新しい物語が始まるのかと思ったら、新しい生活が始まった気がする
それで、一体何でこんなことになっているんだ。まるで何も無かったかのような清々しい朝。おまけに体が軽い。飛び起きたら天井にぶつかるんじゃないのか。それにこの部屋、この天井は間違いなく昨夜、寝たときのものである。
どう考えても今のは夢の中から覚めるという流れであろう。現実に帰って、小説を書くという流れでしょ。それどころか、下手したらエンディングかと思う様な最後だったし。それが、どうして、元の夢の中に戻っているのか。まだまだ目が覚めるには早いということなのか。否、そんなことはないだろう。今ので十分。他の理由を精一杯考える。思い当たる節がない。
”トントン”とドアを叩く音がした。続けて「おはようございます。起きられましたか」と、扉の方から声がする。確かこの声はマイアという女の子だ。いまいち受け入れられないが、何も返事しないわけにはいかない。そこで「起きました」と返事をする。すると、「失礼します」という声とともにガチャリと音がして部屋に入ってきた。
そこで話した内容としては、気分は優れているか、朝食はどこで食べるかということであった。話を受けて、朝食はみんなで取ろうと思い下の階にある昨夜の食堂に向かう。そこには、アンソニー以外の全員がすでに揃っていた。なんでもアンソニーは朝食は自室で取るのだという。アンソニーは、きっちりとしてそうで意外と変なところがある。なんか、少し前にそんなキャラクターに会っていた気がする。
「それで、今日はどうするんだ」
「私とアンソニーがナナミヤのことを案内するわ」
「だそうだが、なにか希望はあるか」
唐突すぎて話についていけない。さっきまで旬の食べ物の話してたよね。それが、どうしたら俺が知らない俺の計画についての話になるんだか。しかも、ほとんど決定事項みたいだし。事を荒げる趣味はない。提案を受けよう。
「クララとアンソニーなら安心してついて行けます。でもお二人に手間を取らせるのは心苦しいですね。迷惑を掛けそうであるならば遠慮したいかなと思います」
「何を言うのよ。まったく気にしないわ。それに、勉強もサボりたかったわ。丁度良い機会のなのよ」
これが本音かな。みんな呆れたようでありながらも受け入れているし。勉強したくない気持ちがよくわかる俺としては、ここで変に気を使う方が嫌がられるだろう。
「それなら、よろしくお願いします」
すると、話が終わるのを待っていたかのように「そういえばさ、オトさんは、魔術については興ないの」と、覇気のない声がする。これはアーロンである。
「興味はあります。できれば使えたらいいなって」
「なら私が教えますかね。まあ、クララかアンソニーに教わることもできるでしょうけどいいかがいたしますか」
この様子は、エレノアはきっと夜型人間である。昨日のような明るさがない。というよりも今が暗すぎる。まるで、二日酔いの次の日の朝のようである。
「私が教わると先生のお手を煩わせることにはなりませんか」
「全然平気。それにあなたのように、肉体よりも精神の年齢の方が高い人間は魔術の適性が高い傾向があるわ。是非、魔術を教えてみたいと思います」
「本当ですか。それではよろしくお願いします。昨日の技を見てからファンになっていたんです」
「先生、オットーの言葉に嘘はないわ。本気で惚れているみたいよ」
ナイス、クララ。
「わかりました。こちらこそよろしくお願いしますわね」
「よし、みんな決まったな。それじゃあ、また夕飯で会おう」
食事を終えそれぞれ部屋に帰っていった。一家の中にうまく馴染めているんじゃないか、アビゲイルとの関係を除いて。それは後で考えるとして、俺も準備しなくてはならないだろう。着替えは、ない。絶対に買わなくてはならないだろう。他には、鏡くらいないのだろうか。家の中を捜索する。随分と部屋がある。間違えて婦人部屋などに入った日には大変なことになるだろう。
「コフッ。ゲホゲホ」
どこからか息が切れて咳き込む音がする。左の方かな。あたりを探してみる。えーと、この部屋だ。どうして、無視をしてもいいんだろうけど、流石に見過ごせないよね。いきなり入るのは駄目だな。合図を送ろう。だが、ノックをしても返事がない。これは、倒れているのかもしれない。覚悟決め飛びこむ。
そこにはうつ伏せで倒れたまま出血しているアンソニーがいるではないか。
「アンソニー大丈夫?」と駆け寄りながら尋ねる。
意識はありそうだ。アンソニーを仰向けにする。気道を確保って、どうやるんだ。大変だ。口からも出血している。苦しそう。何とかしないと。しかし、何したらいいんだ。分からずにオドオドしているが、これでは何も解決しない。
「待ってて、今、大人を呼んでくるから」
言葉を言い終わるが早いか部屋を飛び出そうとすると、アンソニーは俺の肩を強く握ってきた。折れそうなくらいの強さである。その上、眼光は狼のように鋭く、眉がつり上がっている。正直言って怖い。俺、殺されるかも。足がすくんで立てない。
しばらくの間そのままでいた。すると、アンソニーは落ち着いてきたのか腕込められていた力が弱くなり、ストンと床に落ちた。表情も落ち着いていきている。最後にはこちらをむいて本来の優しい目でこちらに向かって微笑みかけてきた。そして「大丈夫・・だから。そっとしておいてくれないかな」と、弱弱しくささやくように言った。俺は動けずにアンソニーに覆いかぶさるようにしてアンソニーの筋肉質な肩を抱いていた。
「何してるのそれ」
あっ。見つかった。時間が止まる。あたりは静寂に包まれた。この部屋にはアンソニーと俺の二人きり。それも、どう見ても俺がアンソニーに抱きついているように見える構図だ。やばい。その上、
この声の主は、クララである。そして、その声にはどこか棘がある。それもそうだろう。こんな姿見たらみんなそう言うだろう。俺もそう言うに決まってる。ただ、茶化すかもしてないけど。ええと、弁明はどうすればいい。
しかし、俺の心配を払拭すかのように、アンソニーが「少し貧血で倒れてしまったみたいなんだ。オト君には支えてもらっていたんだ」と上手に返す。これが大人な対応というやつであろう。
「へぇ〜そうですか。私が1分以上前から見ていた感じ全くそんな素振りには見えなかったけど」
何だと。もしかして、既にクララってそっちの気が。というか見られてことについては扉を開いたままにした俺の責任ではないのか。
「とりあえず時間だよね。クララも午後から勉強しなくちゃいけないだろう。みんな準備もできているみたいだね。よし行こうか」と、随分雑にまとめてなかったことにしようとする。この逞しさ、実はマシューと似ているのかもしれない。
村には、いろいろな店や物がある。やはり、ただの農村というわけではないようだ。地理的には、この村は、ルクソン領の中でも南の方に位置しているらしい。村の北から東の方にかけてヴィーラ川という大きな川が流れており、この村ではその水を利用しているようだ。東は農地でさまざまな作物を育ており、西には大きな森があり、狩人と呼ばれる人たちが狩りに行くらしい。南は、牧草地で酪農が行われているとのことであった。食料関係はここらへんで賄っているらしい。
村の中は、協会が中心となっており、協会のすぐ近くに集会所やお食事処、パブ、などがあった。村の中でも北は、鍛冶師などが住んでおり、工具や生活必需品などを作っており、職人街といった感じだった。東は、中心に近い方が商業地で、食物から家財道具などいろいろなものが売られている。その東の外側には、農家が住んでいるそうである。西は、役人や狩人など職場と自宅が異なる人々が多く住んでおり、俺がお世話になっているストックウェル家もここにある。南は、牧草地ということもあり、酪農家の他、宿屋が多くあり、旅人が多くいた。このように、どう見てもただの村ではない。以前、マシューが人口800人程度と言ったが、絶対に何か数え間違いをしている。
だだ一つ、残念なことに冒険者ギルドというものはこの村には無いようである。それどころか、この国自体に冒険者ギルドというものは、存在していないそうだ。もしかするとこの世界の冒険者とは、職業不詳・住所不定のニートのことを指すのかもしれない。まあ、現実的なことを言ってしまえば冒険家とはアクティブニートの一種であろう。
「これで、村の中の主要な個所は、一通り案内したよ。それで何だけど、時間もあるし、最後に父さんの職場でも見ていきますか」とアンソニー。流血事件が無かったかのようにケロッとしている。さっきのことはまったく気にしていない様子だ。クララは、それに対して「そうね。多分この村で一番面白いところよ」と、二人とも期待させてくれる。
村の中をのんびりと歩く。二人は高低差のあまりない道を選んでいるため、歩きやすい。これは、村の真ん中に向かっている感じかな。
しばらくすると「ここですよ」と、案内された。その職場とはなんと昨日一瞬訪れ、さっき、ちらっと前を通った集会所ではないか。
「ここですか」と、一応確認する。
「そうよ」と、今度はクララが返す。どうやら本当のようだ。昨日の感じだと商人なのだろうと考えていたんだが。集会所とはつまり村役場である。お役人さんだったのか。