第10話 独裁者は魔族を追い詰める
「ちく、しょうが……ぁっ」
魔族は四肢を再生させて起き上がろうとした。
鮮血を垂れ流しながら短い腕を振りかぶるも、そこに兵士の射撃が叩き込まれる。
私を狙った攻撃は空振りに終わり、魔族は再び地面に倒れて穴だらけになった。
懸命に再生を試みているが、銃弾によって阻害されている。
今のところ拮抗しているものの、いずれ破綻するに違いない。
(再生能力はどこまで発揮されるのだろうか。さすがに無限に回復できるわけではないはずだ。絶え間なく攻撃し続ければ、いずれ限界が訪れる)
私は冷徹に観察する。
魔族の知識もある程度は仕入れている。
遥かに人間を凌駕する力を有するが、決して無敵ではなかった。
戦術を駆使すれば圧倒することが可能なのだ。
ならば私が勝てない道理はない。
幾多もの策を張って叩き潰すのみである。
幸いにも王国には知識も戦力も揃っていた。
だからいくらでも備えることができた。
そうしている間にも続々と王国軍が集結していた。
魔族への射撃に加わって、より隙のない陣形を構築している。
一部は盗賊の殲滅に出向いているものの、この時点で三百人ほどの兵が集まっていた。
ここからさらに駆け付けることを考えると、攻撃役が不足する事態はまず起きないだろう。
魔族は単騎でも我々を殺せると慢心し、結果として一方的に撃たれ続ける状態に陥っている。
私達が到着するまでは優勢だったが、あれも作戦通りである。
第三勢力が乱入してきた際は時間稼ぎをするように兵士に命令していた。
死傷者は出たものの、こうして逆転できているのだから十分な結果と言えよう。
私は待機させていたゴブリンからプラスチック爆弾を借りると、それを魔族に投げ付けて起爆する。
轟音と共に魔族の肉体が四散し、腹から下が消失した。
こぼれ出した内臓が焼け焦げて煙を上げている。
惨たらしい姿だが、兵士達は機械的に射撃を続行する。
入念な洗脳を施した彼ら、その程度で止まることはない。
私が命じない限りは弾切れになるまで繰り返す。
実に優秀な戦力であった。
練度の低さを洗脳でカバーすることで、唯一無二の働きをしてくれる。
厳しめに見ても及第点は大きく超えていた。
(あっけないな。もう少し粘ってくれると助かるのだが)
私は期待を込めて魔族を注視する。
その時、半ば肉塊となりつつあった魔族がいきなり咆哮を上げた。
魔族は血反吐を飛ばしながら叫ぶ。
「俺様は、魔王軍の幹部なんだッ! こんなところで死んで、たまるかあァッ!
直後、魔族から黒いオーラのようなものが発生する。
おそらくは魔力であろうそれは、ゆっくりと渦巻き始める。
弾丸が素通りして変わらず魔族に命中しているので、防御が目的ではない。
つまり攻撃用の術である。
私は死にかけの魔族の顔に執念と憎悪を感じ取った。
そして術の意図を理解する。
(道連れを覚悟で仕掛けるつもりか)
表情と雰囲気で分かった。
魔族はプライドを捨てて決死の反撃に出ようとしている。
自分が受けるダメージを度外視して、この絶望的な状況を覆すつもりだった。
きっと強烈な魔術が放たれる。
それを察した私は拳銃で魔族の両目を撃ち抜いた。
魔族は微かに呻くも、それで止まりはしない。
並大抵の覚悟ではなかった。
もはや止めるのは困難だ。
私は兵士の一斉射撃を中断させると、後方のシェイラに合図を送った。
「了解です、閣下」
シェイラが私のそばを駆け抜けて跳躍した。
真上から魔族に散弾銃の連射を浴びせて、顔面にククリナイフを叩き込む。
分厚い刃が鈍い音を立てて頭部にめり込んだ。
明らかに脳を真っ二つにしているだろう。
ところがそれでも魔族は死なず、筋肉が剥き出しの腕でシェイラを殴り飛ばした。
シェイラは瓦礫の山にぶつかったが、彼女はあの程度で死にはしない。
身を案じる暇があるなら行動すべきである。
すぐさま私は周囲の兵士に命令を出す。
「魔術兵、プランHだ。全力で防御を展開しろ」
私が言い終える前に無数の結界が魔族を包囲する。
隙間なくドーム状に構築された結界は、魔術攻撃を封じ込めるための動きだった。
刹那、魔族が漆黒の衝撃波を解き放つ。
大地に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、耐え切れなくなった結界がひび割れて破損した。
噴き上げた余波で兵士達が吹き飛ばされて、砦の一部が軋んで崩れる。
陣形は乱れていたが、辛うじて死者は出ていなかった。
もし結界を設けていなければさらに被害が大きくなっていたはずだ。
それだけ防御魔術の結界が優秀だったのだろう。
(オカルトも使いどころ次第で役に立つようだ)
密かに感心していると、術を放った魔族が動き出した。
傷だらけの翼を上下させると、頭上の結界を殴って砕いて空に飛び立とうとする。
未だ上半身しかない状態で、自爆同然の術で激しく消耗しているが飛行はできるらしい。
己の命が惜しいのではない。
我々の戦力を魔王軍に持ち帰るつもりなのだ。
本来なら死んでいるであろう傷すら厭わず、使命を果たそうとしている。
粗暴な言動とは対照的に、魔王への忠誠心が高いようだ。
(我々を殺傷するのが目的ではなく、逃亡の隙を作りたかったのか)
私は拳銃で魔族の顔面を撃ち抜いた。
僅かに苦痛を見せた魔族が睨んでくる。
その瞬間にマインドコントロールを発動させた。
「逃げるな。自我までは奪わないが、飛行を禁じさせてもらう」
命じた途端に魔族の翼が動かなくなる。
魔族が相手でもマインドコントロールは有効だった。
これで逃亡することは絶対にできない。
兵士の一斉射撃で止めてもよかったが、そろそろ戦いも大詰めである。
他人任せではなく、そろそろ自分でも行動しようと思う。
総統としての力を誇示するのも仕事の一つだろう。
私は魔族に近寄りながら述べる。
「その気になれば、君と対話した時点で洗脳することもできた。なぜそれをしなかったか分かるかな。つまらないからだ。予定調和だった戦闘に魔族の乱入というイレギュラーが発生した。これを楽しまない手はない。おまけに兵士達の訓練にもなる」
語る私は懐から単発式の大型拳銃を取り出した。
独自のカスタマイズを施して、専用の特殊弾を撃ち出せるようにした代物だ。
通常召喚で取り寄せておいた私物で、奥の手の一つであった。
元の世界はあまり使う機会がなかったが、化け物退治にはちょうどいい銃だろう。
私は一発の弾をつまみ取り、それを魔族に見せつけた。
「徹甲炸裂焼夷弾だ。貫通力が非常に高く、被弾すると爆発と燃焼で破壊する。過剰な威力で扱いに困るのが難点だ。君を配下にすることも考えたが、その忠誠心に免じて諦めよう。感謝するといい」
「や、めろ……」
「断る。命乞いは受け付けない主義なのだよ。潔く死んでくれ」
大型拳銃に弾を装填して、照準を魔族の眉間に合わせて発射する。
弾は咄嗟に構えられた魔族の腕を貫通し、狙い通りに命中した。
そこから小規模の爆発が起きる。
弾け飛んだ頭部が燃え上がり、魔族はうつ伏せに崩れ落ちる。
両手が痙攣して大地を掻く。
そのまま二度と立ち上がることはなかった。




