挨拶がわりに星押して、救われた彼の話。
※空野奏多さまご企画 『ブルジョワ評価企画』 参加作品です※
そこは、何もない空間だった。
上も下も、果てもない。ただただ真っ白な世界。
立ってはいる。でも床らしきものもない。
ついでに裸で、パンツしか履いてない。
「ここ、どこ?」
思わず口に出した呟きが、虚空に吸い込まれる。
???
「はいはーい、お待たせしましたぁ。遅れちゃって、すみませーん」
突然明るい声がして、見たことない若い女性が出てきた。
「えっと、久世 侑高さん、で、お間違いないですね?」
何やら手に持った書類をめくりつつ、俺の名を確認する。
え? ちょっ、待って。これ、このパターン、まさか。
ラノベによくある、異世界転生のプロローグ・シーンに酷似してない?
じゃあ目の前にいる彼女は……女神様とかそんなん?
いやいやいや。待て、待て。よく見ろ。普通に日本人感満載の、OL風美人だ。
でも、さっぱり状況がわかんない。
俺、何してたっけ?
確か、明日朝イチの企業説明会に行くために、今日、新幹線に乗って。ホテル代浮かせようと、夜は兄ちゃんの部屋に泊まり込んだんだよな。
そんで……。
直近の記憶を辿りつつも、目の前のおねーさんに、ずばり尋ねる。
「あの! まさかとは思うんですが、俺、死んだりとかしてないですよね?」
「あ、はい。まだ肉体と魂はリンクしたままですよ。死亡確定は、書類手続き終了後のことですから」
!! それって、極めて危ない段階ってことなんじゃないだろうか?
ええっ、なんでだよ?
「俺、死ぬようなこと何もしてませんよ? 事故にも遭ってないし!!」
「でも、空腹でお酒飲んだ直後、お風呂入っちゃったでしょう?」
だったっけ? そういや兄ちゃんの部屋で軽く缶をあけた……。
「血圧、一気に下がり過ぎちゃったみたいですね」
「?! 血圧? それで死ぬことあるんですか?」
「お風呂で気を失うと危険なんですよ? あれ……でも享年39歳? ……久世さん、ずいぶんお若く見えますね?」
「39?? それ、ひと違いです!! 俺まだ21です!!」
学生で、就活中の身だ。
「え?」
俺の言葉に、おねーさんは目を丸くして、書類と俺を慌てて交互に見比べる。
うぉぉ、同姓同名の、人違いであって欲し――!!
と、見守り祈る俺の前で、おねーさんが「やらかしたぁ」という顔をした。
ホッ。
ここがどこかはわかんないけど、どうやら間違って連れてこられたみたいだ。
これで無事、生還――、
「ま、いっか。これはこれで」
「良くねぇ――――!!!!」
あんた何言ってんの? 何言おうとしたの?
良くないよ。全然良くない。まさか"代わりに俺でいい"とか、そんなこと思ったんじゃないだろうな?
「でも数さえあってればノルマ的には……」
的中か!!
「"無し"です! 数の問題じゃないはずです!!」
なんだ、こいつ。ポンコツ死神か何かか?
「え……だけどもう時間ないし……。時間内に処理できないと、"なかったこと"になっちゃうし……」
知らねーよ。てか、誰か死ぬなら、"なかったこと"の方がいいじゃん。
そもそも時間ないのは、あんたが遅れてきたせいだろ? 最初、何て言ってたか、覚えてるぞ俺。
剣呑とした空気を放つ俺を気にも留めず、目の前の女はスマホに似た端末を取り出して、操作し始めた。
「久世……。久世、侑高、21……。って、何これ?! なんなの、この善行ポイント数!!」
?
「なんだって、こんな破格の数値……! この若さで、有り得ない……っ」
彼女は端末に目を落としたまま、「えっえっ、ああ、まさかそれで」とか何とか、ひとしきり自分ワールドに没入した後。
いきなり、問われた。
「あなた、『小説家になろう』で、評価ポイント、たくさん押したわね?」
「はい?」
『なろう』? なんでこの場面で?
そりゃ押してますけど。読み切ったら押す。気に入ったら押す。主役が死なないラストなら、遠慮なく星を贈る。
もちろん自分基準に沿ってだけど、それが俺の評価スタイルだったりする。
無数にある作品群の中で、出会っただけでも奇跡だし。
挨拶みたいに、星ポチリ。
でもそれとこれ、何の関係が?
「『なろう』であなたがポイントを入れたことによって、救われた人が大勢います」
「へ?」
「たとえばこの作者。投稿したものの、誰にも読まれず、筆を折ろうかと悩んでた矢先、あなたからの評価ポイントが入って、気を持ち直しました」
「それは――……。良かった」
うん、良かった。けど???
「そして、その後、思いを乗せた作品をたくさん世に送り出し、共感を得て、多くの人の心を救う作家になっています」
「ほう?」
「その作品は、人の死すら止めてます」
「おおぅ?」
「さらにこちらの投稿者。彼は、あなたからの評価ポイントを以って、ギリ、ジャンル日間ランキングに載ることが出来ました。そこで人の目に触れ、バズりました。思わぬ高得点に前向きな勇気を持ったことで、困難な手術に挑んで命が助かりました」
「へえ!」
「これらは、幾分かあなたの善行ポイントに加算されています」
"善行ポイント"って何?
「極めつけはこの作品。これは、巡り巡って、ひとつの世界を丸ごと救うキッカケになっています」
さっきから、口調と共に、軽めだったおねーさんの表情が神妙に変化してる。
「この作品の作者は――、"異世界創造"のスキルを自分でも知らずに発動させていました。あなたが応援したことで、彼女は自分が創った世界の話をエタらせず、書き切った。結果、彼女の生み出した勇者は、別次元に在る世界そのものを救うことに成功しました」
……えっと……? SFな話でしょうか? それともメルヘン?
「つまり。あなたの行為から派生した事象が、他の人たちを救い、その連鎖で、あなたの善行ポイントは今も限りなく加算され続けています」
意味がわからん。"つまり"が意味を成してない。
「こんなに善行を積み、今後もそれが見込まれている人間を連れていくことは、社会の損失。あなたの命をここで断ち切ることは、出来ません」
おおお!! つまり!!
「俺、生きて還れるんですよね?」
「非常に残念ですが。魂取り違え案件として上に報告し、私はペナルティを受けることになりますが。あなたはちゃんと還します」
良かったぁ―――――――――。
恨みがましくペナルティとか言ってるけど。そこは甘んじて受けろよ、自分のミスなんだから。上司がいるなら、クレーム入れたいところだ。
「では、久世さん。ここまでで。お風呂前にお酒、飲んじゃダメですよ? 今後も世のため人のために、『なろう』をたくさん愛してください――……」
◇
「……タカ、侑高!!」
!?
ドアを叩く音で、ハッと目が覚めた。
えっ、寝てた?
途端にギョッとする。
顔前に、トイレがある。
――? 床に、倒れてた?
慌てて身を起こすと、隣にユニット・バス。
ああ、そうか。俺、兄ちゃんちで風呂入ってて……。
鍵してたんだっけな? ドア向こうから呼びかける兄ちゃんの声に「はぁい」と返事して、鍵を開けた。安心したような顔で、兄ちゃんが俺に尋ねる。
「何があったんだ? デカい音がしたけど」
「気絶して倒れてたみたいだ……」
風呂からあがって、パンツを履いたとこまでは、意識があった。
「大丈夫なのか?」
「多分。臨死体験して、死神女子と会ったけど、還ってこれたし」
「そーかそーか、頭打ったか。盛大な音、したもんな」
「『なろう』でポイント評価すると世界が救われんだってさ。兄ちゃん。兄ちゃんもweb小説読んでたら、いっぱい星押しとくのがいいぞ? ふところは痛まないんだから、ケチるなよ」
「はぁぁ? いいから、まず、服着ろ。そんで明日行く説明会の準備して、寝ろ」
「ったく、ビックリしただろ」そう言いながら、兄ちゃんは浴室から出て行った。
俺も、ビックリした。
かろうじて履いてた1枚のパンツによって、己が尊厳が守られたことに。じゃなきゃ、身の置き所がなくて、おねーさん相手に、即、詰んでた。
それに『なろう』のおかげで助かるなんて。『なろう』の星の威力って、すごいんだな。
この体験談をネタにして、星押し行為を広めたら、人も世界も、もっと救われるんじゃね?
別れる間際、おねーさんは言った。
――あなたは他人を、力づけている――。
お気楽おねーさんの目は、真剣だった。
("星の向こうには、ひとりひとりの懸命な生がある"、か。)
ひと呼吸して、俺はスマホを、手に取った。
一層の敬意を持って、星を捧げよう。
そう、呼びかけるために。
《了》
お読みいただき、ありがとうございました(^^)/
企画の主旨に添い、「読んで気に入った作品には、出来るだけ評価ポイントを贈ると、皆ハッピーになれるよ♪」というメッセージを含んだ作品です。「面白かった」と思って貰えると嬉しいです♡
パンイチでキメてる侑高くん、スマホ持つ前に服着てね? あと空腹時・お風呂前後のアルコールは避けようね。そもそも就活前日に、お酒はどうなん?
ちなみに同名の久世氏(39)は、決められた時間に魂召喚されなかったとのことで、数十年、先送りとなり、かなり長生きしました。
※ひとりひとり = 昭和56年頃は「一人ひとり」、平成23年からは「一人一人」と表記。公用文・教科書にて。
本文では「3333文字ってゾロ目でいいな♪」と思ったため、ひらがな採用。
↑ と、言ってましたが、「侑高くんが考えなしに星押してる」と受け取られそうだったので、少し加筆しました。9/24現在3350文字です。
更に侑高くん、帰還後は、作品の向こうに作者の姿を噛み締めつつ、星を謹呈する姿勢となっております。上手く表現できてないかもなのですが(^^) 彼は少し成長したんですよ~。
★★★ いただきもの ★★★ (2021.10.08.追記)
管澤捻さまhttps://mypage.syosetu.com/941595/ より
きれいな死神女子のおねーさん。ヴィジュアル確定です!!(^▽^)/