相手に応用しているような印象である。
ククリナイフの斬撃でも切断できない防御力も、魔族との肉弾戦に特化した結果ならば納得できる。
(黄金獅子の団長か。他の団員とは実力が桁違いだな)
私は一連の要素を鑑みて評価を下す。
対魔族の格闘戦に合わせた能力は実に合理的だった。
それを人間に向けにカスタマイズして、シェイラほどの実力者にも競り勝てるのは素晴らしい。
近接戦闘において、ダリルを凌駕するのは至難の業だろう。
ダリルは私を指差すと、爽やかな笑みで誘ってくる。
「次はあんたの番だ。ほら、かかってこいよ」
「総統……」
大臣を筆頭に、国の重鎮達が不安な面持ちをしている。
私がダリルに殴り殺される展開を予期しているのだろう。
彼らには私が勝つビジョンが見えないようだ。
私は軍服の上着を椅子にかけると、両肩を軽く回した。
両手の指を鳴らしながらダリルの前に進み出る。
「いいだろう、相手をしてやる。私を楽しませてくれ」
「ははは、えらく強気じゃねぇか。お望み通りにやってやるよ」
私はステップを踏んで殴りかかる。
掴もうとしてきたダリルの手を跳ね除けて、そこから膝蹴りを叩き込む。
さらに首を手刀で打つと、肉体の捻りを利用して肘打ちを浴びせた。
「ぐ、おっ!?」
ダリルがよろめいく。
その隙を逃さず、掌底を鳩尾にねじ込んだ。
内臓へのダメージを響かせながら、膝を蹴って姿勢を崩してエルボーで顎を打つ。
血を吐いたダリルが苦し紛れに手を伸ばしてきた。
それを掴んで関節を外しつつ、頬に拳の連打を見舞う。
とどめにハイキックでダリルを部屋の端まで吹き飛ばした。
ダリルが壁を突き破って床に倒れる。
彼は折れた歯を吐いて呻いた。
「どうなってやがる……あんたは身体強化を使っていない。目を合わせていないから、こっちが操られたわけでもない。俺が押し負けるなんてありえないだろ」
「視野が狭いな。大抵の物事は発想と工夫次第で解決できる。私はこの世界に来て成長しているのだよ」
私はダリルの前まで歩く。
動けない彼を見下ろしながら、淡々と事実を告げた。
「私は自己催眠によって肉体の限界を超えられる。出力を調整するのが難儀だったがもう慣れた。君のおかげで実戦でも有用だと判明したので感謝している」
盗賊国から帰還した後、鏡を使って自分の目を見て洗脳を施した。
今のままでは肉体面で不利だと感じたのである。
せっかくのマインドコントロールを他者の支配だけで終わらせるのはもったいない。
だから今度は自分を強化するために応用してみたのだ。
自己催眠は、魔族に格闘術で勝つことを目標に実施した。
こうしてダリルを圧倒できたことから、ひとまずの及第点には達したと言えよう。
大の字になって倒れるダリルは、力のない笑みを洩らした。
「さすがは勇者ってわけか。油断したつもりはないんだがね。真っ向からの勝負で敵わなけりゃ、もうどうにもならんな」
「落胆することはない。君が挑んだのは世界の支配者だ。敗北は恥じるな。むしろ誇っていい」
「はは、偉そうだな」
「偉いのは事実だ」
私が淡々と応じると、ダリルは大笑いした。
彼は戦意を放棄して手を振った。
「参った、参った。俺の完敗だ。元から戦う気は無かったんだ。許してくれ。こうして会いに来たのは報復のためじゃない。改めて傘下に入れてもらいたいんだ」
「ほう。部下を皆殺しにした男に仕えるのか」
「実力差を弁えずに仕掛けた方が悪い。俺は慎重に動くべきだと言ったんだがね。副団長は聞く耳を持たなかった。つまり死んだあいつらの自己責任さ。わざわざ命を懸けて俺が弔い合戦をやる義理はない。どうせ勝てないのも明白だからな」
ダリルは本音で話していた。
かなり冷酷な性格だが、だからこそ信頼できる。
部下としては情に流れないタイプの人間が好ましい。
私は円卓の元の席に腰かけると、倒れたダリルを呼んだ。
「君は利口な男だな。座りたまえ。一緒に王国の未来について話し合おう」
「……さすがは総統サマだ。寛大な対応に感謝するよ」
息を吐いたダリルは、傷を痛がりながらも立ち上がった。




