カモミール・バスルーム
「ねぇ。台所の流しとか使ってる時って、シャワーの出が悪くなったりしない?あれって凄く嫌なのよねー。何でなんだろ?」
「…知らないよ。」
ほわりほわりと湯舟から立ち上ってゆく湯気を眺めながら、磨りガラスの向こうにいる彼女へと気のない返事を送る。バスルームの中はリラックス出来る様にと使用したバスエッセンスの香りがしつこくない程度に漂っていて、僕は深呼吸と共にそれを吸い込んだ。
天井から落ちてきた水滴が冷たくて、逃げる様に深く身体を湯に沈めれば、濃度を増して少し息苦しい湯気が視界でキラキラと光る。視界を少しずらせば、磨りガラスの向こうに彼女のシルエットが見えた。
「ねぇ、何でバスルームって磨りガラスが多いんだろうね?」
「…知らないよ。そんなこと、」
「顔洗って、ふと見たら誰かが立ってましたーなんてことがあったら嫌じゃない。ねぇ?」
呑気な声音が二人分、バスルームの中で反響して耳に届く。バスルームに付き物の磨りガラスの扉と姿見。ふと顔を上げてそれらに何か映っていたら、確かに怖い。
湯舟にゆったりと手足を伸ばしながら、「ところでさ、」染み込む温かさに声を震わせながら僕はそう切り出した。
「君は、誰なのかな?」
バスルームと脱衣所を隔てる磨りガラスは、彼女の姿を確認させてはくれない。ただ、「…知らないの?そんなことも、」彼女がそんな言葉を吐き捨てて、怪しく妖しく笑ったのだけははっきり見えた気がした。
はっきり と、
名無し・人物特徴を描かないのが割りと好きです。
読み手様の中では、一体どんな人物が映っているのでしょうか?
どうぞ想像力で遊んで下さいませ。