第11話 独裁者は帰還する
私は大型拳銃を下ろして魔族の死骸を注視する。
首から上が炭化して、僅かな痙攣も止まっていた。
念のため兵士達に撃たせてみるも反応はない。
ここから蘇る可能性は低いだろう。
生命力に長けた魔族も不死身ではないのだ。
限界に至れば必ず死ぬ。
むしろよくここまで耐えたと称賛すべきである。
「こんなものか」
私は武器を収めて呟く。
退屈しのぎにはなった一方で、物足りなさもあった。
もう少し向こうが策を練っていれば、ひりつくような攻防を味わえたはずだ。
多少の苦戦も面白いというのに、魔族はあっけなく死んでしまった。
本来の力をほとんど発揮する前に我々が殺したのである。
そうなるように仕向けたとはいえ、あまりに上手くいくとそれはそれで不満なのだ。
贅沢な悩みを抱えつつ、私はすぐに考えを切り替える。
そこまで欲張ることはない。
いずれ魔王軍とも本格的に交戦するのだ。
熾烈な戦争を満喫できるチャンスは何度もある。
少し遠くで瓦礫の崩れる音がした。
殴り飛ばされたシェイラが平然と起き上がっていた。
彼女は土埃を叩いて落とすと、早足で私のもとへ戻ってくる。
「申し訳ありません、閣下。無様な姿を見せてしまいました」
「構わないさ。それより大丈夫かね」
「受け身を取ったので軽傷で済んでいます。作成続行に支障は来たしません」
シェイラは額から流れる血を拭いながら述べる。
彼女は痛がる様子を見せなかった。
感覚が麻痺しているのではない。
戦闘用に配合した薬物を用いれば、そういった特性を獲得するのも可能だ。
しかし、痛みは肉体の状態を知る指標になり得る。
それを鈍らせるのは良くない。
だから私やシェイラは常日頃から苦痛を耐える訓練を実施してきた。
我々は全身の骨が折れても呻き声を上げない。
何よりも重要なのは、鍛え上げた頑強な肉体と痛みに屈しない精神なのだ。
もちろん他に対策をしていないわけではない。
耐衝撃に優れた軍服や応急処置に必要な道具は揃えている。
精神論だけでなく、実利的な備えもあってこそ継続戦闘ができるのであった。
その後、兵士に魔族の死体を運ばせつつ、盗賊国の蹂躙を再開した。
早々に砦を占拠して近隣の拠点も潰していく。
捕縛できた盗賊には、例外なくマインドコントロールを施した。
各種情報を引き出してからは忠実な配下に仕立て上げる。
人手が多いに越したことはない。
彼らには王国軍のためにかつての仲間を襲ってもらった。
そうして王国軍は、一週間をかけて盗賊国の六割を制圧する。
厳密には国ではないため、領土もかなり狭く侵略は容易い。
それらを加味しても大勝利と言える結果だろう。
捕虜にした盗賊に物資を持たせて我々は王国に帰還する。
占領した砦を手放すことにした。
地理的に不便なので奪われても惜しくない。
必要になった時はまた奪い返せばいい。
生き残った僅かなゴブリンは巣に帰らせた。
彼らを連れたまま王都に戻るとややこしくなる。
それと今回の戦争で使い捨て同然の運用を強いたので、だいぶ数が減ってしまった。
次の招集までに少しでも増えてもらわなければならない。
ゴブリンの繁殖を肯定するのは倫理的に危ういが、今更な話である。
戦争は綺麗事だけで回せない。
非道な手段も支配してこそ勝者になれるのだ。
有能ならばゴブリンでも兵にする。
帰還した私は王都の民の前に初めて姿を見せる。
此度の戦いにおける報告と、総統としての名乗りが目的だ。
ひとまず王国軍の最高指揮官であると説明した。
王の死はまだ秘匿し、忠実な幹部の一人という体にしている。
さらに演説の際、集まった民衆に軽度のマインドコントロールを発動させた。
意識を塗り変えるほどではない。
私の存在を好意的に受け取り、王国が戦争に向けて動き出すのを許容するように細工しただけだ。
別にマインドコントロールが無くとも可能だが、あえて使わない理由もない。
駄目押しとして、盗賊から持ち帰った各種物資の一部を配給することで、些細な不満さえも芽吹かないようにする。
これで私が良き軍人というイメージを植え付けることができた。
戦争において民衆の心を掴むのは重要だ。
反感を買いすぎると余計なトラブルの種になってしまう。
最悪の場合、せっかくの戦争を台無しにされる恐れもあった。
クーデターも悪くないイベントだが、計画が致命的に狂う場合が考えられる。
あまり歓迎できないタイミングで勃発するのも珍しくないため、できることなら未然に防いでおきたい。
今回の演説で民衆の状態は分かったので、ゆくゆくは王国全土を掌握する予定だ。
帰還した私は、盗賊国の戦いについてシェイラと話し合う。
まず王国軍についてだ。
銃火器を主軸に置いた編成は上出来だった。
魔術師の防御もしっかりと活躍した。
おかげで魔族との交戦以外ではほとんど被害を受けなかった。
マインドコントロールによる訓練は非常に効率的である。
予め伝えておいた陣形や作戦をスムーズに実行できるのは、本能レベルのすり込みが為されたからだろう。
最低限の装備でも、非正規とは言え大人数の軍隊を蹂躙できるほどだ。
数を増やして装備を充実させていけば、理想の戦争ができる。
さっそく通常召喚で予備弾薬を補充していった。
コストと相談しながら、今後も様々な兵器を採用するつもりだ。
順調に進めば、他国を圧倒する戦力に育つだろう。
次に魔王軍についてだ。
あれから新たな魔族が現れることはなかった。
偵察役だった者が殺されたことで警戒したのかもしれない。
兵士によるとあれだけ強い魔族は珍しいそうだ。
魔王軍でも幹部級だという。
それを聞いてあの再生能力にも納得した。
集中砲火と爆破で完封できたものの、まともに戦っていれば甚大な被害が出ていただろう。
銃火器を使わずに対抗するのは難しい相手であった。
魔王軍とはいずれ全面戦争になるので、今のうちに戦備を固めていかねばならない。
今度は魔王軍も本腰を入れてくるはずだ。
幹部級が太刀打ちできないとなれば、大規模な軍隊を編成して攻めてくる。
(楽しみだな。いよいよ戦争が始まる)
私は円卓に広げた世界地図を眺めて微笑む。
何も敵は魔王軍だけではない。
周辺には様々な国がある。
王国より強大な勢力も少なくなかった。
魔王という共通の敵がいるので今は大人しいが、敵対関係である国もいるのだ。
これらの勢力図を私が自由に掻き乱す。
単純な力関係だと、以前までの王国は中堅の部類に相当する。
それが私を召喚したことで最上位に飛び出したのは言うまでもない。
元の世界の兵器を導入することで、戦争の形を根底から変えることができる。
ただし、まだ絶対的な数が不足していた。
ここはいずれ解消するにしても、王国の課題の一つだった。
魔王軍や他の国とも渡り合う予定なのだから、さらなる改革が必要である。
王都だけではなく、王国全体を戦争のために機能させたい。
私は大臣やシェイラといった国の重鎮を集めて会議を進める。
各方面の課題点を洗い出しながら、王国の方針や計画を詰めていく。
そんな日々を送っていたある日、会議室の扉がノックされた。
開いた扉から現れたのは城の兵士ではなかった。
堂々と入室した男は、まるで山賊のような装いだった。
伸びた髪を後ろに掻き上げて金具で留めて、薄汚れた革鎧を装着している。
腰には道具類を詰め込んでいるであろう袋を吊るしていた。
グローブを填めた手を鳴らしながら、男は陽気に発言する。
「よう、仕事中のところすまんね。総統って奴に用があるんだがどいつだい?」
部下達の視線が私に集中する。
それに気付いた男は、ゆっくりと笑みを深めた。
「初めまして、総統さん。俺の名前はダリル。黄金獅子の団長をやっている者だ」




